第10話 秘密
二か月に一回か…もっと、三か月に一回か…急に、突然思ってしまう事がある。死の恐怖。物心ついたときから、死に対する恐ろしさが芽生えてきた。自分は今子供だけど、ここから大人になって…老人になって、死を待つ。これを見ると、自分は何の為に生きているのだろう、と思ってしまう。ただ死ぬのを待つだけに生きている。じゃあ、何で生きているんだ?と。そして、どうやって死ぬのかも怖い。老衰が一番いいのだろう…が、実際には重い病気にもなりかねない。そして…殺されるかもしれない。不意に道を歩いていたら刺されたり…ニュースで殺人事件を見る度に震えるのだ。自分の人生はいつまであるのか…それは誰にも分からない。
だから…鷹端は青春を謳歌しようと決めた。この短く厳しい一生を少しでも楽しむ為。自分の為だけに、楽しもうと…でも。皆美が現れ、体を変えられ、青春するどころか、より死に近い場所に来てしまった。腹にのしかかって跳ねられたり、のこぎりで斬られかけたり、カッターで腕を裂かれ…どうしてこうなったのだ。どうして…
風呂に入りながら、そう考えた。鏡に映る偽りの眼と偽りの手を見つめながら。
「こんな体じゃ…愛香とももう風呂に入れないな…」
ついこの間までは一緒に入ってたのだが、流石に無理だ。適当に理由を付けて誤魔化したりしたが、それでもなかなか妹は納得しなかった。今は何とか一人になれたが。髪に付いたシャンプーを流し、湯船に入る。妹のいない湯船はやけに広く感じられた。いや、いつもの癖で体育座りをしているからか。思い切り足を伸ばす…と思ったが、足を少し曲げないとダメだった。気付かなかった。いつの間にか成長していた。
「体だけは成長して…中身はまだ全然なんだけどな…」
声が漏れた。明日も魔力退治なんだろうか。いつ死ぬかも分からない状況。普通に学校生活を過ごしていれば死ぬことなんて絶対無いのに。カッターで切られた右腕を見る。とは言っても既に完治しているのだが。砂塔と付き合う、ただそれだけだったのに。人の為の青春なんて、やっぱり偽りだ。
場所は変わり、学校の放課後。いつも通り部活に行くつもりだったのだが、来訪者が突然現れ、それを妨げた。
「鷹端先輩!ちょっと用があるんですけど!」
黄鳥湖取。まるで冗談みたいな名前の一年生女子。入学式の日に彼女を助けてから、付き纏うようになった。最初は鬱陶しかったが、慣れてしまえば可愛いものだ。部活の後輩にはろくに慕われないのに、こんな全く関係ない後輩に慕われるというのは複雑なものだが、やはり後輩と言うのはいい。「先輩!」とか、もう最高。まったく、後輩は最高だぜ!イェイ!
「で、用って何だ?」
「ちょっと、ここで言うのもあれなんで…来てくれませんか?」
と、言う事で教室から渡り廊下に連れて行かれた。
「何だ何だ。愛の告白か何かか?」
「んなわけないじゃないですか。先輩、何勘違いしてるんですか…」
こうきっぱり言われると辛いものがある。慕っているのかいないのか分からない。
「で、ほんとに用って何だよ。俺、部活に行かないといけないんだが…」
「ちょっと手伝ってほしい事があるんですよ」
「手伝ってほしい事?」
「最近、ちょっと変な事が多い気がするんですよ…だから、鷹端先輩に解決してほしいんです」
「何で俺なんだ…」
「だって、前は私を救ってくれたじゃないですか」
救った…彼女は魔力については知らない。でも、何となく救ってくれたと思っている。それに、偽りの眼とかについても知られてしまっている。絶対に他言無用とは言っているが、見た目口が軽そうなので心配だ。しかし…まさかこんなつい最近初めて会った人に知られるなんて。こんな重大な秘密を。だったら、もう魔力についても、全て話してしまってもいいんじゃないか。
「…分かった。何かは分からないが、俺に任せな」
「さっすが、先輩!ありがとうございます!」
黄鳥は笑顔で親指を立てる。こんな後輩の頼みを断れるわけが無い。どんな頼みでも引き受けてやる。
で、連れて来られたのは…二年五組の教室。つまり…軽音楽部の練習場所だ。中学校にしては珍しい部活で、つい最近設立された。その為、ろくな練習場所が与えられていない。音楽室は吹奏楽部に占領されているし、メンバーも五人しかいないので、結構空気な部活だ。よく存在を忘れられているし、鷹端も黄鳥に言われるまでは忘れていた。しかし、練習は行われておらず…教室は荒らされていた。机が倒され破壊され、黒板には暴言が書き殴られており、文房具や教科書がばら撒かれていた。
