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第11話 幼馴染と二人きり

 中学校最大の行事とも言える体育祭…もとい『時雨祭(しぐれさい)』の運動の部が近付いていた。これは陸上部員の運命というべきか、無理矢理男子100m走と男子200m走に選出された。鷹端はそこまで足が速いわけでは無い。正直、鷹端より速い奴もクラスにはいるが、彼らは適当に二人三脚とかに逃げてしまった。ちなみに、砂塔も陸上部員として、女子100m走、女子200m走に選出されていた。砂塔は女子ではかなり速い方だ。きっとこの大役も果たせるだろう。そして、更に鷹端は4×100mリレーのアンカー、騎馬戦…の馬の方にも出場する。地味にクラスで一番出場種目が多い。だが、ここで良い成績さえ収めれば、砂塔も…つまり、ここは最大の博打だ。勝てば砂塔に振り向いて貰え、負ければジ・エンドだ。


「おい、鷹端。リレーの練習すっぞ」


 色々考えていると、酢好に肩を叩かれた。鷹端は軽く頷き、トラックへと移動した。


「さ~皆、配置に就け~」


 一走は梁乗(はしの)。クラスで一番足が速い。二走は汰仲(たなか)。三走は酢好で、四走、即ちアンカーは鷹端だ。この陣は恐らく全クラス最強…か二番目ぐらいだ。最強候補には一組がいる。彼らを敗れるか否かが問題だ。


「よっしゃ、始めるぞ~!」


 酢好の掛け声で、梁乗が走り始める。何故か酢好がリーダーのようになっているが、結局一番人をまとめるのが得意なのは彼なので、誰も異論を唱える者はいない。しかし、やはり梁乗は速い。というか、速すぎた。汰仲も速いのだが、やはり差がある。汰仲の出発が遅れ、バトンが落ちてしまった。その後も幾度と無く、バトンミスが繰り返され、まともに鷹端の所まで回ってこなかった。暇だ。何もすることが無いので、何となく砂塔の練習風景を見てみた。やはり…体操服は良い。何と言っても胸が揺れて…


「おい、もう俺達だけでリレーしようぜ」


 酢好がバトンを持って鷹端の元へやってきた。準備運動とアップはしたが、すっかり体は冷えてしまった。


「しょうがねえ…やるか」


 鷹端は軽く体をほぐし、バトン練習を始めた。


 そんな事がありながら…学校が終わった。時雨祭の練習の為、部活は無かった。ので、そのまま普通に帰る予定だった。だが、普通に終わる事は無かった。


「ねえねえ、愛輝くん」


 校門を出ようとした時、凄く申し訳無さそうな声が背後から聞こえた。振り向く。そこには、凄く申し訳無さそうな顔があった。『愛輝くん』という呼び方で判別はついたが、そこにいたのは何葉だった。


「何だ?」


 そういえば、何葉と話すのはかなり久しぶりな気がする。かなり、とは言っても精々一週間程度なのだが、前までは毎日のように話していたので、相当長く感じただけだろう。


「…一緒に帰ろ」


 前まではそんな事も言わずに一緒に帰っていた筈だが…まるで恋人のような事を言い出すので、男の(さが)か、少しときめいてしまった。


「ああ…別にいいよ」


 そう言うと、何葉は心底嬉しそうに、軽く跳ねた。こういう所を見ると、たとえ好きでも無い女子でも可愛く見えるというものだった。そういえば、砂塔がこういう仕草する光景は想像出来ない。なんて考えながら、校門を抜けた。二人横に並び、家路に就く。別に鷹端としては、何とも思わない事だ。既に慣れているから。だが、心なしか何葉は照れているように見える。口数が異様に少ない。顔も上気している感じだ。なんて、ずっと何葉の顔を凝視していると。


「あの…さ…今日、私の家に来てくれない…?」


「え…」


 それは突然の事だった。そういえば、何葉の家には暫く行っていない。というか、中学に入ってから行っていない気がする。小学生の頃は一週間に一回以上のペースで行っていたのだが。仲の良さは変わらない筈なのに、何故か家には行かなくなった。最初の頃は一か月に一回は行っていた気もするが…いつ頃か。一切行かなくなった。


「また…突然どうして」


「その…今日はパパとママが家に帰ってこないから…」


「一日中か?」


 何葉は黙って頷く。つまり、寂しいから来てくれ、という事なのだろう。断ろうか、そう思った。一日中という事は、もしかすると明日の朝まで止めろという意味かも知れない。それは流石にまずいだろう…たとえ幼馴染でも年頃の男女なのだから。でも、何葉のその何とも言えない表情を見て。断れるほど薄情な男でも無かった。


