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第4話 とある1日(午前編)

 目がゆっくりと開く。気が付くと練習着のまま寝てしまっていた。時計を見ると、短針は5の所を指していた。一瞬夕方かと思ったが、皆美と落ち合ったのが午後の五時だから、これは朝だ。晩飯も食べていない。腹が大きな音を立てて鳴る。まだ誰も起きていないだろう。練習着を脱ぎ捨て、制服を着る。そして、軽く伸びをして、自室のドアを開ける。隣の部屋には鷹端の妹、愛香(あいか)が寝ている。兄の愛輝とは一文字違い。妹も小学五年生。そろそろ思春期真っ盛りだろう。今はまだ可愛らしい女の子で、兄にも甘えてくるが、そろそろそんな事は無くなってくるのだろう。現実は、悲しい。


 妹の部屋を通り過ぎると、両親の寝室がある。起こさないよう、忍び足で進む。ちなみに、鷹端の父の名前は大輝、母の名前は愛子だ。つまり、愛輝は父と母の名前を一文字ずつ取った名前になる。どうせ、無理矢理取ったのだろう。男の名前に『愛』だなんて。鷹端は、その名前を気に入っていない。


 階段を足音一つ立てずにゆっくり下りていく。一回に辿り着いた。リビングの電気を点ける。テレビを点ける。家族が起きないように、かなり小さな音量に設定した。どのチャンネルもニュースばかりだ。仕方が無いので、録画していたアニメを見ることにした。もう二回目だ。


 冷蔵庫には昨日の晩飯と思われる野菜炒めが入れてあった。それを電子レンジに入れて、温める。ご飯はおにぎりにして保存されていた。野菜炒めを温め終えると、それも温める。鍋には味噌汁が入っていた。ガスを点ける。いい加減IHにすればいいものを。何葉の家はIHだっていうのに。味噌汁が温まっていく。


 アニメが半分を超える。寝すぎて眠いとはこのことか、まるで目が冴えない。野菜炒めを口に含む。朝にしては脂っぽい。慌てて味噌汁で流し込む。おにぎりに齧り付く。


 アニメが終わる。足音が近づいてきた。ゆっくりと人影が現れる。鷹端の妹、愛香だった。


「あ、おはよう…お兄ちゃん…」


「ああ、おはよう」


 鷹端が座っていた椅子の隣に妹が座る。眠そうな目を擦りながら、あくびをする妹を鷹端は愛おしそうに眺める。そして、まもなくこんなので無くなるという現実を哀れんだ。


「早いな、起きるの」


「うん…お兄ちゃんの足音が聞こえたから」


「ああ…起こしちゃったか…すまん」


「うんうん、大丈夫だよ。それより、何で昨日はあんな早く寝ちゃってたの?」


「まあ…それは…部活で疲れてたんだ。ハードだったから」


「へぇ…大変そうだね、部活」


「愛香は中学行ったら何の部活入るんだ?」


「うーん…吹奏楽部…かな」


「やめとけ、うちの学校、吹部弱いから」


 そんな他愛の無い会話を繰り返す。いつの間にか六時になっていた。そのうち、両親も起きてきた。共働きなので、二人とも起きるのは早い。鷹端兄妹は両親と軽く挨拶を交わす。妹はまだ親に甘えている。反抗期は来ていないのだろう。一方の鷹端は反抗期真っ盛り。親とはろくに会話を交わさない。鷹端は妹が好きだ。恋愛感情では無く、妹として。シスコンと言われることもあるが、否定はしない。何故か、それもそろそろ終わるから。そして、親は正直嫌いだ。昔は甘えていたらしいが。


 まず父親が六時半に家を出た。そして、その十分後、母親が家を出た。正直、鷹端には共働きをする意味が分からなかった。父一人でも十分稼いでいるはずだ。なら母は何故働く。自分が部活に出れば、妹は家でほぼ一時間ぐらい一人きりだ。そして、家に帰れば実に二時間ぐらい一人きりだ。こんなの、可哀想じゃないか。そんなことを考えながら、鞄を掴み、家を出る。