「何だ…これ」
「はい…友達が軽音部なんですけど、その子が練習に行った時には既にこんなんだったらしくて」
「一体誰の仕業だ?」
「分かりません。だから、先輩に頼んだんですよ」
「成る程、それで?俺に探偵をやれと…そういうのは先生の仕事だろ。俺には関係ない」
なんて。言いながらも何となく気付いていた。これが魔力の仕業であることを。そして、何故彼女は鷹端にこれを頼んだのか…何となく気付いてしまっているのかも知れない。
「え~でもでも!これは先輩じゃないといけないんです!」
「…分かった。まあ、何とかするよ。とりあえず、ここを片付けようか」
「はいっ!先輩!」
黄鳥は敬礼し、すぐに倒れている机や椅子を直し始めた。それに黄鳥が夢中になり始めた時を見計らって、教室をこっそりと出た。
「おい、いるか、皆美」
鷹端は誰に言うわけでも無く呟く。すると、廊下の角から、まるで幽霊のように皆美が現れた。まだ制服姿という事は、魔力退治はまだ始めていないのだろう。
「何か用」
「軽音楽部の教室が荒らされていた。何か心当たりは無いか」
「…さあ。まだ憑かれた人は確認していないけど…別にただの愉快犯という可能性もあるでしょ」
「ああ…まあそうだな。悪い。呼び出して。お前は魔力退治でも頑張ってくれ」
「…まあ、私も注意しておくけど。それじゃあ、また」
「あっ、ちょっと待て」
立ち去ろうとする皆美を鷹端は慌てて静止する。皆美は相変わらずの無表情で振り向く。感情の読めない、その顔で。
「電話番号…教えろよ。不便じゃないか」
「…携帯電話…持ってない」
予想外の答えが出た。まあ、神の使いだし無理は無いか。
「…そういえば。この体の持ち主が持ってた気がする。あ、あった」
皆美がスカートのポケットからフィーチャーフォンを取り出した。体の持ち主というのは、恐らく神の使いが乗っ取る前の元の意識だろう。一体その意識は今どこにいるのだろう。まだ体の中で眠っているのか、それとも既に消え失せてしまっているのだろうか。
「あ、電池が切れてる」
「何だ…じゃあダメだな。じゃあ、それは俺が預かるよ。それで電話番号とメアド登録しておくから」
「分かった。じゃあ、また」
皆美はフィーチャーフォンを鷹端に託し、今度こそ去っていった。冷静になって考えてみると、女子とメアド交換した事になる気がする。そう考えると、思わず赤面してしまった。と、一体何を考えているのだ。別に皆美を好きだと思った事など無いし、特別に思った事も無いのに。あくまでこれは業務上の交換なのだ。当然の事なのだ。うん。
「先輩?何やってるんですか。手伝ってくださいよ~」
教室から黄鳥の叫び声が聞こえた。鷹端は軽くため息をついて教室に戻った。
で、片付けが終わり、教室は凄く綺麗になった。やる必要も無い窓拭きや掃除まで黄鳥が始めた為、一時間ぐらいかかってしまった。
「ったく、これじゃあ犯人捜しをする暇が無ぇぞ」
「う~ん、まあ犯人とか、もうどうでもいいかもですね」
「いや、良くねぇだろ。ここまで来たら見つけないわけにもいかないだろ」
「え~でも、これで軽音部は練習出来るし、いいじゃん」
なんて呑気な奴だ。まさに元気っ娘という感じだが、飽き性だったり面倒臭がりだったりもするらしい。というか、自分もすっかり人の為に何かをするようになってしまっている。皆美の行動が移ってしまったのだろうか。
「それじゃあダメだろ。また他の場所でやり始めるかも知れないしな…」
と、言った瞬間。激しい物音が校舎中にこだました。どこの教室だ。黄鳥に手招きし、鷹端は駆け出す。どこだ。上か?階段を駆け上がる。そして、約一名。陰へと消えていく人らしき人がわずかながら見えた。
「…っ!追うぞ!」
「えっ?あっ、はい!」
鷹端は全力で、思い切り黄鳥を取り残して走る。ここは陸上部の腕の見せ所だ。いや、脚の見せ所…か。試合の時よりも速いぐらいだ。生徒会に見られたら一発アウトな場面だが、そんな事は気にしてられない。敵もかなりの速さだ。ほぼ同じぐらいというところか。いや、相手の方が少しばかり速い。くそ、追いつけない…と思っていた所で、突然人影が倒れた。そして、一瞬で敵との差を無くした。どうやら階段でずっこけたようだ。
