ビストロ・バンビ
昼食をとるべく「ビストロ・バンビ」のドアを開けた俺。
ドアを開けるとそこは……懐かしの東京でした。
なんてわけないわな。
普通に「ビストロ・バンビ」でした。もちろん。
間接照明のお洒落な隠れ家、って雰囲気だな。
そこそこ人入ってるし期待できそう。
「いらっしゃい。お一人かな?」
店員さん…店長かな?がやってきた。茶髪のお兄さんだ。三十前後ってところかな。なかなか爽やかな感じ。
「カウンター席でいいかい?」
「はい」
「じゃあここにどうぞ」
カウンター席に案内された。テーブル席は埋まっているけどカウンターは俺だけだ。この人とマンツーマン状態じゃん。まあいいけど。
「おまかせで」
何頼めばいいかわかんねえしとりあえずおまかせ。店員さんに伝えると了解!とウインク。爽やかだなあ。
出来上がるのを待つあいだ彼が料理しているのを眺めてみる。手際いい。
そろそろ出来上がるかな、という頃。
ん?先ほどから店内で流れている音楽。何も気にしないで聴いていたんだけど、……これ。もしやあれじゃないですかい?音楽界の異端児とか言われているあの人の曲だろ?クラシックの。フランスの。ロマン派の。あれ、新古典主義だっけ?とりあえずクラシック、有名な。なんかジャズアレンジされているけど。こないだ音大生の役やったから今の俺は音楽にちょっと詳しいぜ。
そうだよな?店員さんに注目してみると、料理しながら口ずさんでいる。
「ん?」
俺がじっと見ているのに気づいたらしい。彼がこっちをみた。
「お?なんだなんだ俺の顔になんかついてる?」
「え、いや、…この曲」
「おお、この曲な、いい曲だろう?俺大好きなのよ」
やっぱりそうだった。めっちゃジャジーになってるけどたしかにそうだ。
「…クラシックの?音楽界の異端児…」
俺がそう言うと彼の顔色が変わった。一時停止。
「なっ、おま、おまえ、…え、え」
言葉になってねえ。
「ちょっと、待て……。君は、この曲を知っているのか?…もしや異世界人なのか?」
「ええ、まあ…」
そう言うとオウ、ノオ!いかにも欧米人なリアクションが返された。そしてカウンターから身を乗り出し、握手を求める。
「そうかそうか!異世界人か!地球人なんだな君は!俺もだ!」
やはり。そうか。地球人か。…って地球人!俺と同じ地球からやってきた人、本当にいた!
「感動だ!初めてだよ、俺以外の異世界から来た人間に出会うのは。俺はピーター。ピーター・フォウンだ。イギリス人な」
ピーターと名乗った彼は興奮気味に俺と握手した手をぶんぶん振る。イギリス人か。この曲作ったのはフランスの作曲家だけどな。
「はじめまして、俺はキリ・ハナブサ。日本人です」
「おお、日本人!サムライ、ニンジャ!」
フー!って…テンション高いなあ。まあ気持ちはわかる。大いにわかるよ、俺も嬉しい。地球人に会えて。敬語とかもういいや。
「ピーターさんこの店の店主だったんだ。この店の名前のバンビって、あなたの名前からとったんでしょう?」
フォウン、つまり小鹿。すなわちバンビ。
「そうそうバンビだ。可愛い名前だろ?」
うんうんと頷くピーター。にこにこしていたが、ん?と何かに気づいたようだ。
「あれ、君日本人だと言ったよな」
「うん」
「英語話せるのか。この世界、というかこの街だけかもしれんが共用語英語だろ?つまり俺ってばめっちゃラッキーなんだが」
なるほど、それね。俺はロンドン育ちのロンドンっ子だ。
「ああ、俺帰国子女なんだ。ロンドン育ち」
「おお!ロンドン!ロンドンいいとこだぜ。いいな、君、キリだっけ?気に入った!今日は俺のサービスだ。タダで食ってきな!」
白い歯を見せてにっこり笑うピーター。
「え、いいの?本当に?」
「いいのいいの。同郷のよしみってやつだ!」
言っている間に料理が出来上がった。おお美味しそう。
シェパーズパイだ。イギリスのミートパイね。懐かしい。
「出来上がりだ。シェパーズパイ。懐かしいだろ?」
「うん、いい香り!いただきます」
にこにこしながら見ているピーターの前で、一口。…美味い。この味だ。
イギリス料理って不味いってよく言うけど、たまには食べたくなるよな。やっぱり。故郷の味っていうか。俺日本人だけど。
「美味いよ。それに懐かしい」
「おお、ありがとうよ。うちの人気メニューさ」
「ピーターは、イギリスでも店やってたのか?」
「いいや。普通に会社員だよ。料理が得意だったからここで店を開いたんだ」
「へえ…」
今度はピーターが興味津々といった様子で俺に尋ねる。
「キリは?学生か?見たところ二十歳前後ってところだが。あ、ちなみに俺は三十」
「二十歳だよ。俺は日本では役者やってた」
「役者!?マジか!すげえなお前!…確かに綺麗な顔してるもんなあ」
俺の言葉に驚きの声を上げるピーター。ははは。
その後ピーターに役者のあれやこれやについて質問攻めにあった…。
ピーターすごい元気だな。うん。
あ、ちなみに店内で流れている例のクラシック、あれピーターがジャズアレンジしたんだと。音楽できるんだ…。センスいい。
この店美味しかったし、ピーターいるし、また来よう。