「…分かった。じゃあ行ってやる」


「…ほんと?ありがと!」


 何葉は心から嬉しそうな顔をした。鷹端も自然と笑みをこぼす。勿論、何葉が嫌いなわけでは無い。寧ろ、どっちかでいうと好きだ。恋愛的な意味では無く。友達として。


 家に辿り着いた。鷹端はとりあえず荷物を置きに、自分の家に帰る。妹にも報告しなければならないし。妹はいつも通り元気に迎える。


「悪いけど、愛香。今日は何葉の家に泊まるから…すぐに行かなくちゃいけないんだよ」


「え~?今日は頑張ってカレー作ったのに…」


 またカレーかよ、と内心突っ込みながら、鞄をソファーに置く。スポーツバッグの中の汚れた練習着などを出し、とりあえず部屋着を入れ、宿題も入れておいた。いざとなれば、普通に取りに帰れるので何も持って行かなくても差し支え無いのだが、両親とかに冷やかされたりすると厄介なので、必要な物は全て詰め込んだ。今日は帰らないつもりだ。これだけ聞くと変な感じだが…


「でもでも、お兄ちゃん、最近美穂(みほ)ちゃんの家、行ってなかったよね。何で、今日いきなり行くことになったの?」


 美穂とは何葉の下の名前だ。昔は鷹端も『美穂ちゃん』と呼んでいたのだが、今では気恥ずかしくて言っていない。どうせ、言ったらクラスの奴らにいじられる。ただ、結局二人きりの時も苗字でしか呼ばないのだが。


「あいつの家、今日誰も帰ってこないんだ。だからさ」


「え、じゃあ私も行く!」


 妹がせがむ。別に連れて行ってもいいのだが…あのただならぬ雰囲気の何葉から、自分だけの方がいい気がした。これは二人きりになりたいという意味では無く…何となく。


「すまないな、何葉が俺だけ…って言ったから」


「え~…ふ~ん…へ~…分かったよ。じゃ、私は空気を読んで辞退するよ」


 空気を読んで…って、何か誤解されているようだが、今は気にしている場合では無い。スポーツバッグを肩にかけ、軽く妹に手を振って家を出た。私服に着替えようかと思ったが、変に気合いを入れていると思われたくないので止めておいた。妹の盛大なお見送りを受けながら、扉を閉じた。で、左を見た。何葉の家。すぐ隣にあるのに、遠い、何葉の家。歩いて五秒の家。その扉の前に立ち、チャイムに手を伸ばす。だが、押す前に、既にドアは開いていた。


「やあやあ愛輝くん!待ってたよ!待ちくたびれたよ!さあさあ上がって上がって!」


 さっきまでは暗かった表情の何葉が、たった数分ですこぶる明るくなっていた。一体何があったというのだ。鷹端は怪訝な顔をしながら家に上がる。中には確かにばっちり私服に着替えた何葉以外はいなかった。いや、約一匹、猫はいたが。


「そういや、お前猫飼ってたんだっけ。忘れてた」


 扉を閉じながら言う。これで、家の中に中学三年生の男女二人きりという、結構変な空間が出来上がった。だが、別に緊張も高揚もしない。当然だ。幼馴染だし。


「うん、みーちゃん。一応、私の名前から取ってるんだけどね」


「へー…なかなか可愛いな」


 猫は最初は警戒していたが、少しずつ歩み寄って来て、鷹端の足元を回り出した。


「もうなついてるね」


「昔から動物には好かれてるからな。何故かは知らないけど」


 それで、魔力にも好かれちまったというわけだろうか。だとすると、あまり良い体質では無さそうだ。そんな事を考えながら家に上がっていく。何葉の部屋は二階で…鷹端の部屋と向かい合っている。昔は窓から顔を出して話していたが、今はそんな事は無い。精々、スマホでメッセージを交換する程度だ。そういえば、何葉の部屋ってどんな感じだっただろうか。すっかり忘れてしまった。階段を導かれて上がっていく。そして、部屋の扉の前に立った。で、何葉がドアノブに手を掛け、開けた。