「…お前は…」
そこで倒れていたのは、億之だった。だが、目は紫色に染まっていた。いつの間に憑かれたのか…そういえば、前の部活のいじめ問題の時にやけに乗り気で無かったのはもしかしたら…そんなことを考えていると、億之はいつの間にか立ち上がっていて…鷹端の股間に陸上で鍛えられた強烈なトゥーキックがお見舞いされていた。
「あああああっ!あっ、うがっ、ぎゃああああああああああ!」
潰れたっ潰れた、絶対潰れた。鷹端は先輩の威厳も何も無い残念な顔をして残念な叫び声を上げ、股間を両手で押さえる残念な格好でぶっ倒れた。幾度となく攻撃されてきた股間だが、ここまで強烈にやられたのは初めてだ。猛烈な吐き気と痛みが体中を襲う。この何とも言えない痛みが…辛い。そして、そんな姿をいつの間にか来ていた後輩女子に見られていた事が、辛い。
「せ、先輩…なんて無様な…」
「う、うるせぇ!女には分からねぇだろっ…!この痛みぃ…!」
「まあ…分かりませんね」
「そ…そんな事よりも…逃げろっ!こいつは普通の状態じゃねぇ…!俺みたいにやられるぞっ!逃げろ…!」
「に、逃げませんよっ!先輩がこんな事になってるのに!」
黄鳥が叫ぶ。駄目だ…逃げろ…その言葉は今の鷹端には出せなかった。あまりの痛さで悶絶し、気絶しかけているからだ。そして、億之はぶっ倒れている鷹端を軽く蹴り飛ばし、黄鳥ににじり寄っていった。黄鳥は恐怖で固まったように、動かなくなった。このままじゃ…まずい!
「きゃああああああああああ!」
なんて如何にも痴漢に襲われたかのような叫び声を黄鳥は上げながら、強烈なアッパーカットを億之の股間にクリティカルヒットさせた。億之も声こそ出さないが、悶絶の表情で倒れ込んだ。なんて女だ。敵ながら可哀想だ。まあ、こちらもやられているので慈悲など感じてはいけない。
「ぐぅ…よくやった…きどり…」
「きどりじゃないです!おうとりです!」
気絶しかけながら何とか声を絞り出して言う。だが、億之はすぐに何事も無かったかのように立ち上がり、再び黄鳥の方に歩みを進める。その様はまさにゾンビだった。
「くそ…逃げろ!黄鳥!」
黄鳥はそんな忠告など一切聞かず、再び股間に向けてパンチを試みた。だが、魔力にも学習能力はあるようで、その細い腕をがっしりと掴み、思い切り壁に投げつけた。
「きゃあ!」
「…!くそ…億之…たとえお前だろうと…俺の可愛い後輩に手を出すなら…殺すっ」
まるでゾンビ…いや、痴漢の如く指をくねくねさせて倒れている黄鳥に近付いていく。いや、痴漢の如くというか、完全に痴漢のそれである。鷹端は猛烈な痛みに耐えながら、僅かに残る力を振り絞り立ち上がる。そして、完全に黄鳥に気を取られている億之によたよたと近付き、胴体に手を回した。
「ジャーマン…スープ…レックスだあああああぁぁぁぁぁ!」
そのままブリッジの態勢になって、即ちジャーマンスープレックスの態勢になって倒れた。億之は頭部を床に強打し、痙攣して動かなくなる。鷹端も軽く頭を打つが、股間のあまりの痛さにそんな事は気にならなかった。
「おお…凄い!鷹端先輩はプロレスにも精通していたんですね…」
「いや…プロレス技なんてこれぐらいしか知らないんだが…」
何て考えていると、いつの間にか億之の目は普通の黒色に戻っていた。ということは…魔力が今の衝撃で億之の本体から出て行ったという事だ。しかし、眼帯を取っていないので確認出来ない。ここで魔力を取り逃がすのはまずい。が…近くには黄鳥がいる。くそ…どうすればいい…でも。彼女は既に偽りの眼についても知っているし…もうここで全ての秘密を言ってしまえば良いんじゃないだろうか。いい加減、秘密を隠し通すのも疲れて来たし、嫌だ。それに、何故か黄鳥になら簡単に言えてしまう気がする。
「なあ…黄鳥。今から俺は、お前が口が堅い奴だと思って秘密を話す。絶対に…誰にも言わないもんだと思って話すぞ」
「え、何言ってるんですか先輩…」
心配そうな顔をする黄鳥をよそに、鷹端は眼帯を外す。偽りの眼を露わにする。別に包帯は外さなくても剣は持てるのだが、この際、外してしまう。包帯は床にさらさらと落ちていく。
「えっ…先輩…」
「俺のこの目と左腕は…この学校を救う為にあるんだ。この学校に存在する魔力と戦う為に…」
