雪
頼之、実家に少し戻る。
渉、巧と雪合戦。
年も明け、新年の挨拶も済んだ頃。
天使渉は三田頼之が実家に少し戻るというので、友人の新巻巧と勉強をしていた。
「年明けたな──」
「そうだな……」
動かしていた手を止めて、渉は思い出すようにぼんやりする。
頼之に会い、両性愛者だと打ち明けられ、巧の兄、慎の妻の友梨香とも知り合ったり──なんやかんやで頼之と恋人同士になり、こないだは過去を少し知った。
「考え事か?」
「え? あぁ、まあ。色々あったなぁと」
「同性の恋人が出来たって?」
「なっ……まぁ、それも……ある、けど……」
巧はからかうように笑った。
渉は頼之と付き合っていることを巧には話した。
巧はそれからも、渉と何も変わらず接している。慎に相談したこともあるが、今はもう何も不安なことはない──。
「巧はどうなんだよ、恋人出来たのか?」
「出来るわけねえじゃん」
「なんで」
「だって、出会いがねえ」
と巧は笑う。
「じゃあ、思い切って男は?」
「いやいやいやいや──」
冗談だよ、と渉は笑った。
*
「お帰り」
「ただいま──」
頼之が実家に戻ると、リビングで母がイスに座りテレビを観ていた。
「お腹、空いてる?」
「あぁ、少し」
「じゃあ、もう少ししたらお昼にしましょうか──」
と母は笑った。
頼之は前のイスにコートを掛け、そのイスに座る。
「親父は……?」
「ちょっと散歩ですって──定年退職してから、散歩に行くようになったの。天気がいいとか、花がきれいだとか、自然を楽しんでるみたいよ」
と母は笑う。
そっか、と頼之も笑った。
「今日、泊まってくの?」
「いや、帰る」
「そう? ちゃんとご飯食べてる?」
「うん、食べてる。大丈夫だよ──」
二人が話していると、玄関が開く音がした。
少しすると、父が部屋に現れた。
「ただいま。お、頼之。久しぶりだな、元気だったか?」
ジャンパーを脱いで母に渡しながら、父が頼之を見る。
頼之は頷いて答えた。
「うん。元気」
「そうかそうか──今日泊まってくのか?」
「あなた、頼之は帰るんですって」
ジャンパーを片してきた母がキッチンに向かいながら言う。
「そうか、帰るのか。寒いから、気をつけて帰れよ。今日は雪が降るらしいからな」
「そんなことテレビで言ってましたっけ?」
「勘だ、勘──」
と父は頭を指差しながら母に言った。
頼之は久しぶりに両親のやりとりを見て笑った。
「……仕事はどうだ?」
煮込みうどんを食べながら、父が訊いた。
「ん? うん、まあまあ」
「まあまあか……順調だとか、不調だとか、そういうのを聞いてるんだよ」
「あぁ、順調だよ。自分のペースで出来るから──」
ふー、と冷ましてうどんを啜る。
味が染みていて美味しい。渉も作れるのだろうか、と頼之はふとそんなことを思った。
「ならいいわね、そしたら体調崩すこともないでしょ?」
「……まぁ、そうだね」
不注意で風邪引いたけど、と頼之は心の中で付け足す。
「頼之」
「ん?」
「幸せか?」
父が頼之を見つめて訊く。
頼之はうどんを飲み込んでから答えた。
「ああ、幸せだよ」
「そうか……母さん、おかわり」
「はいはい──」
どんぶりを受け取り、母はキッチンに歩いていった。
頼之は父に訊き返した。
「親父は?」
「決まってるだろ、幸せだ」
と笑った。
そっか、と頼之も笑った。
それから他愛のない会話をして、頼之は実家を後にした。
車に乗り込むと、携帯に一件のメールがきていた。
開いて見てみると、渉からのメールだった。丁寧に写真まで添付してある。
『件名:雪ですよ!
本文:こっち雪降り始めましたよ、積もったら巧と雪合戦します!』
写真はほろほろと降ってきている雪の写真だった。
頼之は微笑んで、携帯をしまった。
それからシートベルトをつけて鍵を差し込み、車を出した。
「……勘、当たったな──」
父が言っていた言葉を思い出して、頼之は呟いた。
少し走ると、ちらほらと雪が降り始め、初雪だ、と頼之は少し眺めた。
*
「積もったな!」
「おお!」
渉の部屋でお昼を済ませ外に出ると、五センチほど積もっていた。
「よっしゃ、手加減なしな!」
「言ったな? ……道路はあれだから、近くの公園にしよう」
「そうだな──」
そこはちゃんと考えて、巧と渉は移動した。
公園には、運良く誰もいなかった。
「よし、いくぞ!」
「俺だって!」
息を白くさせながら、二人は雪を手に取り丸めて投げる。
「なんだなんだ? 当たんねえぞ?」
「くそっ──! おらっ!」
と渉が投げた雪玉が巧の服に当たる。
「うおっ、やったな? おらあ!」
「ぶふっ──」
見事に渉の顔面にヒットした。
幸い雪が柔らかかったので、鼻血は出なかった。
「痛いし冷てえ! 手加減しろよ!」
「手加減なしって言ったろ!」
醜い雪合戦はこの後も続き、二人が寒さに震えるまで続いた。
*
頼之は夜、無事にマンションに着いた。
自分の部屋に急ぎ足で向かい、部屋に入った。
今日はいつ戻ってくるかわからないので、渉には来てもらっていない。
部屋に入り電気を点け、暖房を入れる。
それからコートをソファーに置き、コーヒーを淹れようとキッチンに向かおうとして、テーブルに紙があるのに気づいた。
「…………」
紙を見てみると、渉からだった。
『ベランダに冬の訪れが! 見てみる価値あり! 渉』
頼之は紙を置いて、ベランダに向かった。
カーテンを少し開け窓を開けると、隅に小さな雪だるまが寄り添うように並んでいた。
「はは、雪だるまか──」
そう言った頼之の口から、ふわりと白い息が出て空に消えた。
頼之はベランダに出るとしゃがんで、その雪だるまを優しく触る。
それから携帯でパシャリと撮った。
「久しぶりに写真撮ったな──」
そんなことを呟き、頼之は部屋に戻った。
そしてコーヒーを淹れて、ソファーでくつろぐ。
ふと思い出して、頼之は携帯を開き、渉に電話した。
「……テンシか?」
『はい、どうしたんですか?』
「雪だるま、わざわざ作りに来たのか?」
『え? あ、いや、ちょっと明日の朝ご飯作りに行ったついでに……』
「そうか──」
と頼之は微笑む。
「上手く出来てたよ」
『ほんとですか、ありがとうございます』
と渉は携帯の向こうで喜ぶ。
「写真撮った」
『へえ』
「うん、まあ……それだけだ。じゃあ、おやすみ」
『あ、はい。おやすみなさい──』
頼之は渉が切ったのを確認して、携帯を閉じた。
「…………」
携帯を置きかけ、また開いてから壁紙の設定を替えた。
待ち受けには、二つの雪だるまが寄り添うように並んでいる──
頼之の待ち受けを見た。
渉「……はは……(嬉し恥ずかし照れる)」




