第12話 時雨祭、その前日
後日。何葉の家に泊まって、翌日、親に冷やかされた、後日談。その後も毎日のように、部活と時雨祭への練習、そして魔力退治が行われていた。流石にこの時期にもなると、夜中に校舎に残る人は少なく、皆グラウンドで練習に励んでいるので、憑かれる人は少ない。というか、いない。最初は新鮮だった魔力退治にも慣れ、非常につまらないものとなっていた。粉砕した時の紫の液にも慣れた。なので、味気ない。
だが、そんな毎日が続き、いよいよ時雨祭前日を迎えた日。少しばかり事件があった。朝、鷹端が部活を終えて投稿すると、そこには見慣れぬ人がいた。教室の中央の席にポツンと座る女子。背は平均以下ぐらい。胸も平均以下ぐらい…か。ルックスも普通と言う感じだ。髪はボブ。決して可愛くないという訳では無いのだが、どこか表情が暗く、冷たい。少し俯き気味だ。鷹端は慌てて教室の教卓にある座席表を確認した。その座席には、『小鳥遊』と書かれていた。そういえば、いつもこの座席は空いていた。つまり…ずっと病欠していたのか。いや、その確率は低い。きっと、引きこもりか何かだろう。しかし、だとしたら、何故こんな時期に…と、気にはなるが、こういう時、迂闊に話しかけてはならない物だ。どうせ変なトラブルに巻き込まれるから…普通に、何事も無いように。そうっと、通り過ぎるのだ…
「おっ、お前、初めて見る顔だな。何て名前だ?」
と、思った瞬間。後ろから聞き慣れた声が、見慣れない人に尋ねた。酢好だった。馬鹿な奴。愚かな奴だ。こうなると、鷹端も巻き込まれざるを得ない。
「…たか…なし…」
絞り出すように、かすれた声で呟く。声は非常に低く、男女のどちらか分からないような声で。
「へ?たかはし?鷹端?なんだ?隠し子か何かか?」
「どうしてそうなるんだよ、アホ酢好!」
鷹端は強烈に酢好の後頭部にチョップを決める。どう聞いても、たかなしと言った筈だが。
「…たか…なし…」
もう一度、小鳥遊は絞り出すような声で呟いた。
「ふーん、たかなし…鷹が…無い?」
「…違う…小鳥が…遊ぶ」
「はっ?それでどうやってたかなしって呼ぶんだよ?」
アホな酢好は、本気で悩み始めた。苗字なんてこんな特殊な読み方ばかりだろうに。というか、『酢好』とか読めないことも無いが、滅茶苦茶特殊な苗字だ。鷹端も人の事は言えないが。そうなると、小鳥遊なんて普通の部類だ。
「鷹がいないから…小鳥が遊べる…だから…たかなし」
「ほーん。じゃあ、鷹端は敵だな」
「だから、どうしてそうなるんだよ!アホ酢!」
「苗字を略すんじゃねえぇ!」
もう一度、今度は後頭部に張り手を食らわせる。今度こそ力尽き、酢好はその場にぶっ倒れる。こんなアホなやり取りに、小鳥遊は一切表情を歪ませること無く、最後に、こう呟いた。
「…敵…そうかもね」
もし酢好に聞かれていたら異常なまでの反応を示しただろうが、生憎ぶっ倒れているので反応しなかった。でも、鷹端はばっちり、耳に聞いていた。でも、反応はせず、そのまま小鳥遊の横を通り過ぎて行った。何故か、反応出来なかった。そして、そのまま鞄を置き、席に着く。その直後、誰かに後ろから肩をトントン、と叩かれた。もう後ろを向かずとも誰かは分かる。これは、屋上への階段に集合する合図。鷹端は部活で疲れ切った体を無理矢理立たせ、目的地へと向かった。
階段。そこでは予想通り、皆美が待っていた。彼女はフィーチャーフォンを慣れない手つきで必死に操作をしていた。無表情から読み取れる困惑の色に少し微笑ましくなる。鷹端のメアドだけが入った携帯。それに何故か優越感を覚えてしまう。女子と交換出来た…というだけでも大きいが、何しろ相手は神の使いだ。そんな人とメアドを交換したのは、恐らく人類で鷹端が一番最初だろう。前までは存在しなかった『皆美皆子』の文字が鷹端のスマホに出てくるようになった事も嬉しい…とは言っても、未だに携帯で連絡を交わした事は無いが。
「何の用だ」
