胸焼け……?
それは胸焼けなのか、それとも──
「ん? テンシどうした? 何か考え事?」
と新巻巧が、どこかぼんやりしている天使渉に声をかけた。
「え? あー……ちょっと、な……」
この前、三田頼之に告白らしきものをされたことを、渉は考えていた。
確かに、両性愛者だとは言われたけど……
「マジなのか……?」
「何が?」
と隣に座りながら巧が訊く。
「いや、何でもない──あのさ、ちょっと訊いていいか?」
「ん? 何を?」
「……人に告白するときって、どんな時?」
あまりにも真剣な顔で渉が訊くので、巧は一瞬固まってから笑って、
「何言ってんだよ。好きだから告白すんだろ? 付き合おうぜって──大丈夫か?」
と渉の肩に手を置く。
「その後に、気にしなくていいって言われたら?」
「は? なんだそれ──あれか、新しい心の掴み方か?」
と肩から手を離して、リュックを開ける。
「いや……」
「でも、告白してきたってことはそういう気があるわけだろ? あ──。わかった。あれだ」
と筆箱を指し棒のようにして渉を指すと、巧は言った。
「好きなんだけど、相手に好きな人がいたら……とか、迷惑かけたくない……とかで、気持ちだけ伝えておこう──的な? 相手のことを想うが故に、自分は一歩引くみたいな」
「そうなのか?」
「それは本人にしかわからないけどさ。そんな感じだろ──」
と巧は講義の準備を始める。
渉もリュックを開け、サンタさんもそうなのだろうか……と思いながら準備を始めるのだった──。
*
告白らしきものをされてから、渉は頼之との関係がぎくしゃくするのではないかと思っていた。
しかし、いざ次の日行くと、頼之はなんら普段と変わらなかった。
そして今日まで、渉も普段通り家事をしにきている──
「こんにちは──ん?」
「おぉ──」
大学からそのまま頼之の所に行くと、珍しくスーツ姿の頼之がドアから顔を出した。
「悪い。これからちょっと会社に行ってくる。大事な会議があるらしい」
「そうなんですか──」
「ああ──いつも通り頼む。テンシが帰る前には戻ってくるから」
と頼之は渉を部屋に招き入れてから鞄を持つ。
「…………」
「どうした?」
頼之がネクタイを調整しながら渉を見る。
渉はめったに見ない頼之のスーツ姿なので、少しの間見つめていたのだ。
「ネクタイ曲がってるか……?」
「ぁ……、いや、曲がってないです」
「そうか。あ──似合うだろ? スーツ」
と頼之は、どうよ。というように渉を見る。
渉は笑って、
「はい、格好いいです」
と答えた。
頼之はそんな言葉が返ってくるとは思ってなかったので、
「……そうか──」
と少し照れながら背を向けて、いそいそと靴を履く。
「行ってらっしゃい。気をつけて」
「ああ……──」
頼之は渉を見ることが出来ず、そのまま玄関から出た。
「……行ってらっしゃい、か──」
そして、少しだけ微笑んで歩き出した──。
*
「……始めるか──」
頼之が出て行ったのを見送って、渉は行動を開始した。
まず、部屋のいたる所に散らかっている洋服を、抱え込んで洗面所に向かう。
そして洗濯機に入れて、起動させる。
洗濯が終わるまで、部屋の掃除機かけや食器洗いを済ませ、洗濯が終わったら洋服やらをベランダに干す。
それで、あとは夕飯の支度と朝食の支度を終わらせる。それが渉の日課だ──
「終わったぁ〜……」
ぐっと伸びをして、渉は一息吐く。
「スーツ似合ってたなぁ──」
ふと口から漏れた言葉に、渉は一人首を傾げる。
「……いや、似合ってたけど──何で今?」
そして、この前の頼之の言葉を思い出して、胸がモヤモヤした。
「……なんだろ、胸焼け? 昼天丼だったからか……? 気をつけよ──」
と渉は頷いて、何をしようか考える。
特にやることもなく、渉はソファーに深く座った。
背もたれに寄りかかると、疲れがどっと溢れ出て、眠気が襲ってくる。
「ふぁ〜……ちょっとだけ、ね……」
そう自分に言い聞かせて、渉は目を閉じた──。
*
「ただいま──……?」
頼之は帰ってくると、ソファーで寝息を立てて眠る、渉を見つけた。
「……お疲れ──」
微笑んで、渉の頭をそっと撫でる。
すると、ん〜……? と渉がうっすらと目を開いた。
「んぇ……?」
「起きたか──」
「ぁ……すいません──寝ちゃって……!」
と渉は慌てて目をこすって起きる。
「いいよ。ただいま」
「あ……おかえりなさい」
頼之は微笑んだまま、スーツを脱ぎ始める。
そんな頼之を見て、渉は訊く。
「……何か、良いことあったんですか? サンタさん笑ってる──」
「ん……?」
と頼之はソファーにスーツを置く。
「スーツはハンガー!」
「はいはい──」
とハンガーにスーツを掛け直しながら、
「渉が居るからな──」
と頼之は答える。
渉はぽかんとしてから、
「俺……?」
と自分を指差す。
「そうだよ。俺は、渉が居るだけで嬉しい──」
スーツをしまいに行った頼之を見送って、渉はさっき感じたモヤモヤをまた感じていた。
「…………」
「どうした? 気分でも悪いのか?」
と戻ってきた頼之が、苦い顔をしている渉に近づく。
「ぁ……いや、何でもないですよ──」
「熱か?」
と頼之は渉のおでこに手を当てる。
渉は頼之と目を合わせないように、下に視線を向ける。
「……熱はなさそうだな。よかった──」
おでこから手を離して、頼之は微笑む。
そんな頼之を見ると、渉はなぜかまだ胸がモヤモヤしていた。
「…………」
「渉──?」
「……すいません、俺、帰ります──」
と渉はソファーから立ち上がって、リュックを掴む。
「テンシ、バイト代──」
「明日……! 一緒にもらいます。じゃあ、おやすみなさい──」
言うが早いか、渉は靴を引っ掛けて出て行った……。
*
「……何か、変だ──サンタさんは、いつもと変わらないのに……」
何で、こんなにモヤモヤするんだ……? この前言われたから……?
渉は自転車を走らせながら、いまだに収まらない胸のモヤモヤについて、考えるのだった──
食べ過ぎた場合、それぞれの対処法。
渉「うぇっぷ……トイレ……」
頼之「……胃薬だな……」
巧「……寝よ……」