熱
熱、下がりません。
天使渉は、ベッドの上で動けずにいた。
やはり、熱は下がらなかった。むしろ三田頼之に、おまじないだとキスをされたことで、余計に悪化した。
「……うー、巧に連絡……サンタさんにも連絡いれないと──」
手を伸ばして、スマホを手に取る。
それから新巻巧の番号にかけた。
「…………あ、もしもし?」
『お、どうした。今日講義あるぞ?』
「そうなんだけど……、ちょっと今日行けない、動けない……」
『どうした? 風邪か?』
「んー、風邪、熱もあるっぽい……だから、良くなったらノート見せて……」
『わかった──見舞い行こうか』
と巧が聞くと、渉は首を振りながら言った。
「いや……、うつしたら悪いから、来んな」
『さようで……。ま、良くなったら来いよ。ノートは俺に任せろ』
「ん、サンキュー……、またな──」
巧の返事を聞いてから、渉はスマホを一旦耳から離す。
そして三田頼之の番号にかけた。
「ぁ、もしもし……」
『テンシか。どうした?』
「すいません……、今日行けそうにないんで、昼と夜、ちゃんと食べてくださいね……、じゃ──」
頼之がまだ何か言いたそうにしていたのに構わず、渉は携帯を閉じた。
「水……飲みたいな……」
ベッドから下り、おぼつかない足取りで部屋を出る。
渉の部屋は二階なので、しっかり手すりを掴みながら階段を下りた。
「……水──」
「ちょっと、顔真っ赤──。大丈夫なの?」
リビングに入ってきた渉に、水を渡しながら母は訊く。
「ん……、ちょっとふらふらするだけ……」
「そう……今日、私とお父さん帰り遅いけど……」
渉は空になったコップを置いてから言った。
「大丈夫、もう子どもじゃないし……」
「……そう──じゃあ行ってくるけど、辛かったら病院とか行きなさいよ?」
「うん、わかった……行ってらっしゃい──」
母にそう言って、渉は自分の部屋に戻った。
*
頼之は、切られてしまって少しむっとしていた。
「理由聞いてないぞ……」
とりあえず、頼之は新巻慎に電話をかけた。
慎は巧の兄なので、巧に渉の状況を聞こうと思ったのだ。
「もしもし」
『もしもし?』
「俺だが、電話で渉の様子がおかしかったから、弟に渉の様子を聞いてみてくれないか」
『なに、ケンカ?』
「違う──それより早く聞いてみてくれ」
『はいはい。ちょっと待ってろよ──』
プツ……と切れて、頼之は携帯を耳から離す。
「…………」
そしてソファーの周りをうろうろし始める。
慎からの電話がかかって来るまで、約一、二分。頼之は落ち着きがなかった。
『もしもし』
「どうだった?」
『風邪だってさ。熱もあるっぽいとか』
「……そうか──見舞いに行きたい」
『じゃあ、お前んちの近くの大学で巧のこと出待ちしとけば。電話して連絡いれとくし』
「ほんとか、頼む──」
頼之はそそくさとコートを羽織り、財布をポケットにしまう。
『巧わかるよな? 前に見たし』
「あぁ。俺から声かける」
『了解。じゃ、仕事中だから──』
と慎が先に切った。
頼之は携帯をポケットにしまって、部屋を出た。
*
昼食を済ませ、渉は自室で寝ていた。
そして小さい頃の夢を見ていた──。
『渉、ごめんね、すぐ帰ってくるから』
母が、まだ小さい渉の頭を撫でた。
ベッドの中で、渉はぼんやりした意識で小さく頷く。
『……うん──はやく……、かえっ、てきて……ね……』
『絶対早く帰ってくるから、しっかり寝てるのよ?』
『う、ん……』
『誰か来ても、出ないこと。喉渇いたら、そこのスポーツドリンクを飲むこと』
優しく頭を撫でながら、母は続ける。
『……最後におまじない。渉が起きたら、隣にはお母さんかお父さんがいる──ほら、目を閉じて……』
渉はゆっくりと目を閉じた。
真っ暗な世界に、母の声だけが優しく響いてくる。
『大丈夫──、次目を開けたら、そばにいるから……。おやすみ──』
そっと、頭から手が離れた。
重たい瞼をゆっくり開けると、もう母は部屋を出て、ドアを閉めるところだった。
『ぁ……まっ……』
渉の言葉は、ドアが閉まる音に消された。
『おか……さ……』
伸ばしかけた手を、渉はそっと握りしめた。
そして、おまじないを思い出し、渉はきゅっと目を閉じる。
次起きたら、そばにいる──そう信じて……。
いつの間にか眠っていた渉は目を覚ますと、隣に二人はいなかった。
『……っ──』
きゅっと布団を握りしめ、渉は目を閉じた。ぽろりと、涙がこぼれる──。
『……おか、さ──おと……さ、ん──』
早く帰ってきて……と、渉は丸くなった──。
「……っ──ん……」
渉はそっと目を覚ました。
「……はぁ──」
上半身を起こして、少し伸びをする。朝よりはだるくない。
渉は汗を流そうと、ベッドから下りた。