そんな考えを払拭し、尋ねた。すると、皆美は携帯を閉じてポケットに閉まった。本来、学校に携帯は持ってきてはいけない。これをしているのがばれたら生徒会が黙ってないな…
「特に用は無い。でも、一つ忠告をしておきたいと思って」
「何だ?」
「あの、小鳥遊って子とは関わらないで」
「別に…言われなくても関わるつもりはねぇよ」
「本当に?何をされても絶対関わらないって約束出来るの?」
珍しく皆美がぐいぐい来る。思わず後ずさりしてしまう。
「どうしてそこまでして関わって欲しくないんだよ…」
「それは…彼女から負のオーラが染み出しているから」
「つまり…魔力が憑いているという事か」
「いや、違う。でも、何故か魔力に近い波動を感じる」
皆美の困惑した表情は治らない。どうやら、携帯の操作で困っていたという訳では無いらしい。いや、それも少なからずあるとは思うが、しかし。
「お前でも分からない事があるんだな」
「神でも少しは不完全な事はあるし、私はその神の使い。この世の半分の事象は理解出来ていない」
「半分知ってるだけでも凄いと思うぞ…例えば何を知っているんだ?」
「…この世に存在する全てのアニメ、ゲーム、楽曲、漫画、小説は理解している」
「…何っ!?」
それは初耳で、驚いた。この世の全ての娯楽を知り尽くしているというのか…
「じゃ、じゃあ…例えば何を知っているんだ」
「『魔法少女カミダノミ』ってアニメの三番目に出てくる女戦士のスリーサイズは理解している」
「まじかよっ!」
「そして、二番目に出てくる女戦士の嫌いな物は父親」
「すっげぇ!」
「ちなみに、私のスリーサイズは79・55・80だ」
「誰も聞いてねぇよ!いや、良い情報だったけどさ」
「そうか、この世の男子はそういう事に興味があるのか」
「いや、今のは口が滑っただけだ」
なんて、しょうもない会話をしていると、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。
「最終確認。絶対に小鳥遊には近付かない事」
「分かってるさ。近付かなきゃいいんだろ?簡単じゃないか」
「さあ…どうかしらね」
と、言いながら、二人は教室へと戻って行った。近付くなと言われた小鳥遊のいる教室へ…
別囃の話も終わり、ホームルームは終わった。話というのは明日の時雨祭についてだ。頑張れだの、負けるなだの、今までと違う熱血キャラになってしまった。こういう行事で熱くなるタイプだったのか…と、鷹端は内心呆れながら聞き流した。
近付かず、近付かず…意識はしていたが、そもそも小鳥遊は休み時間ですら立ち上がる事は無かった。すっかり拍子抜けしてしまった鷹端はやがて、その約束も忘れていってしまった。だが、その油断は自らの命を脅かす事になった。それは、昼休みの事。
「あの…」
席で伸びをしていると、突然、小鳥遊に話しかけられた。気が付くと、正面に彼女はいた。
「…ん?」
長い授業で、既に約束など吹っ飛んでしまった時だった。鷹端の短所は忘れっぽい事で…この仕事をする際にはかなり危険な欠点だった。
「購買の場所が分からないんで、付いてきてくれたら嬉しいです」
「別にいいけど、何で俺?」
「…近くにいたからです」
「女子じゃダメなのか?」
「女子にも友達いないんで…」
さらっと言われた。ずっと引きこもっていたからだろうか。だとしたら、どうして引きこもっていたのだろうか。色々頭を巡るが、まずは購買に連れて行ってあげないとな…と、ゆっくり立ち上がり、「じゃあ行くぞ」と呟き、歩き出した。小鳥遊も付いてくる。ただ、彼女。何故か、鷹端の真横に密着する感じになってきた。何か…おかしくないか?最初は怪訝に思ったが、何だかんだ小動物みたいで可愛い。周りの目が冷たい気もするが…そういえば、いつからこんな世話好きになってしまったのだろう。昔は自分の事しか考えていなかったのに。
で、購買に辿り着いた。だが、残念ながら購買は開いていなかった。ところが、それを気にもせず、小鳥遊は廊下を突き進んでいく。一切迷わずに。
「お、おい!どこ行くんだよ…」
「…私の本当の目的地じゃないから…」
