知恵を引き絞れ!
今自分がなにをしているのかが分からない状況は多々ある。
実際、俺自身何故学校に通わなければいけないのか理由が理解できずにいたりする。
明確な意思を持って行動しているのは、この地球に住んでいる全ての人の中ではたしてどれくらいいるのだろう。
周りの雰囲気になんとなく流されて生きている者。
他人に敷かれた道を強制されている者。
そうしなければならない状況に立たされている者。
そう、今まさに俺は先ほどに挙げたものの一番最後に当てはまる者だ。
なにせ、現実世界でまず訪れないであろう、ドラゴンという超不自然謎生物に追われているのだから
「ハァハァハァ…。これっていつまで走ってれば…いいんだ!?」
走り出して間もない頃に根を上げる。
いくら俺がインドア派の平日以外引きこもりだからといって、ドラゴンと目があってから命からがら全速力で走っているので無理はないといえばない。
それに並走しているアミスという少女は俺より体力があるのか息をあまり乱すことなく答える。
「こんなこと…私も初めてで。どれくらい走っても逃げ切れる気がしませ…んっ」
「ハハッ、そりゃあドラゴンに追い掛けられるなんで滅多に…ってかありえない状況だってこれ!とにかくひたすら走るぞ!」
道を外れ森の中へ逃げ込んだ俺たちは、走り続けるしか選択肢がないのだ。
立ち止まったら何もかもが終わりそうな気がする。喰われるか、潰されるか、引き裂かれるか、どれにしたって絶望的でしかない。
というかなんでこんなことになっているんだ。
しかし状況は分からずとも本能が告げているこれはやばいと。
ーズドォンー
地面が文字通り震える。
自分たちが走っている後方でなにかが地面に落ちたような音がした
落ちたというより着地したというべきか。
おそらくはドラゴンが俺たちを追ってすぐ後ろまで来ているのだろう。鬱蒼と茂った木々がなぎ倒されるリアルな音を聞きながら恐怖を感じて必死に走る。
「くっそ!もうすぐ近くまできているじゃないか。さすがドラゴンだな!ちくしょう!」
そんな時アミスが、あっ!と声を漏らした。
「どうした何かいい策でも思いついたのか!?」
これは微かな希望の光をアミスに求めるしかない。
「いえ、森に逃げ込んだはいいんですが…道を間違えてしまったみたいで…。どうやらこの先…このまま走り続けると道がなくなっちゃうみたいです…」
…………。
「…空…耳かな?よく理解できなかったからもう一度簡単に言ってくれないか?」
「この先、崖、真っ逆さま、です」
「んー、さっきのより悪くなってる気がするのだけど気のせいかな!?」
「木の精の所為です」
「マジか」
「マジです」
そういって間もなく、木々に囲まれていた視界がひらけた。
少し広がった草原の先に見事に絵に描いたような断崖絶壁。
下を覗いてみるが遥か底に川が流れているのが見える。
「Oh…俺には聞こえる…。終焉へのレクイエムが…」
「川のせせらぎが心を落ち着かせてくれますね」
絶望へのカウントダウンが刻一刻と迫っている中、唐突な状況に感覚が麻痺しているのか取り乱すというよりかは2人とも放心していた。
森の中からは木々をなぎ倒しながら進んでくるヤツの音がすぐそこに迫っている。
「ハハハ…。これがもし夢のなかで、ドラゴンに食われた後気づいたらベッドの上に5万ペソ賭けるぜ」
「すみません、私が道を間違えてしまった所為で…」
「相手がアレじゃあどうやっても逃げきれなかったよ。気にしなくていい」
さてここからが正念場だ。美女と心中なんて俺の今後の人生で一回もないだろうし悪くないかもしれない。
これから普通に生きてても、つまらない人生を死ぬまで続けていかないといけないんだろうしな。
けど…まだやりたいこと大量にあったんだよなあ、それがこんな訳がわからないところで終わりか。
竜も相手が動かないことが分かったのかゆっくりとこちらに近づいてくる。
バキバキと音をたてながら眼前の木々たちが倒されていく。そしてついに竜のような生物が俺たちの前に完全に姿を現した。
やはりその目は冷たく無機質で、少しでも顔を背ければすぐにでも食い殺されるであろう恐怖を感じさせる。
まるで全身が脳から信号を受け付けていないかのように肢体が固まり全く動かない。鼓動が早まりその刹那の中で、思考が加速しているのが自分でも分かった。
今羽織っている上着を相手の顔に被せて逃げる?いや、これにはかなりの腕の力とコントロールがいる、ましてや相手は数メートルあるドラゴン。焼け石に水どころではない。
却下。
じゃあその大きさを利用してはどうだろう。相手の足元に全力で滑り込めば死角となって逃げやすくなるだろうか。ってそんな漫画のように上手くいくわけがないか、そのまま身体を降ろされてぺしゃんこになるだけだ。
却下。
ならばいっそこの崖から飛び降りてしまうか?
それこそありえない、いくら崖下が川になってるからと言ってこんな高さから落ちたらまず助からないだろう。
却下。
瞬時に考えを巡らせているその時、ドラゴンが狙いを定めるかのようにこちらを見定め、腕を振り上げる。
これは非常にまずい
まだ死ぬわけにはいかない
なにかしなければ
なにかってなんだ
俺にできること
助かることができる
なにかを
このままじゃ殺される…!!
「よ、よう。元気か?」
頭を回転させるだけさせておいて、やっと動いたのは口だけで、やっと出た言葉はこれだけだったのだ。
今まで生きてきた中で一番意思の疎通ができないであろう生物にだ。
だが意外なことにドラゴンはピタッと動きを止めた。その言葉が通じたからか、はたまた今から襲おうとしている獲物が動きを止めたからかは分からない。
「走って!!」
その一瞬にアミスは反応し俺の手を引っ張った。
この隙に横からすり抜けようというのだろう、俺も反射的に走り抜けようとする。
だがドラゴンはその隙を与えなかった。
「ガァァァ!!!」
逃げ出そうとしたことに怒ったのか咆哮を上げながらアミスの行く先に尻尾を叩きつける。
たったそれだけの動作で地面から砂ぼこりが上がり、地面が大きく揺れた。
その時、その衝撃でアミスの身体がバランスを崩し浮いた。
「あっ…」
その浮いた身体は地面に留まることなく、崖下に向かって吸い込まれていく。
気づいた瞬間、必死に手を伸ばすがその手はアミスの手を掴むことはなく、空を切った。