次の日
次の日。距離が縮まる予感──
「テンシ、昨日どうだった?」
次の日。大学の講義室で並んで座る新巻巧が、天使渉に訊いた。
渉はリュックからノートを取り出して巧に渡しながら、
「……うん、なんか……うん」
と答える。
巧はノートを受け取り、ホントに写すのか……と思いながら渉に訊く。
「曖昧だな──でも変な人じゃなかっただろ?」
「うーん……」
渉は昨日の事を思い出して、黙り込む。
昨日、家事の手伝いに行った帰り際、三田頼之に両性愛者だということを打ち明けられたのだった。
「渉──?」
「え……? あ、悪い。ちょっと思い出してて……」
「大丈夫かよ」
と巧は心配な顔をしてノートを開き、筆箱からシャーペンや消しゴムを取り出す。
「あれ。兄貴からは仕事以外だらしないって聞いたけど……?」
「ああ、それはその通りだったよ」
「マジか──そういえば、これから毎日行くのか?」
「ん? あぁ……。てかお前、昨日詳しく言わなかっただろ」
と思い出して渉が怒る。
それは……と巧は視線を泳がせてから、
「そしたら渉、怒るかと思って……」
と口ごもる。
「お前なぁ……。もういいわ、宣言しちゃったし──ちゃんと板書しろよ」
と渉はノートを指差す。
「……やっぱり?」
「あたりまえだろ。昨日それで引き受けたんだから──」
渉は、わかりましたよ……と渋々頷く巧を見て、今日も行くんだよなぁ……とぼんやり思うのだった──。
*
「……来たのか──」
「来ますよ。ちゃんと家事こなすって宣言したし──」
と渉は驚く頼之の後に続いて、中に入る。
結局、渉は大学からそのまま頼之のマンションに来たのだった。
「あんまり汚してないぞ──?」
ほら、というように頼之は渉に部屋を見せる。
「……どこが?」
渉は部屋を見て顔をひきつらせる。
確かに昨日よりはいいが、洋服が散らかっていた。
「服は両手で数えるくらいしか散らかってないし、キッチンは綺麗だ。昨日よりいいだろ?」
「両手で数えるくらいって……、それでも散らかってたら散らかってるんですよ! 確かにキッチンは綺麗ですけども──」
「だろう?」
と頼之はキッチンを確認する渉を見る。
「今日は洗濯と夕食、明日の朝食の準備でいいですか──」
てきぱきと洋服を抱えながら、渉は頼之に声をかける。
「あぁ、よろしく頼む──」
と頼之は仕事部屋に向かいながら答えるのだった──。
*
「終わったぁ……」
と渉が浅めにソファーに座って伸びていると、
「お疲れ──」
仕事を終わらせた頼之が、いつ淹れたのかコーヒーの入ったマグカップを二つ持ってきて、渉が座っている前のテーブルに一つ置いた。
「あ……すいません、ありがとうございます──」
と渉はマグカップをそっと口に運ぶ。
「砂糖多めにしたんだが、苦くないか?」
と渉の向かい側のソファーに座って、頼之は訊く。
「全然大丈夫です。てか、おいしいです。ちょうどよくて──」
温かさが身体に染みて、ほっと一息つくと渉は微笑む。
「……そうか」
と頼之もふっと微笑む。
「ん──そういえば、昨日ばたばたして訊けなかったですけど、サンタさんって何の仕事してるんですか?」
と渉は思い出したように質問する。
頼之はマグカップをテーブルに置いて口を開いた。
「色々だな。幅広いジャンルを扱っている」
「へえ。例えば?」
「そうだな……インテリア、ファッション、眼鏡、書籍、文房具……それに──」
「そんなに?!」
渉は驚いて頼之を見る。
頼之は頷いて、
「幅広くやっておけば、どれか一つ失敗しても仕事がなくならないからな」
と答える。
「全部失敗したら?」
「その時はその時だ──なぜテンシは家事が出来る? 俺は全くなのに」
と今度は頼之が質問した。
渉はマグカップを置くと、家事はサンタさんがやろうとしないからでしょ。と前置きして、
「俺、両親が共働きで……。それで、母さんに『自分たちが家にいなくても、家事は出来るようにしないとね』って、色々教え込まれたんです」
と苦笑いで答えた。
「なるほど──」
「あ、そういえば味どうでしたか?」
渉は昨日の夕食と今日の朝食を思い出して、頼之に訊く。
「おいしかった。とても──」
と頼之はマグカップを持ち、コーヒーを啜る。
「……そうですか──」
渉は一瞬首を傾げてから、深くソファーに寄りかかった。
「……来ないんじゃないかと思った──」
「ぇ……?」
ふいに頼之が、ぼそりと口を開いた。
渉は黙って頼之を見つめる。
「昨日、両性愛者だと打ち明けたのは、早めに言った方がいいと思ったからだ。確かに、もう少しお互いのことを知ってからでもいいと思う──。でも、それじゃ遅いんだ……」
マグカップに視線を落として、頼之は続ける。
「お互いを知ってから打ち明けたら、傷つく……。お互いを知ってから打ち明けたら、気持ち悪がられる。なら、先に打ち明けた方がいいと思った──」
口を閉じて、頼之は残ったコーヒーに映った自分の顔を見つめる。
渉は静かに姿勢を正すと、そっと口を開いた。
「大丈夫です。俺は気持ち悪がりません」
マグカップから渉に、頼之は視線を向ける。
「確かに、昨日急に言われてびっくりしたけど……。でも、サンタさんは優しいから──。さっきだってコーヒー淹れてくれたし。それに……俺の料理、おいしかったって言ってくれた」
渉は困ったように笑って、
「……でも、俺の作る料理ってちょっとしょっぱいんですよ。いつも塩少し入れすぎて──」
と頭を掻く。
「だけど──それをサンタさんはおいしかったって言ってくれた。だから俺は、今の話全然関係ないかもしれないけど、サンタさんを気持ち悪がったりしない」
と頼之を見る。
頼之はきっぱりと言った渉を見ると、ふっと微笑んでから声を出して笑った。
「く、ははっ……」
「え……? 俺今変なこと言った?」
と渉がきょとんとした顔で頼之を見る。
頼之は笑うのを止めて、いいや──と手を振ってから、
「言ってない──渉、ありがとう」
とまっすぐ渉を見て微笑んだ。
「あ……いや、べつにそんな……」
と渉は少し照れ臭くなって、頼之から目をそらした──。
*
「テンシ、バイト代はどうだ? 昨日と同じ金額に決めようと思うんだが……。少ないか?」
帰る準備を始めた渉に、頼之が封筒を渡しながら訊いた。
「いやいや、多いですよ。コンビニの時給よりはるかに高いです」
と受け取りながら渉は答える。
そうか、高いのか……。と頼之は思案してから、
「でも、テンシはそのくらいよく働いているから妥当だな──」
と言う。
渉は頼之を見て、
「……ありがとうございます──」
と少し照れながら、小さくお礼を言うのだった──
渉「サンタさん、何か作れますか?」
頼之「そうだな……ゆで卵なら。固めの」
渉「……おぉ」