突然の
数日後。思わず頼之が言った言葉は──
天使渉が、三田頼之の家で家事の手伝いを始めて、数日が経過した──。
そんなある日。いつも渉が家事を終わらせた頃に出てくる頼之が、珍しくまだ出てきていなかった。
「もしかして寝てる……?」
最近寒くなってきたし、ちょっと覗きに行くか──渉は、そっと頼之の仕事部屋に向かった。
「……そういえば、仕事部屋に入ったことなかったっけ──」
リビング、キッチン、トイレ、お風呂場などは掃除などで入ったりするが、仕事部屋は「ここは仕事でしか使わないし、書類とかもあるからそのままでいい」と頼之に言われていて、入ったことがなかったのだ。
「意外と散らかって汚かったり──」
ドアを叩いて、静かに中に入る。
「失礼しまーす……」
中に入ると、パソコンに向かって黙々と仕事をこなす頼之がいた。
「……何か飲み物──」
邪魔をしないように、そっと渉は部屋を出た。
キッチンでコーヒーを淹れ、仕事部屋にまた向かう。
ドアを開けると、頼之は渉に気づいたのか顔を向ける。
頼之は紺の四角いフレーム眼鏡をしていた。
「……テンシ?」
「あの、さっき来たら集中してたんで、コーヒーを……」
と遠慮がちに入って、パソコンの横のテーブルに置く。
「テンシが淹れたのか──?」
「はい。サンタさんみたいにうまくないけど……」
そう言う渉を見てから、頼之はそっとマグカップに口を付けた。
「うん。おいしい──」
と頼之は笑って、かけていた眼鏡を外した。
「ほんとに?」
「……ちょっと砂糖が多いな」
「サンタさん、それをさっき言ってよ……」
「いいんだよ──。渉が淹れてくれたことが嬉しいんだから」
と頼之はふっと微笑む。
渉はそれになぜかドキッとして、話題を変えた。
「て……てか、サンタさん眼鏡するんですね」
「うん? あぁ、仕事と細かいことをする時だけな──」
とコーヒーを飲む。
そして渉は、部屋に入って一番最初に思ったことを口にした。
「サンタさん──」
「ん?」
「仕事部屋は綺麗なんですね……」
部屋はきちんと整理されていて、他の部屋と比べ物にならないくらいだった。
「仕事部屋だからな。散らかってたら仕事出来ないだろ?」
「それなら他の部屋でもこうしてくださいよ」
「それは無理だな」
と頼之はきっぱりと言い切る。
渉は、はぁ……と溜め息を吐いて、
「なんでですか──」
と頼之を見る。
頼之はマグカップを持って立ち上がり、
「あっちは俺の管轄外だ。それに、そっちは渉がやってくれる──」
と部屋を出て行く。
渉は後をついていき、
「俺が来なくなったらどうするんですか? サンタさんが自分でやらなきゃいけなくなるんですよ──?」
と背中に問いかける。
頼之は振り返って言った。
「それは困るな……。でも、テンシが言ったんだぞ? 任せろって」
「それずるいですよ。そんなこと言われたら俺何も言えないじゃないですか──」
と渉は複雑な顔をして頼之に近づく。
「自分の言ったことには、責任を持たないとな」
「っ……サンタさん!」
「なんだ?」
「たまには、ねぎらいの言葉とか言ってくださいよ──」
と渉はふてくされたように口を尖らせる。
頼之は一瞬考えてから渉を呼んだ。
「渉」
「はい──?」
「いつもありがとう。これからもよろしく」
と軽く頭を下げて頼之は言った。
「いや、そんな真剣に言わなくても……軽い冗談っていうか……」
「なんだ。冗談か──」
とキッチンにマグカップを置きに行く。
「あ、でも、言ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます」
と渉は笑顔になって、頼之に言った。
頼之はそんな渉を見て、
「……初日に言ったこと、覚えてるか?」
と訊く。
渉は首を傾げて、
「何でしたっけ?」
と頼之を見る。
そうか、と頼之は苦笑いしてから、
「好きだ──」
と言った。
「へ……?」
「忘れていいよ──」
と頼之はふっと笑う。
「それって……」
「思い出した?」
「……はい」
初日に頼之が『両性愛者』だと言ったことを──。
「えっと……その……」
渉は何て答えればいいのかわからず、口をもごもごと動かす。
「初めてだ──」
「え……?」
「付き合ったことがあるのは、両性とも同い年か年上だった──でも」
と頼之は優しく微笑んで、
「テンシは……渉には、今まで付き合った人以上に、俺の側に居てほしいと思ってしまう──」
と渉を見る。
「ぇ……」
「気にしなくていい──封筒はテーブルに置いてあるから。じゃあ、まだ仕事が残ってるからな」
と頼之は仕事部屋に戻っていってしまった。
渉は一人部屋で突っ立ったまま、頼之の言葉を思い出す。
「……俺が──」
好き? そばに居てほしい……ってそれは……恋愛感情で──? と渉は考える。
「…………」
渉は、頼之がいる仕事部屋に目を向けるのだった……。
*
「言ってしまった……」
パソコンと向かい合ったまま、頼之は呟く。
初日の働きぶりや、両性愛者だということを受け入れてくれたこと、他にもこの数日で、頼之は渉に惹かれていた。
それでさっき笑顔でお礼を言われた時、思わず言ってしまったのだ──。
「……はぁ──気持ち悪いよな……」
年上で、それも同性に好きと言われたら……。
想いを伝えて軽くなった分、渉に避けられるのではないかという思いが黒いモヤとなって、頼之の胸に渦巻くのだった──
質問『バイト代に満足していますか?』
渉「大満足です(^^)」
質問『バイト代を出すのは大変ですか?』
頼之「ノーコメントで。(実はそんなに大変じゃない)」