「お兄ちゃん、行ってらっしゃい」


「ああ…行ってくるよ」


 寂しくないのか、と訊こうとしたが、やめておいた。その屈託ない笑顔を見て、言えるわけが無かった。


 家を出ると、丁度隣の家から何葉が出てきた。何葉は鷹端に向かって大きく手を振り、駆けてきた。鷹端は軽くため息をつく。


「よっ、愛輝くん!どーしたの、そんな歪んだ顔して」


「歪んだ顔とは失礼な…」


 鷹端は、歪んだ顔と言われ、無意識に顔を押さえる。そんな顔をしていたというのか。何故、華々しい青春を送りたかっただけの自分がこんな目に会わなきゃいけないんだ。いや、そもそも華々しい青春を送るというのが贅沢だったのかも知れない。これは神からの罰ということか。人の為の青春…何故自分がこんなことをしなくちゃいけない。こんな右目、早く取り除きたい。


「今日テストだけど、勉強したの?」


「あ、そうかっ、進級テストだったか…」


 昨日はすぐに寝たため、鷹端はまともに勉強していなかった。進級テストは良い点を取ると決めていたのに。これだと砂塔も振り向いてくれないだろう。鷹端は大きなため息をつく。


「その様子だと勉強してないようだね」


「…別にいいじゃねぇか」


「良くないでしょ。もう受験生なんだからさぁ、テストは頑張らないと」


「はん、アホなお前がそんなこと言うとは…少なくとも俺はお前よりは頭いいとは思うがな」


「えぇ?そんなこと無いって。最近は平均七十点ぐらいだよ」


「悪いじゃねぇか。そんなんじゃ華園(はなぞの)高校には行けねぇぞ」


 華園高校とは、鷹端が住む五月雨市では有数の進学校だ。五月雨四校と言われる高校の一つで、その中でも一応一番簡単に受かる方だ。と言っても、四校の中で簡単なだけであって別に簡単というわけでは無い。鷹端は少し頑張れば入れる程度だが、何葉は少し危ないかもしれない。国語や英語は出来るらしいが、数学がボロボロらしい。鷹端とは真逆だ。鷹端は理系で、文系はあまりよろしくない。


「大丈夫だよ…今年から頑張るから」


「『今年から』…ねぇ」


 鷹端は皮肉を呟く。が、何葉はまるで気付いていないようだ。やはり、アホだ。そんなこと話していると、いつの間にか学校に着いていた。既に走り込んでいる人もいる。その中には宇良の姿もあった。一体何時に来ているんだ。既に汗だくになっている。


「じゃ、頑張ってね」


「ああ、お前もな」


 何葉はテニスコートに駆けて行った。相変わらず元気がいい。悩みなんて無いんじゃないか、そう思う程。自分は凄く悩んでいるってのに。何葉、お前のせいでな。しかし、鷹端はその考えをすぐに打ち消した。何葉は悪くない。悪いのは、自分だ。


 鷹端は陸上部の更衣室に入る。まだ宇良しか来ていないようだ。制服を脱ぎ捨て、ナップサックから練習着を取り出して着る。そして、ランニングシューズを履こうとしたのだが、無い。そういえば、昨日、魔力退治で校舎に入った時に脱いで、そのままだった。


「取りに行くか…ったく」


 鷹端は学校既定の白い靴のまま校舎に走る。校舎の玄関を見回す。それは端の方にあった。こんな所に置いた覚えは無いので、誰かが動かしたのだろう。鷹端はランニングシューズに履き替え、白い靴を持つ。


 そうだ、今は魔力はいるのだろうか。六時なので、まだそこまで明るくは無い。少しはいるかもしれない。鷹端は、眼帯に手を掛けて、取った。その瞬間、全身に鳥肌が立った。足元に、大量の魔力が蠢いていたのだ。まずい、憑かれる。恐らく十匹ぐらいはいるだろう。蠢いていた魔力たちは、鷹端の足を徐々に上っていく。


「や、やめろ、やめろ」


 気が動転していた。光に弱いのだから、外に飛び出せば消滅させられるのだが、そんなこと考えてられなかった。鷹端は何とか気持ちを整理し、逃げようとするが、足がもつれて倒れてしまう。やられる…助けてくれ…皆美。


 バン…バン…


 銃声が校舎に響く。弾丸は鷹端の足元に飛んできて、的確に魔力を捉えた。魔力は液体を吹き出しながら消滅していく。思わず目を伏せる。魔力は全滅したが、足には大量の紫色の液体が付いていた。鷹端は弾丸の飛んできた方を見る。


