冷酷非情な現実
「…ちょっと待ってくれ。ちょっと待ってくれ!!」
目の前の人間が突然消え去った。
それはとてもあっという間の出来事で、自分の頭が理解を拒む。
だって受け入れられるはずがないじゃないか。
さっきまで楽しげに話していた女の子、俺を助けてくれて道案内までしてくれた女の子が。
まるで元からそこに誰もいなかったように俺の前から消えてしまった。
ー さようなら ー
いつか言われた誰かの声が聞こえる。
またか またなのか
またってなんだ?
昔同じことがあった
こんな辛いことが?
思い出せない 思いだせない思いだせないおもいだせないおもいだせないおもいだ
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
なんでこんなことになるんだ?俺が何かしたっていうのか。
ごく普通に生きてきた。勉強はよく出来るわけじゃないし、運動も得意じゃない。人付き合いは苦手で友人は少ないが、気の合うやつが何人かはいる。家族も父も母もいたって仲は良い、たまに喧嘩もするが休みは家族全員で出かけたりもする。
なんてことのない平凡な人間で…平坦な生活を送っているのに。
それなのになんでこんなことになっているんだ?
頭が痛い、割れるようにズキズキ痛む。
さっき打った頭の傷だろうか。視界がぼやけて意識が朦朧としてきた。でもここで気を失えばあの竜に食い殺されてしまうかもしれない。
「…それもいいか。ここで無価値な俺が死んだって誰も気にしないよな。」
ぼやけた目で竜を見上げる。竜はうずくまっている俺を、そのいびつで大きな両腕で捉えようとしている。
「またなにもできないまま、昔と変わらないままだ…」
そして、竜の二つの椀が俺を閉じ込めた。
その時
「ー ーーーーー ーーー。」
声が聞こえた気がした
その瞬間、辺りに衝撃が広がった。
「グルァアア!?」
衝撃は竜の巨体をも包み込み、空間を震わせている。
竜の腕は弾かれ、その巨体は大きく仰け反る。
そして、その周りには黒い霧のようなものが散開していた。
なんだ、一体なんだっていうんだ。
竜もなにが起こったのか分からないという様子で辺りを見渡し、上空をみあげたその時に身体の動きを止めた。
俺もその竜が見ているであろう上空を仰ぎ見る。
「誰かいる…のか?」
見上げた夜空には全身に真っ白なフードをなびかせた人間が浮いていたのだ。
驚きはしなかった。既に竜などという超生物に出会ってしまったこともあるのだろう。
その人間は、こちらを見下ろしているのかと思うとおもむろに左手をかざした。
するとその瞬間、光の塊がその手に集まっていく。そして手が引かれると同時に無数の槍のようなものが竜の上空に降り注いでいた。
「グガルゥアアアアアアアア」
竜は悲鳴とも咆哮とも取れるような音で鳴き叫ぶ。それはそうだろう。その無数とも呼べるであろう光の槍は竜の翼や尻尾、硬い鱗で守られているのであろう胴体までも全身全てを貫き続けていたのだ。
しかし竜も攻撃を受け続けるだけではなく反撃に出る。開かれた口から爆炎が上がり、それが一直線上に放出される。
その熱線は全てを燃やし尽くすほどの勢いで自らの命を脅かす者を飲み込まんとしていた。
だが竜の反撃を目の前にしてもフードの人影は全く恐れる気配はなく、今度は右手をかざして手を引くそぶりを見せた。
するとそこには先ほど放ったものとは全く異なる、まるで真っ黒な墨で塗りつぶされたような黒の槍が現れ、その熱線と衝突する。
荒々しかった炎は一瞬のうちに消し飛ばされそのドス黒い槍先が竜の体を貫いた。
竜の体は力を失ったのか後ろにゆっくりと倒れていく。
「やったのか…?」
誰に尋ねることもなく呟く。
地面に倒れたその巨体は身体に空いた大きな風穴から綻び、塵となって消滅していった。
起こったできごとはほんの一瞬で、自分の命が助かったことを頭が認識できない。
いや、安心はできないのか。あの白フードの超人が俺を攻撃してこないとは限らない。
だけど身体には力が入らないし、…仮に入ったとしてもとても逃げ切れる気はしない。
そう思い空を見上げると白フードは竜の死体のあった場所に降りていき何か石のようなものを拾い上げる。
近くに来てもやはり顔は見えない。
その時フードの中から手がのぞき、その腕には大きな傷痕が残っているのが見えた。
そうしてその人物はを目的を遂げたのかまた空中に浮かび始めた。
俺の視線に気づいたのかこちらを向き、にこりと笑って消えていった。