噂の異世界人
こんにちは、アロンの街に来てしばらく。
パレスでの仕事もすっかり慣れてきましたキリです。
このところは店の仕事も落ち着いて、というかそもそも人が来ないから大体暇なわけだけど、時間に余裕があるんだよね。その時間を利用してアロンの街をぶらぶらうろうろしているのですよ。
街を散歩していると、やっぱり異世界なんだよなあ…。このまえは「ニコ」なるネコのばったもんみたいな魔物に出会いまして。フォルムはまんまネコなのに、色が違う。綺麗な色だった。すごい可愛かった。連れて帰りたかったなあ。
そんなこんなで平和に異世界生活を送っているわけだけど、パレスの常連さんのグレンさん(情報通の帽子屋さん35歳)から異世界人情報を手に入れたのだ。
グレンさんによると、アロンの街の北の端にある花屋に新しく入った店員がどうも異世界人だと。まだ来たばっかりらしい。気になる。ちなみにグレンさんは俺が異世界人であることを知らない。公表してないからさ。もういかにもこの世界で生まれ育ちましたみたいな顔して仕事しているから。
その異世界人がいるらしい花屋、行ったことないんだよな。この街結構広いんだよ。今度足を伸ばしてみるとするか。やっぱり気になる、異世界人って聞いちゃ。まあ、地球人であるとは限らないけれど。地球人だったら嬉しいんだけどね。同郷同郷。でも火星人とかだったらそれはそれで非常に興味がある。…火星に人は住んでないか。なんだか異世界人づいてるなあ。
* * *
数日後、今日はパレスの定休日。一日空いているから異世界人がいると噂の花屋に行こう!というわけで早速やってきました、花屋さん。その名も「フラワー・ベル」。こじんまりとした可愛い店構えだ。入口は小さな鉢植えで飾られている。見たことない花だな。
とりあえず入店。
「いらっしゃいませ」
迎えてくれたのは綺麗なお姉さん。年齢は20代中頃から後半くらい、俺より少し年上ってところか。ストロベリーブロンドに紅茶色の瞳。美人。
「あらやだ、男前。どんな花をお求めかしら?ガールフレンドにプレゼント?」
俺と目が合うと茶目っ気たっぷりにウインクする。
プレゼントじゃないんだな、残念ながら。
「いや、素敵な店だったので気になって」
「あら、そうなの。嬉しいわ。ゆっくり見ていって」
店内の花々をゆっくり眺める。カラフル。
……あそこのあの花、見覚えのあるフォルム、どう見てもチューリップ。…でもきっと微妙に違うんだろうなあ。そういうの多いんだよこの世界。ニコしかり、なんか微妙に違う。わかりやすくていいけど。
「いらっしゃいませ……?!」
見たことあるようでないような花々を見ているのは結構楽しくて思いのほか夢中になって見て回っていたら、背後で誰かが息を呑む気配。振り返ると高校生くらいの小柄な少年が俺を見て固まっている。
「……?」
なにやら口をパクパクして、結構面白い。
「!!」
驚いて声も出ない、といった様子の彼にお姉さんが気づいたようだ。不思議そうな顔で近づいた。
「ユウタ、どうしたの?そんな顔して」
ユウタ……この少年か、異世界人とやらは。見た感じ絶対日本人。名前も日本人。……日本人、と、いうことはつまり俺を知っている、ということか。なるほどそれでこの反応。
「は、は、英希里…!!」
お姉さんに突っつかれてユウタくんが石化状態から復活した。
「ハナブサキリ?…あなたの名前?」
「ええ、そうです。こっち風にいうとキリ・ハナブサです」
つまり英語風ですね。
「いやあ、驚いたわ。あなたも異世界人なのね、しかも有名人だったんですって?」
「まあ、それなりには」
「役者かあ、そりゃ男前よね」
金魚のごとくパクパクしているユウタくんにかわって、俺が簡潔に説明。
ヴェロニカ・ベルと名乗ったお姉さんは俺の「役者」という言葉に食いついた。ちなみに彼女、店主らしい。
「へえ、いやあ、ほんと。本当に男前ね、キリ」
顔が近い、近いです、ヴェロニカさん。
「ね、希里さん格好良いですよね。僕の姉も希里さんのファンだったんですよ」
「それは、どうも。ありがとう」
「わかるわかる。あなたが役者やってたら私もファンになるわ。すっごい私のタイプ」
「あはは、どうも。…で、君は?」
そう、ユウタくんとやら。さっきまで金魚状態で自己紹介が聞けていない。もう復活したようだし、頼むぜ少年。
「あ、僕はユウタです。加藤裕太。普通の高校生です」
やっぱり高校生、正解。
「希里さん、英語話せるんですね。ぺらぺら」
ユウタが心底羨ましそうに言う。……それはね、うん、俺はラッキーだった。
「帰国子女なんだよ。ロンドンっ子だから俺」
「へえ、そうなんですか。いいなあ。僕、もういっぱいいっぱいですよ。幸いにも英語は得意な科目だし、小さい頃英会話教室通ってましたけど、本当もうぎりぎり…」
でもカタコトだけど一応英語話せているし、結構優秀な高校生なんじゃなかろうか。普通こんな話せないと思う。
「でも普通に話せてるじゃん」
「それは私がしっかり教えてあげたからよ」
ヴェロニカさんが横から入ってきた。素晴らしい笑顔で。
「ユウタね、ほんとカッタコトで会話も成り立ってんのか成り立ってないのか、って感じだったわよ最初」
「はい。ヴェロニカさんにすごい話しかけられて話しかけられて、気づいたら結構普通に英語わかるようになっていました」
あれか、スピードなんとかってやつと一緒だな。聞き流すだけで英語が出来るっていう。ありえないと思ってたんだけど本当に出来たのか。ユウタのポテンシャルが高かったのか。
「なんにせよ私のおかげよね」
ヴェロニカさんが満足そうにウインクした。
「それで、あなたはここでどうしているの?役者…ではないわよね」
「カフェで働いています。『パレス』っていう」
「へえ、『パレス』……行ったことないかも」
そうだよな。基本常連さんしか来ないし。
「とても美味しいですよ。是非、お越し下さい」
一礼。我ながら完璧な営業スマイルで宣伝。重要だよ重要。いくら美味しくても客が来ないとね。それにこの二人なら大歓迎だ。
「行く行く!今度うちの定休日に行くわ。うちにも時々来てね、キリ。サービスするから」
割引しちゃう、とにっこりスマイルヴェロニカさん。
パレスに飾る花、ここで買うのもいいかもしれないな。ジロウさんに提案してみよう。
「はい、これ。今日出会った記念に。あなたにぴったりの花」
帰りにヴェロニカさんが小さな花束をプレゼントしてくれた。綺麗なブルーの花。小さな白い小花が添えられている。シンプルでいい。青い花はスカイフラワーというらしい。空の花、か。爽やかな香りがする。
「キリと同じ香りがするでしょう?」
そういってヴェロニカさんはにっこり微笑んだけれど。そう?自分ではわからない。俺、香水とかつけてないんだけどな。
「それにこの花の花言葉、『素敵な出会い』っていうの。ね、ぴったりでしょう?」
ヴェロニカさんがウインクする。この人ウインクすごく似合う。
『素敵な出会い』、か…。この世界にも花言葉ってあるんだ。
「私とユウタとキリの出会いに乾杯!んー!シャンパンが欲しい!」
そうして。なぜか次回の来店時にはシャンパンを持参することになった俺は、ユウタとヴェロニカさんの素敵な笑顔に見送られ店を後にした。