それでも
やっぱり、気になってしまう──。
三田頼之に抱き寄せられてから数日。
天使渉は、大学の講義室で真剣に悩んでいた。
「…………あああああ──」
「うるさっ?! 何してんの……?」
と新巻巧が、一人叫んで頭を掻き回している渉の隣に座って訊いた。
「ど、同性に抱き寄せられたら、ドキドキするか……?!」
「……頭でも打ったのか? それとも熱があるのか?」
と巧は自分の額と渉の額を触って、
「平熱だな──」
と手を離す。
渉は触られた額に手をやり、首を傾げる。
「……ん?」
サンタさんに触られた時、モヤモヤしたのに……なんでだろ──と頼之に触られた時を思い出し、
「モヤモヤしない……」
と渉は一人唸る。
そんな渉を見て、巧も首を傾げる。
「この前からさ、お前おかしくね? 大丈夫か?」
「え? あー……大丈夫大丈夫──てかさ、聞いてもいいか?」
「おお。何だ?」
と巧はいつもの口調で言う。
「……最初は、その人のことを何とも思ってなかったんだけど、告白らしきものをされてから、何かよくわかんないんだけどモヤモヤしたりして……。でも最近はモヤモヤより、ドキドキ……? してる気がするんだけど──これってさ、やっぱり……?」
と渉は巧を窺うように見る。
巧は一つ息を吐いて、
「そうかもしれないな──」
と言う。そして続けて、
「でも、それは渉が気づかなきゃいけないんじゃね? 俺の一言で決めるもんじゃないし」
と渉を見る。
「……たまには良いこと言うんだな」
と渉は一瞬黙ってから真顔で言う。
巧はそれが気に入らないのか、
「たまにはってなんだよ〜」
いつも良いこと言ってんだろ〜。とブーイングをする。
「ははっ。ま、いいや──ちゃんと考える」
と渉は言って、講義の準備を始めた──
*
頼之は、ソファーに座って考えていた。
家事をやっている間、渉は普段と変わらない。
だが、頼之が近くを通ったりすると、若干避ける。
渉自身気づいているのかわからないが、そっと避けているのだ。
「どうしたものか……」
頼之は背もたれに体を預け、天井を見つめる。
やっぱり、抱き寄せたのがいけなかったか……。
天井を見上げたまま、頼之は深い溜め息を吐いた。
すると、インターホンが鳴った。
「……テンシか? でもまだ来る時間じゃないしな──」
首を傾げながら、頼之はインターホンの前に行って人物を確認する。
「はい──」
『あ、三田? 私、私〜』
画面に映った人物は、自分を指差して笑って言った。
「ちょっと待ってろ──」
と頼之は言って、玄関に向かった。
「…………」
「やっほー! 中入るね」
「おい、仲原──」
仲原ゆずほは、すっと頼之を避けて中に入った。
ゆずほは頼之と新巻慎と同期で、頼之のことをよくからかっている。
「結構綺麗にしてるのね」
「……で、何の用だ?」
と頼之が苦い顔でゆずほに訊く。
ゆずほは慎と同じく出社するので、わざわざ頼之の所に来る必要はない。
「そうそう。なんかね、会社行ったら、新巻に『頼之にこれ渡してきて。よろしく!』とか言われて──」
と鞄を漁って、ファイルを取り出した。
「はい。これ」
「……なんだこれは」
「『今日の俺の分。お前きっともうやること終わってるだろうから、代わりに頼む。今日は奥さんとデートだから、よろしく!』って」
とゆずほが慎のマネをして言った。
「はあ? 何で俺が──」
「お土産買ってくるから、それでチャラなって。私も渡されたのよ? ほんと、自分でやれ! って感じ」
とゆずほは溜め息を吐いて、肩を上げてみせる。
「まったく……。まあ、確かに今日の分は終わってるしな。やるか」
「じゃあ私のもやって」
「断る。仲原は自分でやらないと納得しないだろ。それに、前に頼まれてやったら、『うーん、なんか違うんだよね〜』とか言って、結局自分でやってたろうが──頼まれた側の気持ちを考えろ」
頼之はテーブルにファイルを置いて、キッチンに行く。
「あはは……ごめんね?」
「もういい──」
「あ、コーヒー? 私も飲みたい」
「…………はいはい」
とコーヒーを淹れていた頼之は、渋々カップを二つ出して、注いで持っていく。
「どうぞ──」
「ありがとう」
頼之も席に着いてコーヒーを飲む。
「あ〜。温まるわ──三田の淹れるコーヒーって、おいしいわよね」
「……そうか?」
「そうそう。気持ちがこもってる感じ──」
また一口飲んで、おいしい。とゆずほは呟く。
「……気持ち、ね」
と言ってから、渉がおいしそうに飲んでいたのを思い出して、頼之はふっと笑った。
「そうそう──。まあ、私はカフェオレ派だけど」
「じゃあ飲むなよ」
「まあまあ、おいしいからいいじゃない」
とゆずほはけらけら笑って手を振った。
「ん。それより聞いてよ、最近ね──」
とゆずほの長い話が始まってしまい、頼之はやっぱりコーヒー出さなきゃよかったな……と思った──
*
「こ、こんにちは……」
「こんにちは! って、誰? 三田〜、なんかリュックしょった大学生が来たんだけど──」
ゆずほが部屋に向かって声を張る。
インターホンが鳴ったとき、ちょうど頼之がカップを片していたので、代わりにゆずほが出たのだ。
もちろん、渉はゆずほを知らないし、なぜ居るのかもわからない。
「テンシか──」
「てんし? もしかして、羽生えてたり?」
「はは……」
と渉は苦笑いする。
「仲原、もう用は済んだろ? 帰れ」
頼之はゆずほに鞄を渡して、外に出るように促す。
「ええ? もうちょっと世間話くらい──」
「お前の世間話は長いんだよ」
「大丈夫ですよ──仲原さん……、でしたっけ?」
と渉が言い合う二人を遮って、ゆずほを見る。
「部屋は、綺麗でしたか?」
「え? うん。綺麗だったよ」
「そうですか──サンタさん、今日はやめておきます。また明日来ますね」
ぺこっと頭を下げて、渉はさっさと歩いていく。
「渉──」
「一緒でもよかったのに──ねえ?」
とゆずほが笑って頼之に言う。
頼之は、やってしまった……と思いながらゆずほを見て、
「…………はぁ。とりあえず、来る前に必ず連絡いれろ」
と片手で自分の頭を押さえた──
*
仲原さんって誰だ? キレイな人だったし……てかなんでサンタさんちに? 元カノとか? でもサンタさんに好きって言われたし、この前だって──と渉は思い出して足を止める。
「…………」
今思えば、温かかったな……サンタさん。
全身を包み込まれた感覚は、今でもちゃんと思い出せる。
仲原さんとは、どういう関係なんだろ──抱きしめたりとか、するのだろうか……。
ふとそんなことを思って、渉はぶんぶん首を振り、
「いやいやいやいや──」
と言ってまた歩き出す。
それでもやっぱり、ゆずほのことが気になってしまう渉だった──
渉が行ってしまってから。
頼之「……はぁ」
ゆずほ「どうしたの?それより昨日ね、こういうことが──」
長々と、ゆずほの世間話に付き合わされた頼之でした……。