Ⅸ 現実
「ど、して……」
カツン、カツン、と足音を立ててこちらへ近づいてくる彼女は、決して幻覚でも、ましてやユーレイでもない。ゆっくりといつもの位置――先ほどぼくが見つめていた最前列の右側の席――に腰を下ろし、正面を向いたまま口を開いた。
「わたしはあの日、『神の忠実な僕であるわたし』に逆らいました。神から与えられた命を、自分の哀しみのために捨てようとしたのです」
確かに彼女はそう言っていた。神に逆らうのではなく、あくまで「自分自身」に逆らうのだと。
「わたしは、あなたに言いました。この世界は希望にあふれていると。絶望すら神様から与えられた試練なのだと」
「ああ、そんなことも言っていたね」
「それなのに、わたしは逃げ出したのです。絶望は絶望でしかなく、『試練』などという言葉では片付けられないと気付いてしまった」
いつもキレイごとしか言わない彼女は、しかし、この世にたくさんの絶望があることを知っていたし、それに対して自分が無力であることもわきまえていた。だから、彼女はいつも神に祈りを捧げていたのだ。
しかし、彼女は結局「幸せ」だった。絶望は知っていても、体験したことはなかった。だから、彼女はぼくの前から姿を消したのだ。大切な人と、自分の信ずるものを失った絶望と孤独に耐えられずに。
――そして、ぼくはそんな彼女を救うことができなかった。
ならば、彼女は何故帰ってきた? どうして、絶望の淵から戻ってくることができた?
「それに対して、あなたは言っていましたよね。自分が神様の『存在だけ』を信じているのは、神様がこの世で一番残酷だからなのだと」
「――ああ、そうだよ」
彼女から目をそらして十字架をにらみつけ、強く答える。その考えは、今でもちっとも変わっていなかった。
「あのときのわたしには、その言葉の意味がよくわかりませんでした。けれど、母の死と神の裏切りを体験したとき、わたしはそれがようやく理解できたような気がしました。だから、わたしは絶望を絶望としか受け取れなかった。希望など、どこにもなかったのです」
じわり、彼女が黒く汚れていく。ぼくの欲望は、ついに彼女を穢したのだ。
でも、何かが違う。ぼくはこんな彼女が見たかったのではない。イエスがサタンの誘惑に打ち勝ったように、ぼくがどんなに穢そうとしても、決して汚れることのない、キレイな彼女でいてほしかったのだ。だって、ぼくはそんな真っ白な彼女がすきだったのだから。
では、彼女が真っ黒に汚れてしまったら、ぼくは――
「でも、わたしは気付いたのです。神様が裏切ることなど有り得ない、と」
「……何故だい?」
「だって、神様は愛なのですから」
にこり、とこちらに向けられた笑顔に、ぼくは自分の心配が杞憂に終わったという安堵と、ずっと前からわかっていたはずの敗北感を覚えた。
しかし、そんなぼくの心中など知るよしもない彼女は、ゆっくりと先を続ける。
「絶望は希望です。神様から与えられた試練です。神様は、わたしたちに乗り越えられる試練しか与えません。すべてはきっと、神の愛なのです。そう気付いたから、いえ、神様がそう気付かせてくれたから、わたしは今、こうやって生きていられるのです」
ああ、彼女は穢れてなどいなかった。それどころか、絶望と孤独を体験したことで神の愛を知り、信仰と希望を取り戻したのだ。
キリスト教の三つの対神徳と言われる信仰と希望と愛。これらをすべて知ってしまった彼女を、もう誰も穢すことはできないだろう。それほどまでに、彼女はキレイなままだった。――そう、吐き気がするくらいに。
「結局君は自分にも逆らえなかったのさ。神に忠実な君は、すでに神と一致している。自分に逆らうことは、神に逆らうことと同義だからね」
「はい。そしてそれは、あの子供を助けることで隣人愛を実践し、神のもとへ帰っていった母をも裏切ることになってしまいます。わたしは、今日もきっとどこかで見守ってくれている母と神様に恥じぬ生き方をしたいのです」
神に誓うように十字架を見つめて決意を口にした彼女の表情はすっきりとしていて、以前よりも強い誇りと気高さに満ちていた。
そんな彼女を見て、ぼくは思う。彼女が帰ってきてくれたのは嬉しいけれど、結局それは彼女の母親と、何より、ぼくが大嫌いで、彼女が愛してやまない神様のおかげだったのだ、と。
ぼくはイエスではないから全人類を救済するキリストにはなれないけれど、せめて彼女だけは救いたかった。ぼくがどんなにすべてを否定しても、聖母マリアのような寛容さと慈愛でぼくの希望になってくれた、たった一人の彼女を。決して叶わぬ想いだとわかっていたけれど、それでも、だ。
しかし、所詮ぼくは人間、相手は神。あまりにも無謀すぎる考えに、自虐的な笑みがこぼれる。それに気付いたのか、彼女はこちらを向くと、小首を傾げて何故か困ったように苦笑した。
「……どうして、泣いているのですか?」