「…何?」
そこで、ようやく異変に気付いた。思い出したのだ。あの約束を。足を一歩、後ろに出す。そのままゆっくりと後退していく。が。
「…どこ行くの?付いてきてよ」
「どこにだよ…おい」
「早く…来て」
その静かな、威圧感で、歩みを止めた。その眼光は鋭く、否定を許さない物だった。鷹端は怪しみながらも、足を一歩、前に出す。すっかり差のついた小鳥遊と鷹端の距離を詰めていく。少しずつ、少しずつ。あからさまに警戒心を見せながら…距離をゼロにした。そして、その瞬間。
「ぐっ…はっ!」
腹に強烈な痛みを覚え、気付けば吐血していた。血反吐が床に撒き散らされた。腹を押さえていた手を見る。それは、真っ赤に染まっていた。まずい…口からも腹からも血が流れ出る。あまりの痛さに叫び声すら出ない。そのまま、力無く床に倒れた。床は徐々にどす黒く染まっていった。もう、動けない。助けも呼べない。辛うじて認識出来た物、それは包丁を握りしめ、こちらを見下す小鳥遊の姿。
「小鳥が遊ぶ、で何でたかなしって読むか知ってる?」
「…天敵の鷹がいなくて…遊べる…から…」
質問には答えた。誰にも、自分ですら聞こえないような声で。しかし、小鳥遊は満足したようにニヤリと笑う。初めて彼女の笑う顔が見た。別にそれがどうという事は無い。寧ろ、どうでもいい。死ぬかも。何度かおふざけでこんな台詞を呟いた事はあるが…全国津々浦々、本気で死にそうと呟いた中学生は自分が初めてだろう。いや、いるかも知れないが…目を閉じたら、死ぬだろう。「寝たら死ぬぞ!」みたいに。でも、ちゃんと青春していない今、死ぬわけにはいかなかった。死んだら後悔するから。激痛に今は耐えねばならない。卒業するまでは…死ねない!そして、最後の最後の力を振り絞って立ち上がろうと手を動かす…が、その時。激しい銃声が校舎に響き渡る。それと同時に、小鳥遊の腹から血が溢れ出た。銃声の方を見ると、真っ黒な拳銃をこちらに向けた皆美がいた。
「…皆…美…か…」
歪む視界で辛うじて確認した女子の名前を呟く。皆美は銃を下ろし、こちらに近付いていく。同時に、小鳥遊は後退していく。しかし、まともに銃弾を受けたのに、彼女は一切痛そうな顔をしない。寧ろ、楽しそうだ。無表情だが。小鳥遊は、片手を血の出る腹に当てる。すると、一瞬で傷は回復した。同時に、皆美はぶっ倒れている鷹端の元に辿り着き、片膝を付く。
「人知を超越した治癒」
すると…鷹端の腹の傷が一瞬で消え去った。痛みはまだ残っているし、床に付いたどす黒い血もまだ残っている。それに、貧血で暫く立てそうも無い。というか、こんな光景、他の誰かに見られたら…制服ももう使えないだろう。参ったな…
「お前それ…本物の銃じゃないのか…?」
血の池に倒れ込んでいる鷹端は問う。まだ鷹端は眼帯を取っていない。なのに、銃は見えない。しかも、金色では無いし。
「そう。彼女を倒すには金色の銃では駄目だから」
「…マジで何者なんだよ…あいつ」
「彼女は私と同じ神の使い。今、確信した。私と同じ治癒能力を使えるから」
「神の使いが…何で俺を殺そうとする…っ!」
「同じ神の使いでも、その神が違う。そう、小鳥遊は、魔神の使い。私たちが倒そうとしている、魔力たちと同類」
「マジかよ…あんな娘が…」
「それより、あなた。私との約束破ったね」
「…忘れてたんだよ」
自分でもこの認知症並の忘れっぽさには呆れてしまう。いつ頃こうなってしまったかは知らない。それすら忘れてしまった。いや、抹消してしまったというべきか。恐らく、何かきっかけがあった筈なのだ。が…
「まあ、今はいい。小鳥遊を早く倒さないと…」
皆美は立ち上がり、再び小鳥遊に銃を向ける。小鳥遊は後退を止め、皆美を睨む。
「私じゃなくて、鷹端から殺そうとするなんて…浅はかな考えだこと」
「…黙って。皆美皆子…いや、ミドナさん」
「…だったら私は、リトルアさん…と呼べばいいのかな」
一体何の話をしているんだ…と情けなく倒れている鷹端は思う。ミドナ?リトルア?人名か?