「あれ…?」


 こんな部屋だっけ。全然覚えていないんだけど…どうしてか、違う気がする。昔は、もっと可愛らしい感じの部屋だった筈だ。何だか、やけに殺風景になっていた。少なくとも鷹端の家よりは女子らしいが、それでも。いや、これがこの年での標準的な部屋なのだろうか。何葉以外の女子の部屋には上がったことが無いので分からないのだが、それでも。昔は確か壁紙が淡いピンク色だった気がするが、今は真っ白。少しぬいぐるみがあったり、ポスターがあったり…それでも。あれ…女子らしいって何だっけ。


「どうしたの?」


「いや…何も無い」


 鷹端は中に入って、肩に掛けていたスポーツバッグを置いた。制服を脱ぎ、畳んで置く。


「座ってテレビでも見てて。今、ご飯持ってくるから」


 と、言って部屋を出て行った。女子の部屋に、男子が一人きり。さて。座ってとは言われたが、そこまで甘い男でも無い。これでも思春期真っ只中の男子。たとえ幼馴染とは言え、興味はある。クローゼットを見据え、不敵な笑みを浮かべた。


「さあ…仕事だ…」


 鷹端はクローゼットをそうっと開けた。中には何葉の私服がハンガーに掛けられてあった。流石に私服は女子らしい。最近は何葉の私服は見て無かったが、なかなか上等だ。だが、それは本命では無い。引き出しに隠された物。ブツ。


「さあ…行くぞ…」


 手を掛けた。よし…じっくり、なめるように、見つめてやる。写真にも収めてやる…行くぞ!…開いた。そこにはたっぷり下着が詰まっていた。のはいいのだが。それを見つめる余裕は無かった。何故なら。それを開けた途端、やかましいサイレン音が部屋中、家中に響いたからだ。


「…しまったぁ!やられた…っ!」


 耳を押さえ、(うずくま)る。もう、死にたい気分だ。完全に罠だった。ここまで見越していたのか、あいつは。頭はそんなに良くないと思っていたが、余計な所で頭が働きやがる。というか、どんだけ信用無いんだ…仮にも幼馴染なのに…


「幼馴染だからこそ…だよ」


 扉がバタンと開く。そこにはシチューの入った皿二つを盆に乗せて持っている何葉がいた。そして、盆を小さな円卓に置いて、サイレンの鳴る引き出しを弄り始めた。そして、サイレンは鳴り終わった。


「まあ、別に愛輝くんに下着を見られてもそんなに恥ずかしくは無いけど…でも、やっぱり…ちょっとは恥ずかしいし。それに、愛輝くんが如何に変態かも分かったしね」


 何葉は少し顔を赤らめて言う。そう、何葉だって女子だ。幼馴染だろうと、完璧に、思春期の女子だ。鷹端は何だか悪い事をした気分になり、体を縮めて円卓の前に座る。シチューの美味しそうな匂いが香る。


「うまそうだな。いただきます」


 手を合わせて、口にスプーンを運ぶ。実際に美味しかった。しかし、カレーとかシチューとか似たような食事ばかり…別に嫌では無いのだが、流石に飽きてきた。だが、それは顔には出さないように…


「どう?美味しい?」


「ああ、美味いよ。昔から変わらないな、お前の料理の美味さは」


「へへ…ありがとう」


 何葉が露骨に照れる。こう見るとやはり可愛い。ずっと一緒にいるから分かりにくいが、かなりの上玉である事は間違いない。きっと何葉を好きな人もいる事だろう。その人を思うと、何だか申し訳なくなってきた。手作りシチューとかやばいんじゃないか。何葉を好きな人にばれようものなら殺される。ていうか、十分リア充なんじゃないか…自分。