「来てくれたのか…」


「当たり前でしょ。私は魔力を殲滅する為に送り込まれたのだから」


 そこには銃を構えた皆美がいた。相変わらずの無表情でこちらを見据えていた。何故か妙な安心感が芽生える。鷹端はゆっくり立ち上がって、皆美の元に歩み寄った。


「むやみに誰もいない校舎に近寄らないで」


「いや、お前が俺の靴そのままにしたんだろ」


「ああ、そうだった。ごめんなさい」


 皆美は腰を軽く曲げる。そうだ、靴以前にこいつが全て悪いのだ。自分の学園生活が狂い始めたのも。


「じゃあ、俺は部があるから」


「そう、じゃあまた」


 鷹端は校舎を出ようと、皆美に背を向けるが、すぐにまた皆美の方に向き直した。


「お前は部活とか入らないのか?」


「入らない。そんな暇、無い。この時間はまだ暗い。魔力はまだいる。さっきみたいに」


「そ、そうか。じゃあ精々頑張れよ」


 そう吐き捨てると、鷹端は眼帯を付け、校舎を出た。さっきまでの間に既に結構の部員が来ていた。砂塔も勿論いた。早く来たにも拘らず、すっかり遅い組だ。顧問も出てしまっているし、皆アップは終わっている。鷹端は慌てて部員たちの元へ駆けて行った。


 部活が終わる。朝なのに厳しすぎる。タオルで流れ出る汗を拭きとる。汗でびしょびしょになった練習着を脱ぎ捨てる。絞ったら汗が垂れてきそうだ。肌着を着て、そこから制服を着る。汗で肌着がへばり付き、気持ち悪い。さっさと着替えて、誰よりも早く更衣室を出た。


 教室に入る。急いで来た為、まだ三人ぐらいしかいない。全員帰宅部の連中だ。そして、全員物静かな女子。鷹端から言わせれば静かな奴は嫌いだ。しかも、顔も良くない。鷹端は小さくため息をつき、自分の席に座る。鞄の中の教科書を取り出して、机に無理矢理詰め込む。鷹端は沈黙が嫌いだ。段々苛々してきた。早く誰か来てくれないものか。


「おっはよー!愛輝くーん!」


 今度はやかましすぎる。何葉だった。まだあまり人がいないから良かったものの、他の人に聞かれては大迷惑、大問題だ。


「お前、ついさっき会っただろ」


「まあまあ、そう言わずにさ」


 何葉は笑いながら、自分の席に着く。さっさと教科書を机に入れると、鷹端の元に駆け寄る。


「悪いんだけど、宿題見せてくれない?」


「またかよ。そんなんだから永遠に頭が良くならないんだ」


「それはいいでしょ、ほら、早く」


 何葉はねだるように手を合わせる。砂塔とか、何葉以外の女子にやられればイチコロだろうが、何葉にやられても何とも思わない。しかし、鷹端に貸さない選択肢は無かった。もう毎日のことだし、義務のようになっていた。


「何の教科だ」


「数学のプリント。あれ難しすぎて」


「難しすぎて…って。やろうともしてないだろうが」


 そう言いながらも、クリアファイルから数学のプリントを取り出した。理系な鷹端には何が難しいのか分からない。プリントを何葉に渡す。


「ありがと」


 何葉はプリントを受け取ると、自分の席に着き、答えを写し始めた。鷹端は呆れながら、教室の扉に目を向ける。続々と生徒が入ってくる。その中には酢好、そして砂塔もいた。二人とも席に着く。酢好はこちらを向く。


「お前まだその眼帯付けてんのかよ。だせーぞ」


「分かってる。明日には変わってるって」


「はん、一年遅い中二病ってか。悲しいなぁ」


「うっせぇ、余計なお世話だよ馬鹿野郎」


「それより、お前ほんとに目、怪我してんのか?ただそういう痛い奴なだけじゃねぇの?」


「いや、ほんとに怪我してるから」


「何だよその慌てっぷりは。やっぱり…」


 酢好は眼帯に手を伸ばしてくる。まずい、ここでばれては…鷹端は反射的に伸びてきた手を叩き落とした。


「痛っ!何しやがる」


「怪我してんだよ、やめろ」


「…分かったよ、ったく…マジになるなって」


 酢好は不機嫌そうに口を尖らせ、鷹端に背を向けた。これだけは見せてはいけないのだ。そうしていると、チャイムが鳴った。そういえば、皆美が来ていない気がする。そう思って皆美の席を見ると、そこに彼女はいた。


