準備と高鳴り
頼之の準備、渉の高鳴り──
巧の兄、登場。
「……ふぅ──」
三田頼之は、会社のオフィスで一人、息を吐いていた。
今日は、久しぶりに朝から出勤だった。
頼之の会社は、色々なジャンルを幅広く扱っているので、出社して作業をする人と、自宅で作業が出来る人は自宅でやる人と分かれている。
頼之は、基本自宅で作業をする。たまに会社に顔を出して、作業がどのくらい進んでいるかを確認したり、報告したりする。
そして今、作業の進み具合を報告し終わったところだった。
「……はぁ」
「何だ? 溜め息なんて吐いて──」
と頼之の同期で、高校からの友人、新巻慎が声をかけた。
ちなみに慎は、頼之が両性愛者だということを知っている人物の内の一人だ──
「……おかしいんだ。テンシが……」
「テンシ? あぁ、巧に頼んで紹介された天使くんか」
と慎が思い出したというふうに、ポンと手を叩く。
「何? 何か変なことでもしたのか?」
「してない。だから困ってるんだ──」
と頼之は手を組んで、その上に額を乗せる。
「……で、おかしいって具体的にはどんなよ」
と慎が頼之のデスクに寄りかかって訊く。
「……寄りかかるな。脚が歪む」
「悪い悪い──じゃ、昼飯食べながらでも聞くよ」
と慎は頼之を見る。
頼之は慎を見上げて、こいつ聞く気あるのか? と思いながらも、席を立った。
「とりあえず、いつもの定食屋で」
「……はいはい──」
頼之は慎のペースに流されながらも、きちんと相談には乗ってくれるので、そのまま流されることにした──
*
「……愛妻弁当か」
「そ。ここ持ち込み可だからさ。いいよな──」
うまそ〜。と慎は手を合わせて、いただきます。と食べ始める。
慎は高校の時の彼女とそのまま籍を入れて、幸せに暮らしている。
頼之と慎は、高校卒業と共に今の会社に入社した。
慎は基本出社して作業をするので、頼之とは反対だ──。
「で、話は?」
「いつも通り接してるつもりなんだが、最近よく驚かれる──」
とメニューを見ながら頼之は言う。
「驚かれる?」
「うむ……──焼き肉定食一つ」
「かしこまりましたー」
メニューを注文してから、慎に視線を向ける。
「あと、目を逸らされるんだ」
「なんだそれ。嫌われてんじゃないのか?」
ズキッと頼之の心に、その一言が突き刺さる。
「……そうなのだろうか──」
「お待たせしましたー。焼き肉定食になりまーす」
「どうも……」
店員から受け取り、割り箸を割る。
「でも……、毎日ちゃんと来て、やってくれるんだぞ?」
「バイト代目当てだったり?」
「……金か──」
と頼之は考える。
嫌いなやつでも、お金が貰えるなら嫌でもやるのか──?
「てか、直接訊けばいいんじゃないのか?」
もう食べ終わったのか、さっさと弁当箱を片しながら慎が言う。
「直接……か──」
「そ。それが一番だ。ま、それを知ってお前がどうなっても、俺は責任とれないけどな」
と慎は頼之を見る。
頼之は慎を見つめ返し、
「……嫌われる準備は、もうとっくに出来てる。告白した時から──」
と言う。
それを聞いて、慎は口を開いた。
「……告白したのか?」
「あぁ。両性愛者だということも、初日に言った」
と焼き肉を食べながら答える。
「マジかよ……てかそれだろ!」
「ん? 何が──」
「告白されたから、戸惑ってるんじゃないのか?」
「そうなのか?」
「いや、わからないけども……」
絶対そうだろ──と慎は頭を掻く。
「……とりあえず、聞いてみる」
「何を?」
「バイト代目当てで来てるのか──」
と頼之は一旦口を閉じてから続ける。
「そうだったら……悲しいだろ?」
「頼之……」
「大丈夫だ。渉が来なくなったら、また家政婦を雇えばいい……」
そう言った頼之の目は、悲しげだった……。
*
「サンタさん、終わりました──」
「お疲れ。これ、今日の分な」
と頼之は封筒を渉に渡す。
「ありがとうございます──」
頼之は封筒をしまう渉を見て、口を開いた。
「テンシは……お金目当てでやってるのか?」
「はい……?」
「家事だよ。最近、俺が近くに行ったりすると、驚いたりするだろ? 俺が嫌いで、嫌々やってるなら、やめていい──」
と渉を見つめる。
渉は口を開きかけてから閉じた。
それを嫌々やってると受け取った頼之は、静かに言った。
「……渉、もういい。これからは、もう来なくて」
「違う──」
俯いて、渉は頼之の言葉を遮った。
「お金目当てとか、そんなんじゃない……。確かに、最初は勝手に巧から頼まれたけど……でも今は、自分の意思でやってるんだ。それに──、サンタさんじゃなかったら、今までやってきてない……!」
そう言い切ってから、渉はハッとして頼之を見た。
「ぁ……その……、すいません──つい敬語を忘れて……」
と渉は視線を逸らす。
頼之はそっと渉に近づいて、
「べつにいい──それより、俺じゃなかったら、今までやってきてないって、本当か?」
と訊く。
渉は視線を逸らしたまま、
「……そうですよ」
と答える。
「そうか……。ありがとう、渉」
頼之は微笑んで、渉の頭を撫でる。
「……サンタさん、俺もう二十過ぎなんですけど……」
「だから?」
「だから……って……」
渉は言葉に詰まる。
頼之はそのまま、そっと渉を抱き寄せていた。
「……サンタさん……?」
渉の戸惑った声が、頼之の耳に届いた。
「ぁ……悪い──」
と頼之はさっと離れる。
渉はぼんやりとした顔で、頼之を見ていた。
「……渉?」
頼之が呼びかけると、渉の顔が若干赤くなった気がした。
「ま……また明日──」
渉はリュックを抱くと、素早く出ていってしまう。
「……はぁ──何やってんだ……」
頼之は自分の髪をくしゃっと掴んで、呟いた……。
*
「……何で──」
こんなにドキドキしてんだ……!? やっとモヤモヤしなくなったのに──!
渉は自転車を漕ぎながら、高鳴る鼓動を静ませようと、何回も深呼吸を繰り返すのだった──
慎「初登場。よろしく!」
渉「巧と何か似てる──」
頼之「弟が歳をとると、ああなるんだよ(苦い顔)」