「え…一体何言ってるんですか…股間を潰されて頭がおかしくなったんですか?」
ただのおかしい奴だと思われようが今は構わない。とりあえず話しておきたかったのだ。とても一人じゃ抱え込めないような重大な秘密を。そこから長い長い自分語りを始めた。最初はまるで信じていないようだったが、鷹端の冗談を話しているとは到底思えない表情にただならぬ雰囲気を感じたのか、徐々に黄鳥も真剣な表情になり始めた。そして、語りを終えると。
「まあ…そんな話、信じれるわけが無いですけど…とりあえず今は信じておきますよ。そっちの方がいい気もしますしね」
「ああ、そうしてくれ。ありがとう」
「でも…どうしてそんな秘密を会って間もない私に話したんです?」
「…さぁな。何となくだ何となく」
そう言って、振り向く。そこには魔力がいた。
「ご丁寧に待って下さって…じゃあ、やるか!」
背中に付けていた剣を左腕で取り、構える。それと同時に魔力が飛び掛かる。物凄いスピードだったが、鷹端は難なく一刀両断にする。魔力は二つに分裂した。分かれてしまうと厄介だ。いつもは皆美がいるから問題ないものの、今は実質一人。辛い状況だ。飛び道具があればいいんだが。左右から襲い来る魔力を何とか振り切りながら、剣を振る。その様子を唖然としながら黄鳥は見守る。
「くそ…ちょこまかと…」
何とか突進を回避しながら、剣を振り…そして、一体の魔力を粉砕した。後一体。それはあっさり、粉砕した。で、戦いは終わった。周りに魔力がいない事を確認し、眼帯を付け、包帯を巻いた。
「せ、先輩…」
「ま、そういう事だ。もうここら辺には魔力はいない。安心してくれ」
「まだそんな作り話をしてるんですか…」
「まあいいよ。作り話として…受け入れてくれ。俺はこれから何度もお前にその作り話をする事になるだろうけど…付き合ってくれ」
「えっ付き合ってくれって…こ、こんな所で告白なんて…」
「いや、違うからな…」
本気で顔を赤らめる黄鳥を慌てて止める。満更でも無いのだろうか。もし、ここで本当に告白したら付き合ってくれたのだろうか。二歳差の恋愛だと、中学校では問題になるだろうが。
「あ…今日は付き合ってくださってありがとうございました!」
黄鳥は頭をペコリと下げる。鷹端は「いいよいいよ」と軽く答え、
「後始末は俺がやるよ、お前は帰れ。これ以上ここにいたら危険だぞ。またお前も憑かれるかも知れないからな」
「はい、ではでは~」
黄鳥は笑顔で手を振り、去っていった。こうして、後輩と二人きりの放課後のデートは終わった。デートとは言っても、結局掃除をして、股間を押さえてのたうち回る醜態を見せつけただけだったが…鷹端としては凄く満足だった。秘密を共有出来る人が出来た事が、今日最大の成果だった。で…後一つ。
「…見てんだろ?皆美。お前が魔力に憑かれた人を確認出来なかったとは到底思えないんだがな」
そう呟くと、またも廊下の角から皆美が現れた。これじゃあ神だか幽霊だか分からない。
「今日は…あなたにも見せ場を作ってあげようと思って」
「ほんとに…それだけか?良かったのか?この事を話してしまっても」
「…彼女は多分言わない。それに言おうとするなら私が力ずくで止める」
「力ずくって…物騒な事言いやがる」
「まあ…もし、これを言わずに不調に陥るような事があるなら、言った方が良かったんじゃない?」
と、言って皆美はまた去っていった。いつの間にか、最終下校のチャイムが鳴り終えていた。鷹端は軽くため息を吐く。何だか今日は凄く疲れた気がする。でも、何故かは知らないが辛くは無かった。股間はまだ微妙に痛いが…
帰宅の途に就く。家に帰ると、妹だけがいた。カレーの匂いが家中に広がる。またカレーか、と内心呆れつつも微笑ましい。妹は台所にいたのだが、鷹端が帰って来た途端に限界に駆けて来た。そして。
「お兄ちゃん!この前に出してくれた問題、答え出たよ!」
「この前出した問題…ああ、あれの事か。で、どんな答えが出たんだ?」
「誰にも言えないって言ってたけどさ…やっぱ、誰かに言えば良いと思うよ。そうすれば、もどかしさも無くなるよ!」
笑顔の妹から出された答えは、それだった。
「…そうだよな。やっぱ、そうだよな…」
分かり切っていた事だが、結局それが真理で、正解だった。