「……サンタさん、ご飯ちゃんと食べたかな……」
階段を下りながら、自分のことより、頼之のご飯が気になる渉だった。
*
夕方、頼之は大学近くで巧が出てくるのを待っていた。
片手には、コンビニ袋を持っている。
「まだだろうか──」
そんなことを呟いていると、巧が大学から出てきた。
頼之は歩いていくと、巧に声をかけた。
「新巻くん──」
「え? あ、はい……?」
少し戸惑いながら、巧は頼之を見た。
巧と渉は身長が同じぐらいなので、頭一つ高い頼之を見て、巧は口をポカンと開ける。
「……どうした?」
「あ、いや、背高いなぁと思いまして──あ、もしかして三田さんですか? 兄貴から連絡貰ったんですけど」
と巧がおずおずと訊くと、頼之は頷いた。
「ああ──渉の家を教えてもらいたい」
「わかりました。しっかり案内しますね──!」
と巧はグッとガッツポーズをして見せる。
頼之は頼もしいな、と微笑んだ。
渉の家を目指しながら、巧は頼之に訊いた。
「えっと……、三田さんは、テンシと付き合って、るん、ですよね?」
「……あぁ」
「ですよね──まあ、渉から聞いたんですけど……」
と巧は苦笑いする。
「……悪いな、大切な友だちを──」
「いやいや、べつに責めてるわけじゃなくて……って、これじゃあ責めてるか……」
と巧は肩を落とした。
頼之は苦笑いして、いいんだ、と言う。
「そう言われるのも仕方ない」
「いや、違うんですよ、ただ──」
そう言ってから、巧は恥ずかしそうに口を閉じる。
それから意を決したように言った。
「幸せに、なってほしいなぁ……と……」
ぽりぽりと巧は頬を掻く。
そしてハッとしたように手を振り、巧は弁解する。
「あ、ほら、やっぱり好きな人とは幸せになってほしいじゃないですか、誰でも──」
「まあ、そうだな」
頼之は焦るように言う巧に、頷いてみせる。
「だから……、はい……」
「大丈夫だ──俺は渉を傷つけたりはしない」
頼之は前を向いたまま、はっきりと言った。
巧は一瞬驚いたような顔をしてから、笑った。
「……それなら、問題ないです──じゃ、俺帰ります。そこの家が渉の家ですんで」
巧は渉の家を指差して、それじゃ、と背を向ける。
「ありがとう」
頼之が声をかけると、巧は振り返った。
「どうたしまして──」
そして巧はにこっと笑って、歩いていった。
頼之は渉の家の前に行き、インターホンを鳴らす。
少しして、渉がインターホンに出た。
『……はい』
「三田ですが」
『……サンタさん?! な、なんで?』
「見舞いに来た」
『い、今開けます──』
少しして、渉がドアを開けた。
頼之は中に入って、渉を見る。
「大丈夫か?」
「あ……はい、朝よりは……」
「そうか──」
この前と同じくらい赤いな……と頼之は渉を見て思う。
「じゃ、じゃあ、お茶でも……」
「いい」
「でも、来てくれたんで……お茶くらい出さないと──」
と少しふらつきながら、渉は歩いていく。
頼之は靴を脱ぎ、歩いていく渉の腕を掴んだ。
「ぁ──」
ゆらりと渉が傾く。
頼之はそっと渉を抱き止めて言った。
「見舞いに来たんだ。病人は寝てろ──部屋はどこだ?」
「……二階です──」
頼之は渉を後ろから支えながら、階段を上がった。
そして渉の部屋に入り、渉をベッドに寝かせる。
「すいません……」
頭に冷えピタを貼られながら、渉は謝る。
頼之は買ってきたゼリーやスポーツドリンクを置きながら、渉を見た。
「謝ることはない。それに──テンシだって面倒見てくれただろ」
と微笑む。
でも……と言おうとして、渉は黙った。
「……渉、辛いか?」
「いや……良くなりました……」
「そうか──」
と頼之は頭を撫でる。
渉はそっと目を閉じた。小さい頃に戻ったような感じがして、渉は安心する。
「……じゃ、ゆっくり休めよ」
そっと、頭から手が離れた。
渉は目を開いて、頼之を見る。
「あ、の……」
「ん?」
「あ……りがとう、ございました……」
「気にすることはない──じゃ、またな」
頼之はコートを着直すと、背を向けて歩いていく。
「ぁ……、待っ……」
ドアを閉めようとした頼之は、するりと部屋に戻ってきて、渉のそばに来て座った。
渉は起きかけた体勢のまま、頼之を見る。
「さ、サンタさん……?」
「前に、言ってたろ。風邪引いた時は、そばに居てほしいって──それに、寂しそうな顔してたしな」
もう少し居ることにした、と頼之は言う。
渉は少し恥ずかしく思いながら、横になった。
「……サンタさん」
「なんだ?」
「ありがとうございます……」
「どうたしまして──」
と頼之は微笑んだ。
渉が眠りに入るまで、頼之はずっとそばで見守っていた──
渉が寝た。
頼之「おやすみ──(頭を撫でる)」
そして、そっと渉家を後にしました。




