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「ずっと昔から、そして今も、ぼくは君のことを愛しているよ」
あの日、いつもの礼拝堂でそうささやいて、ぼくは彼女に口づけた。あのときほど彼女が驚きの表情を見せたことはないだろう。ほんの数秒だったけれど、ぼくにはそれが永遠のように感じられた。
ゆっくりと離れると、放心状態だった彼女ははっと我に返り、ぼくの手を包んでいた両手をぱっと離して真っ赤に染まる自分のほおにあてた。
「な、な、何を……」
「何って、キ」
「は、恥ずかしいから言わないでください!」
力いっぱいそう叫んでぐるん、と顔を前に向け、ほおを赤くしたままうつむいてしまった彼女。ぼくはそんな彼女の髪をまたさらりとすくい上げ、そこにも唇を落とした。
「な……」
「さっきの、嫌だった?」
「へっ」
恭しく、今度はぼくが上目遣いで尋ねれば、彼女はしばらく目を泳がせたあと、ごくりとつばを飲んで口を開いた。
「い、嫌、では、ありません、でした」
セリフの終わりに向けて声はどんどん小さくなっていったが、ぼくと彼女の二人しかいない静かな礼拝堂では、最後まで十分聞き取れる音量だった。
それと同時に、安堵と、今までにない喜びを感じる。ぼくは、彼女を手に入れられたのだろうか。
「君が恋愛に疎いのは知っている。それがどういう感情かわからないなんて、百も承知だ」
「……はい」
「だけど、唇へのキスは恋愛感情の証だ。まあ世界は広いから、そうじゃない人もいるかもしれないけれど、少なくともぼくはそう思っている」
「わ、わたしも、そう思います」
「だから、それでいいんじゃないかな」
人間は神様には勝てない。ましてや、絶望と孤独でいっぱいのぼくが、愛と希望にあふれる神様になど、到底敵うわけがないのだ。
しかし、ぼくは気付いた。どんなに神が人間を愛していても、物理的に触れ合うことはできない、と。ぼくは彼女に触れて、ぬくもりを感じることができる。それだけで、いいのかもしれない。神様に勝てないのならば、せめてほかの人間には渡さない。
「……あの」
ぽつり、遠慮気味に彼女がつぶやく。
「何だい?」
「も、もう一度していただけませんか?」
「え?」
ほおを真っ赤に染め、しどろもどろになりながらそう言った彼女は、ふう、と一つ深呼吸をすると、直前までとはまるで別人のように落ち着き払い、ぼくを真っ直ぐに見据えて穏やかに微笑んだ。
「今度は、神様の前で」
ゆっくりと顔をめぐらせた彼女の視線の先にあったのは、ぼくがもう何度とにらみ続け、彼女がずっと祈り続けてきたとわからない、大きな十字架。
でも、
「今も十分神様の前だと思うけど?」
ぼくと彼女が座っているのは、最前列の席だ。真ん中には通路があるから少しずれているけれど、十字架に一番近いのは変わらないだろう。
「そうですけど、さっきのは不意打ちだったでしょう? 今度は、わたしもきちんと気持ちをこめたいのです」
何だか改めて言われると恥ずかしい気もするが、真面目で、一度決めたことには迷わない彼女は特に気にしていないようだ。しかも、結局神様、か。――いや、それでもいい。むしろ好都合だ。彼女に触れられるのは、ぼくなのだから。
少しの優越感を覚えながら、先に十字架の前に立っていた彼女のもとへ近づく。そして、ぼくは神の前で初めて嘲笑でも自虐的でもない笑みを浮かべてみせた。
「ぼくは決して君を独りにはしない。永遠に君を愛することを誓うよ」
「わたしも、あなたとずっと一緒に歩んでいくことを誓います。そして、きっとこれも今なら言えるような気がします」
「……何を?」
ほんのわずかな希望と、あとはすべて絶望をこめて聞いてみる。期待なんて、するだけムダなのに。
すると、彼女はすべてを包みこむようにやさしく、そして、今までで一番キレイな笑みを咲かせた。
「わたしも、あなたを愛しています」
このとき、ぼくの絶望と孤独はすべて消えた。何故なら、彼女は神の前では決してウソをつかないから。
そうして、ぼくと彼女は神の前で永遠を誓ったのだった。