「ここで決着を付けてしまおうじゃないの…ミドナさん」
「…そんなにここで死にたいの?」
「…私はここで骨を埋めるつもりは無い。お前を倒すまで」
小鳥遊は包丁の先を皆美に向ける。同時に、皆美は小鳥遊に銃口を向ける。一人だけ状況を理解していない鷹端は何とか立ち上がり、血の池から抜け出し、口に付く血を手で拭った。制服は血まみれなので、脱いでおいた。既に衣替えの時期だが、運良く上の制服を着ていたのは不幸中の幸いか。下のワイシャツも少し血痕が付いているけれども。それに、流石にズボンは脱げない。どうしようか…これ…と、決闘を始めようとしている二人を前に、一人衣服の心配をする。
やがて、戦いの火蓋が切って落とされた…と思いきや。昼休み終了のチャイムが鳴り、睨み合いはあっさりと終焉を迎えた。小鳥遊は包丁を下ろし、無言で去っていった。ゆっくりと、歩いて。まるで余裕を見せつけるように、消え去っていった。皆美もそれを確認して、銃をしまった。そして、振り向き、鷹端の元にやって来た。
「やはり、もっと厳重に注意しておくべきだった…」
「いや、お前は十分注意してくれたさ。自業自得だ。それより…この服、どうすりゃいいんだ…」
血みどろになった制服を見ながら言う。皆美もそれを一瞥する。
「安心して。あなたの家の制服を取り寄せるから」
と、気付けば皆美の手には鷹端の制服があった。
「…着替えるから向こう見てろ」
「言われなくても」
そして、着替えを終えると同時に、五時間目開始のチャイムが鳴った。
「授業遅刻だなぁ…こりゃ」
皆美は無言で頷いた。でも、二人とも動こうとはしなかった。ただただ鳴り響くチャイムを左耳に聞いて、右耳で流すだけだった。床に残る血の池を見てただただ呆然とするのみで。あまりに現実味の無い光景に、唖然とするのみで。ただただ突っ立っているだけだった。
帰宅し、ソファーに座り込む。どうやら、何葉にシチューの作り方を伝授されたようで、最近妹はずっとシチューを作っている。飽きた。自分で色々な調味料やアクセントを加えて、何とか飽きないようにはしているのだが、飽きた。で、今日もいつも通り食卓にシチューが置かれた。
「マジでシチューとカレー以外作れるようにしろよ」
「え~いいじゃん、いいじゃん」
「お前は良くても俺は良くないんだよ…七味とか砂糖とか生クリームとか工夫してたけど、マジで飽きたよ!もうバリエーションねぇよ…」
「う~ん…分かったよ。美穂ちゃんから今度色々教えて貰うよ」
しかし…一体妹はいつ何葉に会っているのだろうか。自分が魔力退治に勤しんでいる時か。何葉はどのように教えているのだろうか。あいつ、料理は異常に上手いしな…
「そういえば、お兄ちゃん、明日運動会だっけ」
「運動会ゆーな。時雨祭だ、時雨祭」
「ばっちり見に行ってばっちり写真にお兄ちゃんの勇姿を収めるからね~」
「そういえば、父さん来れないんだっけ…母さんも怪しいのか…」
妹は写真を撮るのが下手だ。去年も一人で時雨祭を見に来たが、写真はブレブレ、しかも、鷹端自体の成績も著しく無かった。だが、今年は違う。きっと良い成績を収めるし、妹の写真の腕も進歩しているはず(?)だ。
「うん。だから、今年も多分私一人。ばっちり弁当も持って行くからね。コンビニ弁当」
「ああ…知ってた」
「今年こそは一位取ってよね。期待してるんだから。てるてる坊主も作ったし」
「一位…な…」
四つの種目。全てで一位を取る。それが、最高目標であり、最低目標。自分の為に、妹の為に、砂塔の為に、青春の為に。結局は一つだけの事の為に。シチューを一気にかき込み、軽く手を合わせて、立ち上がった。今は時雨祭だけの事に集中しないといけない。分かってはいるのに、昼の嫌な痛みを思い出してしまう。小鳥遊…あれが誰なのか、今は知るべきでは無いのかもしれない。結局、明日は小鳥遊が来ることは無い。そんな気がしたし。腹に手を当て、さする。
「何?まだシチュー足りないの?」
「…つーか、血が足りねぇなぁ」
「?」
妹は首を傾げる。知らなくていい。というか、一生知らなくていい。フラフラしながら歩き出し、階段を上っていく。明日、どう考えても万全な調子で走れる気がしない。しかし、まあどうしてこんなに忘れっぽいのだろう…そんな最大の欠点を抱えながら、走るのだ。ゴールへと向かって。