「あいつ、いつの間に…」


 瞬間移動でもしてきたのか。何故わざわざそんなことをする必要があるのか。分からない。ただ、それより砂塔が気になりすぎる。好きな人が隣にいるというのは凄まじく緊張する。はっきり行って、もう少し遠い方がいい。テストで集中出来る気がしない。鷹端は深呼吸して、気持ちを落ち着けた。


 別囃が教室に入ってくる。持っていた書類を教卓に置き、笑顔を振り撒いて言った。


「皆さんおはようございます。今日は進級テストです。頑張ってくださいね。では、日直さん朝の会をお願いします」


 呼ばれた日直は前に出て、朝の会を始めた。誰も聞いていない。無論、鷹端も。砂塔は聞いているように見えて、教科書をじっと見つめていた。今日のテストの為に聞くべきものを聞かずに勉強をするのは、真面目なのか、否か。


 いつの間にか朝の会は終わり、別囃の話も終わっていた。次のテストは国語。鷹端は国語があまり得意では無い。かと言って、どう勉強すればいいのかも分からないので、とりあえず漢字と文法を適当に覚えておくことにした。


「…んだよ、意味が分かんねぇ…」


 酢好が髪をぐしゃぐしゃかき回して呟く。どこかで聞いたことがあるような台詞だ。酢好は国語が苦手というより、勉強そのものが苦手だ。全教科五十点取れるかどうかも怪しい。つまり、アホだ。あいつに文法なんて分かってたまるか、と鷹端は思う。


やがて、別囃が席に座るよう促し、生徒はそれに従い席に座る。酢好は始まっても無いのに既に落ち込んでいる様子だった。鷹端は呆れ顔で酢好を見つめ、それから砂塔を横目に見る。自信に満ちた顔だ。流石に常に順位一桁を維持している人は違う。更に、何葉を見つめる。国語は得意だろうから、辛そうな顔はしていない。むしろ楽しそうだ。そして、最後に皆美を見た。あいつは勉強出来るのだろうか。神の使いというぐらいだから、もしかしたら満点を取れるかも知れない。彼女は何を思いながらテストを受けるのだろうか。


 問題用紙と解答用紙が配られ、「始め」の合図でテストが開始される。シャーペンの音が響く。漢字は運良くついさっき無理矢理覚えたのが出てくれた。その後も、結構順調に解けた。ただ単に簡単だっただけかもしれないが、前の酢好はかなり悩んでいるようだった。いや、彼はいつも悩んでいる気がするが。


 そのままテストは終わった。次は数学。数学なら得意だ。国語でここまで出来たのなら数学もいけるだろう。何だか自信が出て来た。一方の酢好は、


「何でだよ…何でだよ…」


 と、しきりに呟いている。その死んだ魚のような目から結果は分かった。砂塔は軽く女子と話しながら次の数学の勉強をしていた。流石、頭の良い奴は違う。鷹端はじっと砂塔を見つめていると、突然目の前に何葉が現れた。


「うわぁ!」


「どーだった?国語」


「別に…普通だったが。お前は?」


「私は完璧だよ。国語は天才的に得意だからね」


「つっても七十点程度だろーが」


「それは言わないお約束でしょーが」


 何葉は鷹端の背中を思い切り叩く。思わず前につんのめる。そういえば、皆美はどうだったのだろう。彼女を見ると、誰にも近寄らず、一人で席に座っている。皆、勉強を始めているのに。そういえば、彼女に話しかけている人を見たことが無い。そろそろ誰かが話してもいい気がするが。恐らく話しかけにくいオーラを醸し出しているのだろう。鷹端も話しかけるのは気が引けて、皆美からは目を逸らした。


 その後、数学のテストが始まった。証明で微妙に苦戦したが、まあ大丈夫だろう。何葉はまともに出来なかったようだ。そして、社会のテスト。まずい…全然単語を覚えていない…とりあえず適当に書いておこう…テスト終了。出来た気がしない。そこから、英語のテストが始まった。英語も鷹端は苦手だった。さっぱり分からない。とりあえず適当に書いておいた。


 こうして、午前のテストは終わった。後は理科だけだ。

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