…………へ──?
作者自身初のBL作品になります。
「頼むよテンシ。お前家事全般こなせるだろ? もう了解しちゃったんだよ〜」
「勝手に承諾したお前が悪いんだろ。俺は知らない──」
とテンシこと天使渉は、リュックを背負いながら友人の新巻巧に言う。
「そんなこと言わないで。給料だって貰えるらしいしさ、な? 頼むよ〜、兄貴に頼まれてついOKしちゃってさー。それに、今日の講義が終わったら行くって言っちゃってるんだよ〜」
「はあ?!」
と渉は目を見開いて巧を見る。
巧はパンッと手を合わせると、
「この通り! 言うこと聞くから! 頼む──!」
と頭を下げる。
今までそんな必死にお願いされたことが渉はなかったので、
「……はぁ。わかったよ──その代わり、明日の講義全部の板書、お前がやれよ」
と渋々頷く。
巧はぱっと渉を見ると、ほっとしたのとめんどくさいのが混ざったような顔をして、
「ば、板書ですかぁ〜……渉さん、それキツくない?」
明日、五つも講義あるじゃん……と鈍る。
「じゃあ、今日俺行かないわ。巧が兄貴に何て言われようが、俺は助けない」
「そんなぁ! う〜ん……。わかった! 板書します! するから、今日行ってください!」
巧は泣く泣く引き受けて渉を見る。
「うぅ……。じゃあ、これ住所……渡してくれって頼まれたから──持ち物は、何も要らないってさ」
「へえ──」
折り畳まれた紙を受け取って、渉は目を通す。
「ん。家から近い──」
「それも、テンシを誘った要因の一つでもある」
「へえ……って、最初から行かせる気だったのかよ!」
「そんな怒らないで、“天使”なんだから」
と巧はぽんぽんと渉の肩を叩く。
「……やっぱやめよっかな」
「すいません! すいません! 行ってください! 兄貴怒るとマジ恐いんだって! よろしくお願いしますっ!」
本気で恐いらしいのか、巧は手を合わせながら若干目を潤ませていたので、渉は仕方なく、行くよ──。と言って紙をパーカーのポケットにしまい、歩き出すのだった──
*
一旦家に帰り、リュックを部屋に置いて外に出る。
住所によると、家から十五分程度の所のマンションだった。
「……行くか──」
渉は自転車に跨がって、ペダルに力を込めると走り出した。
途中落ち葉を見ながら、どんな人なんだろうか……。とまだ見ぬ人に思いを馳せながら──。
「ここか──?」
キキッとブレーキをかけて、自転車を端に止めながら、パーカーに入れておいた紙を取り出して確認する。
とりあえずマンションはあっているようなので、中に入る。
そしてエレベーターに乗って、部屋番号と苗字を確認する。
『302号室 三田』
「えっと……ミタ、ミツダ、サンタ……サンタだったら、面白いな──」
一人エレベーターの中で笑っていると、三階に着いた。
エレベーターから出て、302号室を探していく。
「……んー、と……あった。サンタさん──」
部屋番号と苗字を確認して、渉はインターホンを押した。
二回の呼び出し音の後、少ししてからドアが開かれた。
「あ……どうも、こんにちは……」
「……こんにちは──」
と渉より頭一つ分高い男性が、ドアから顔を出した。この人物が三田頼之だ。
「……あ、新巻に頼んだ──どうぞ」
頼之は少し考えてから思い出したように言うと、渉を中に案内した。
「おじゃまします……──ん?!」
渉は中に入った瞬間、その光景に目を見張った。
ソファー、テーブル関係なく洋服が散らかり、キッチンにはカップラーメンの残骸が積み重なっていた。
「あー……汚くて悪いな」
「……よく、生活出来てますね……」
「んー……。仕事が出来れば部屋がどうあれ関係ないからな」
「そういう問題ですか?」
「そういう問題だな」
と頼之は頷く。
それから渉を見ると、
「じゃあ、早速だが部屋の掃除、洗濯、食器洗いを頼む。仕事があるからな──」
「え? あの……」
と戸惑う渉をリビングに残して、さっさと部屋を出て行ってしまった。
「…………ぇえ?」
一人残された渉は部屋を見渡してから、とりあえず探り探りやっていくことにした。
「まずは……洗濯!」
散らかっている洋服をいっぱい抱えるだけ抱え込んで、洗濯機にどんどん詰めていき、起動する。
一人暮らしだからなのか、はたまた男性だからなのかはわからないが、洗濯機に全部入る量で、一度で回せた。
「次は掃除──」
掃除機を探し出し、プラグをコンセントに差し込んでスイッチをいれる。
「……はぁ──」
疲れるな……、と腰を叩きながらゴミを吸い取っていく。
そして満足いくまで掃除機をかけてから、今度はキッチンに向かう。
「……よし──」
と気合いを入れて、カップラーメンの残骸をゴミ袋にどんどん移していく。
そして、ゴミのなくなった水道を綺麗にする。
「あとちょっと……」
──ピピー、ピピー、ピピー、ピピー
ちょうど洗濯が終わったらしく、洗濯機が音を発した。
「これが終わってからだな──」
手際よく水道の作業を終わらせて、手をタオルで拭いてから洗面所に行き、洗濯物をカゴに移し替える。
そして、ベランダに干しに向かった──。
*
「……ん。干してる──」
仕事を終わらせた頼之が、リビングに戻ってきて呟く。
