第1話 青春の始まり
桜舞い散る校庭。まさに『青春』という舞台に相応しい場所だ。桃色に染まる地面を踏みしめ、『鷹端』と書かれた名札を煌めかせる少年。今年で中学三年生になった鷹端は希望に満ちた表情で校舎を見つめる。
彼には目標があった。『今年こそ青春を謳歌する』という目標が。中一、中二と、中途半端な学園生活を過ごす事しか出来なかった。クラスも微妙、成績も微妙、運動も微妙…だが、今年は違う。必ず良いクラスになる筈だ。そう、占いで言ってあったから。まず友達とは最低限同じクラスにならなくてはいけない。『友情』は青春の一つだ。欠かすことは出来ない。そして、勉強もしっかりしなくては。今年からは塾に入る予定だ。成績優秀になれば更に青春を良くすることが出来る。そして部活もだ。あまりいい成績は残していないが、今年こそは猛特訓して良い成績を残すのだ。部活も青春に欠かすことは出来ない。
そして、大本命は…そう『彼女』。リア充になれてこそ、真の青春と呼べるのだ。既に決めている人はいる。部活が同じ『砂塔』だ。学園でも人気の美少女だ。彼女を狙う汚らわしい男は幾らでもいる。だが。必ず彼女と対等の位置になれるような男になるのだ。そして、彼女と付き合うのだ。そうすれば最高の青春になるだろう。必ず成し遂げてやる。鷹端は鞄を握っていた拳を更にきつく握り、また一歩を踏み出した。
しかし、突然尿意が襲う。朝ちゃんと用は足した筈なのだが…鷹端は慌てて近くの便所に駆け込んだ。最悪の青春のスタートだ…鷹端は渋い顔をして、小便器の前に立つ。こんな時に便所に入ってるのは自分ぐらいなんだろうな…と考えつつ、ズボンのチャックを下ろそうとする。だがその時、頭に殴られたような衝撃を受ける。何だ?何が起こってる?鷹端はその場に蹲る。すると今度は腕を掴まれたような感触を覚えた。何にも掴まれていないにも拘らず。そして、そのまま個室に連れ込まれてしまった。
自然と鍵がしまる。何とか立ち上がり、鍵を開けようとするが、微動だにしない。ならば。個室の上は開いている。よじ登ればいいだけの話だ。鷹端は洋式トイレの上に立ち、そのままジャンプして扉の上に手を掛ける。だが、今度は手が踏みつけられたような痛みが走り、墜落してしまった。
くそ…まずい。こうなれば情けないが大声で助けを呼ばなければいけない。このままだと一生閉じ込められたままだ。鷹端は口に手でメガホンの形を作り、大きく息を吸った。そして、
「誰かあああああぁぁぁぁぁ!助けっ、なっ」
今度は何かに口を塞がれる。いや、何にも塞がれていない筈なのだが、声が出ない。くそ、万事休すか…鷹端は諦め、トイレに腰掛ける。どうすればここから出られる。考えろ。考えろ。きっと何か突破口がある筈だ。この程度も解決出来なかったら青春を謳歌するなんて不可能だ。眉間に皺を寄せ、頭を押さえながら考える。
だが、その時。突然の出来事だった。目に怖ろしい程の激痛が走る。いや、痛すぎて痛さを感じない程だった。しかし、ある物を見て背筋が凍った。床に力なく落ちる白い球。これが何かを理解するのに少し時間がかかった。だが、これは間違いない。眼球だ。ボトボト垂れていく血。そして、鷹端は発狂した。
目覚めると、そこはまだ個室の中だった。だが、さっきとは違い、血も眼球も無くなっていて、痛みも完全に取れていた。だが、微妙に目に違和感がある。目を押さえると、コツンと軽い音がした。何かが付いているのだろうか。
「気が付いた?」
「わあ!」
突然声がしたので、慌てて声のした後ろの方を見る。そこにはフードを被った人がいた。顔は見えず、性別も分からない。
「お前誰だよ!俺にこんなことをしたのはお前か?」
「少し手荒い事をしてしまってごめんなさい。でも人間は直接話し合って分かり合える人じゃないって聞いたから…」
「質問に答えろ。お前は誰だ」
「私は…神の使い」
やや女っぽい声で答える。意味が分からない。神の使い?ふざけてやがるのか。
「…俺の目を取ったのはお前なのか?」
「ええ。あなたをここに連れて来たのは私。私の手にかかれば人間に尿意を覚えさせることぐらい容易。そして、個室に入れたのも私。さっきまでの君には私は見えて無かったから」
「さっきまでってどういうことだよ」
「今、目に違和感を感じてるでしょ?それは『偽りの眼』。私みたいな人間とは違う存在を見ることの出来る金色の眼」
慌てて鷹端は目を触る。コツンという音は、金で出来ているから鳴った音なのだ。そして、同時に自分の本当の目が無くなったという事実を目の当たりにし、座り込んでしまった。
「どういうつもりだよ…どうしてこんなことをした…俺の…俺の青春が台無しだ…」
こんな目で人が寄って来るわけが無い。彼女は勿論、友達すら出来ないだろう。なんてことをするんだ。
「ふ…ざけ…るなぁ!」
鷹端は立ち上がって、全力のパンチをフードの人にかます。だが、拳は奴の身体を貫き、壁に激突した。
「ってえええええ!」
赤く腫れあがった手をもう片方の手で押さえる。
「私を触ることは人間には出来ない」
「くそ…てめぇ!」
鷹端はフードの人を睨む。だが、目が見えないせいであまり効果は無い。
「今から私の言う事を聴いて。あなたは選ばれた人。だから、この学園に潜む『魔力』を倒してほしい」
「魔力?何の話だ」
「この学園には普通の人には見ることの出来ない闇がある。学園で起こる事件は魔力が生み出した物。魔力は年々力を上げていっている。前までは私一人で魔力を消していたけど、もう一人で手に負える敵では無い。だから、人間にも応援があった方がいいと思ってね」
「そんなものある筈が…」
「今の私を見てそんなことが言えるの?」
奴はやや威圧的な声で言う。ふざけるな。勝手に巻き込んでおいてその言いぐさは無いだろう。だが、物理攻撃は効かない。何をしても無駄だというのか。
「心配しないで。表向きの学園生活は普通に過ごせる。これがあれば」
そう言って、ポケットから何やら取り出して、こちらに放り投げる。慌ててそれを掴む。なんだこれは。よくよく見るとそれは眼帯だった。黒色に、怪しい目が描かれた禍々しいものだった。
「それを付ければ魔力は見えない。だから、何も気にせず学園生活は送れる」
そう言われて、鷹端は眼帯を取り付ける。すると、フードの人は一瞬にして見えなくなってしまった。やはり、本当にこいつは人間では無いのだと確信した。どこからともなく声が聞こえる。
「その力で魔力を倒して。心配しないでも、最初は軽い所からでいい。教室にだって魔力は潜んでいる。その程度は触れなくたって倒せる。だから、お願い」
「ちょっと待て、もうちょっと詳しく…」
だが、もう声が聞こえる事は無かった。意味が分からない。自分にどうしろと言うのだ。魔力なんて得体の知れない物…でも、この眼帯さえあれば魔力は見えない筈だ。だったら多分普通の生活を歩めるだろう。まだ青春を謳歌出来る可能性が消えたわけじゃない。
その時、チャイムが鳴り響いた。まずい。進級初日から遅刻になってしまう。まだクラス表すら見れてない。鷹端は急いで便所を脱出し、校舎へと走っていった。
更新で、神の使いさんの口調を変えました。