「ねえねえ、何か話そうよ。せっかく楽しい食事中なんだから」


「ああ…そうだな」


 これは予行演習だ。ここで面白い話が出来なければつまらない男認定される。いつか砂塔と話す時に必要な会話術。それを今、身につけるのだ。


「じゃあ…ドラえもんの話をしよう」


「えっ…何でドラえもん?」


「だってお前好きだろ?ドラえもん。昔はよく一緒に見てたじゃん」


「まあ昔は好きだったけど…最近は見てない」


「じゃ、じゃあ昔のドラえもんの話をしよう。声優変更前の。それの大長編でどれが一番好きだ?」


「私は銀河超特急かな。ロマンがあるじゃん」


「俺は夢幻三剣士だな。あのダークな感じがたまらないだろ?」


「でも、あれ作者が失敗作扱いしてたよね」


 しまった。そんな話、初めて聞いた。思わぬ失敗をしてしまったようだ。部屋に微妙な空気が漂う。ここは話を逸らさなければ。気を取り直して。


「…じゃあスマブラの話をしよう」


「また何でスマブラ?」


「何でって…昔よく一緒に遊んだじゃんか。全シリーズ。二人で二作品ずつ買ってさ。お前強かったよな…」


「ていうか、愛輝くんが弱かったんじゃん」


 何葉がニヤニヤして言う。また変な空気に…確かに弱かったけれども。


「なら、どの作品が一番好きだった?」


「う~ん…やっぱXかな。一番最初にやったのがこれだったし」


「俺はDXかな。あのスピード感がたまらない」


「でも、それ公式が失敗作扱いしてたじゃん」


「…あ、そうだな」


 そんな話も聞いた事が無い。何でこうなってしまうのだ。二階も失敗作を引き当て、しかも全然何葉と趣味が合わない。気は合っているつもりだったのだが、どうした事か。結局、幼馴染とか言っても、何も分かっていなかったのかも知れない。今度こそ、沈黙は訪れ、完全に会話が遮断された。そのまま、シチューを食べ終え、何もすることが無いので、寝転んだ。大きく腕を広げて、倒れ込んだ。


「ねえ…」


 唐突に、何葉が呟いた。


「本当は…その眼帯と包帯、どうして付けてるの?」


 本当に唐突に、訊いてはならない、訊かれてはいけない質問を投げかけられた。


「無理にとは言わないよ?でも、言ってほしいよ。ずっと一緒にいたんだし。きっと、重大な秘密何でしょ?だったら知っておきたいよ。私…」


 何葉は俯きながら、細い声で、絞り出すように言った。


「…すまん。どうしても言えないんだ。これだけは…」


 お前に迷惑をかけてしまうから。知ってしまったら、この関係が保てなくなりそうだから。だから、言わない。そう決めたのだ。


「それならいいんだけど…」


 と、半ば諦めたような声で立ち上がり、小型テレビの前の引き出しを開き、ディスクを取り出した。


「久しぶりに、スマブラやろうか」


 なんて。あっという間に時間は過ぎ、既に八時を回っていた。スマブラでは完敗した。百戦十勝。酷い戦績だ。男子が女子にゲームで敗北する画はかなり見苦しい物がある。


「いやー、楽しかったね。久々にストレス発散出来たよ」


「お前の戦い方からして、相当ストレス溜まってたみたいだな。ストレスなんて無いと思ってたのによ」


「…あるよ。ストレスぐらい。私にだって」


 何葉が鷹端に聞こえないような声音で話す。そして、コントローラーを置いて立ち上がる。


「そろそろお風呂入ろうか。お湯入れてくるね」


「ああ…そうだな。頼む」


「今度は下着、見ないでね?」


 まるで会話が夫婦のそれだが、気にはしなかった。何葉が一階に下りていくのを見送り、鷹端は服を脱ぎ始める。女子の部屋で服を脱いで下着一丁になるというのはかなりあれな行為だが、特に気にもせず。そして、部屋着に着替えた。宿題でもするか…と、ワークをバッグから取り出す。と思ったら、文房具を忘れた。勝手に文房具を使うのも気が引けるので、やる事も無く寝転がる。ほのかに何葉の匂いがする。心が落ち着く。何故かは分からないが。そして、何葉が戻ってきた。


「あれ、着替えたんだ」


「まあな…」


 そこから、会話が途切れた。二人とも宿題を始めたからだ。無駄に難しい数式が羅列している。それに、一個も集中出来ない。何も考えられない。別に、目の前に同い年の女子がいるからという訳では無い。色々もやもやする事が多すぎるのだ。そんなこんなで何も進まないまま、風呂が沸いた。


「じゃあ…入ろうか」


「ああ、そうだな。先にお前から入ってくれよ」


「いやいや、一緒に入るんだよ」


「…は?」


 一瞬言っている意味が分からなかった。そして、理解した後も受け入れる事は出来なかった。実を言うと、何葉と風呂に入った事は何度かある。幼稚園の頃、お泊りした時に、ニ、三度。だが、今は中学生。かれこれ十年は入っていない。流石に幼馴染とは言え、中学生女子の全裸なんて興奮して卒倒するに決まっている。


「いやいやいや、流石にそれはちょっと…」


「いいじゃん。昔は一緒に入ってたんだから」


「昔はって…俺達、幼馴染とは言っても、血も繋がってない。ただ昔から一緒にいただけの間柄で…」


「昔からいただけって…そこが重要だと思うよ。さ、行こう」


 何葉は鷹端の右手を掴み、歩き出した。その手は温かく、気持ち良かった。そのまま、脱衣所に入ってしまった。何事も無いように来てしまったが、何葉が服を脱ぎ始めた時、異変に気付いた。