「ほぉ──。綺麗になってるな……」
綺麗になった部屋を見渡して、頼之は微笑む。
すると、干し終わった渉がベランダから戻ってくる。
「あ、終わりました──ゴミもキッチンの所にまとめておいたので、明日捨ててください。あと、洗濯物は乾いたらしまってください……って、畳んでくださいよ? ソファーとかに置かないで。あとは……」
と渉を辺りを見渡す。
そんな渉に頼之が、
「わかった……。とりあえず、座ろうか」
とソファーを指差す。
渉は指示された通りに、ソファーに座る。
頼之は立ったまま、話し始めた。
「えっと……名前、聞いてなかったな──名前は?」
「天使渉です。天使と書いてあまつか。わたるは、さんずいに歩くで渉です」
と答える。
「何て呼べばいい?」
「何でもいいですよ。友だちは、テンシとか渉って呼びますけど……」
「そうか。じゃあ、テンシと渉にしよう。うん」
と頼之は頷く。
そんな頼之に、渉が今度は訊く。
「あの、サンタさんの名前は?」
「サンタさん……?」
と頼之が不思議な顔をして渉を見る。
渉は、あ……と視線を逸らして、
「あの……、苗字が、三に田圃の田だったんで、サンタだったら面白いかなぁ……と思って……はは」
と苦笑いする。
そんな渉を見て、頼之はふっと笑って言う。
「なるほどな──。でも、残念だがミツダだ。三田頼之。よりゆきは、頼むに平仮名の『え』みたいなやつだな」
「ですよね……。俺は何て呼べばいいですか?」
と渉は頼之に訊く。
頼之は、そうだな。と一瞬考えてから、
「何でもいいぞ」
と言う。
なので、渉は頼之の顔色を窺いながら、
「サンタさんで……いいですか?」
と訊く。
頼之は軽く頷いて、
「うん──これからよろしくな」
と言う。
それを聞いて渉は、ちょっと待てよ? という風に口を開いた。
「あの……今日だけじゃないんですか?」
「ん? これから毎日だが──? 新巻から聞いてないのか?」
「聞いてないです。今日急に言われたんで──」
ちゃんと詳しく聞いとけばよかった……! と思いながら、渉は頼之を見る。
頼之は少し考えてから、
「そうか……聞いてなかったのか──うん……」
と黙り込む。
それから渉を見て、頼之は言う。
「……ここに来たのは嫌々だったかもしれないが、これからもお願い出来ないだろうか──」
「今まで、どうやって生活してたんですか?」
お願いをしたはずが質問が返ってきて、頼之は少し驚く。
それでも訊かれたら答えるべきだと思い、頼之は口を開いた。
「……家政婦を雇っていた。だが、ちょっとした問題があって、雇うのを止めたんだ」
「問題って……?」
と渉は恐る恐る訊く。
すると頼之は、何の躊躇もなく話し始めた。
「お風呂を出た後、パンツ姿で部屋に行ったら、ちょうど家政婦がまだ居て、顔を真っ赤にして出て行ってしまったんだ……。それで、これじゃあ自分の家なのにゆっくり出来ないと思ってな。雇うのを止めたんだ──」
あれはまずかった……。と頼之は言いながら、思い出したのか苦い顔になる。
それは、サンタさんがちゃんと服を着ればいいことでは? と思いながらも渉は言う。
「……それで、見られてもいい同性で、家事が出来る人を探していたと……」
「そうだな。それで新巻が弟に頼んでくれて、テンシが来たということだ」
「そうですか……あの、もし俺が断ったら、サンタさんはまた探すんですか?」
と渉は頼之を見上げて訊く。
「まぁ、そうなるな」
「その間は、サンタさん掃除……?」
「しないな」
「ご飯は……?」
「冷凍食品とかカップラーメンとかだな。最近は塩味がオススメだ」
と頼之は一人頷く。
それを聞いて、渉はさっきの部屋の状態を思い出して唸る。
断ることも出来るが、それで頼之がまた不衛生で不健康な生活をすると考えると、渉はなぜか断ることが出来なかった。
「やります……」
「ん?」
「家事ですよ──。これから毎日、サンタさんの家事やります。掃除洗濯、食器洗いに食事。俺がこなします」
と渉が宣言する。
頼之はそんな渉を見たあと言った。
「よろしく頼む」
「任せてください。俺、言ったことはちゃんとしますんで──」
と渉はどんと胸を叩いて見せた。
頼之は、それは頼もしいな。と少し笑った──。
*
そして渉は、夕食と明日の朝食の準備をして、初日の手伝いを終えた──。
「お昼は作れませんけど、ちゃんと栄養のあるもの食べてくださいね──」
と玄関で靴を履きながら、渉が頼之に言う。
「お昼は、定食屋だから大丈夫だ」
「そうですか。なら大丈夫か──それじゃ」
「あ、テンシ。バイト代」
とドアを開けそうになった渉に、頼之は封筒を渡す。
「あ──ありがとうございます」
そういえば、貰えるって言ってたっけ──と思いながら、渉は封筒を受け取ってお礼を言った。
「それじゃあ、また──」
「渉」
再び頼之が、ドアを開けようとした渉を呼び止めた。
「はい──?」
渉は振り返って、頼之を見る。
頼之はさっきと何も変わらない口調で言った。
「俺は──両性愛者だ」
「…………へ──?」
しばらくの間、渉は頼之を見つめるのだった……──
誤字脱字等ありましたら、報告していただけると助かります(^^;)