「…お、おい!だからまずいって…こんなのがばれたら!」


「いいじゃん、ばれたって。もう私達、恋人以上な関係だと思うし」


 何葉は笑いながら服を脱ぎ、やがて下着だけになってしまった。


「大丈夫。タオルは巻くから。別に巻かなくてもいいんだけどさ」


 と言って、いよいよ下着まで脱ぎ始めた。慌てて鷹端は目を逸らした。しかし…いつの間にか何葉も成長していた。一緒にいるから気付かなかっただけで、胸も大きいし、背も鷹端には及ばないが、昔よりも相当大きくなっている。なんて考えていると、色々危ない。興奮を抑え、鷹端も服を脱ぐ。パンツ一丁になった所で、タオルを巻き、そして、パンツも脱いだ。眼帯と包帯は取らず。


「じゃ、入ろうか」


 タオルだけを巻いた同い年の女子が微笑みながら、風呂場に入っていく。あのタオルの中は何も無い…落ち着け。幼馴染だぞ。そんな事で興奮するな…なんて、何葉と同じように幼馴染を口実にして、普通ではやらない事を正当化して。自分だって責められない。そして、鷹端も風呂場に入った。二人とも軽く体を流し、湯船に入る。背中合わせで。かなり狭い。妹と入っていた時のように足を曲げて入った。タオルのまま湯船に入るのは如何な物かと思うが、この場合はしょうがない。水滴の付いている壁をずっと見つめながら、ため息を吐く。


「今日は楽しかったね」


「ああ…そうだな」


「…背中流しっこ…しようか」


「えっ…」


「ね、しよ」


「仕方ないな…分かった」


 二人は湯船から上がり、鷹端は椅子に座る。そして、後ろで何葉が膝を付く。そして、タオルを手に持ち石鹸を泡立て、鷹端の背中を洗い始める。確か昔もこんな事したっけか。それをまたやろうと、何葉は…なんて考えていると、背中に何か柔らかい物が当たった。


「…ん…これは…っ」


 間違いない…が、気付かないふりをする。しかし、それはより強く押し付けられ…顔が赤くなる。やがて、腕が体に回される。どうやら…何葉に抱き着かれているようだった。何故かは分からない。でも…やけにそれが落ち着いて、ずっとこのままでいたと思った。


「…おかしいよね、私」


「…いや」


「何だか…愛輝くんが離れて行っちゃう気がして…ごめんね。じゃあ、私の分もお願い」


 と言って、何葉は立ち上がる。鷹端も立ち上がり、入れ替わる。何葉は座ると、背中を洗えるよう、タオルをずらす。即ち、前方は露わになっているという訳だ。鏡が曇っていて見えないが…鷹端は俯きながら、何葉の背中を洗い始める。綺麗な背中だった。洗わなくてもいいんじゃないか…という程。汚れの無い、背中だった。きっと…何葉は鷹端の事が好きだ。でも、鷹端は…


 風呂を上がり、服を着替え、何葉の部屋に戻り。既に外は真っ暗だった。やけに疲れた。そして、眠い。鷹端は欠伸をしながら言う。


「もう眠いから…寝ようぜ。布団敷いてくれよ」


「え?何言ってるの?一緒にベッドで寝るんだよ~」


 傍から見ると相当酷い台詞だが…ていうか、ここから見ても変な台詞でしか無い。


「…は?」


「布団無いからさ…このベッド、十分広いし。一緒に寝れるよ」


「さ、流石にそれはまずいだろ…異性間でそんな…」


「さっき一緒にお風呂入ったのに今更何言ってるの~さ、寝よ」


 と言って、何葉はベッドに潜っていく。もう観念するしか無いのか。そういえば、ずっと何葉に振り回されている気がする。いつもそうだ。何葉にはいつも振り回されて…しょうがない。鷹端も何葉の入っているベッドに入った。何葉の温もりが、そこにはあった。隣を見ると、笑顔の何葉があった。


「じゃあ、消すね」


 と、何葉はリモコンを手に取り、電気を消した。年頃の男女が一緒のベッドに寝るという異様な光景…寝付く事は出来ない…と思いきや、何葉はあっさり眠っていた。その寝顔は何とも穏やかな物だった。鷹端は何葉の反対を向き、目を閉じた。そして、深くて浅い眠りに付いた。たった二人きりのベッドの中で。

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