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あぁ、私のクラス替え運は完全に地に落ちたらしい……。
中等科最後の年、私はとうとう皇帝陛下と同じクラスになってしまいました。
私とともに鏑木と同じクラスになった芹香ちゃんは狂喜乱舞だ。
「とうとうやりましたわね、私達!今までどれだけくじ運が悪かったんだか!」
今までどれだけくじ運が良かったんだか。
「この1年楽しみですわぁ!麗華様もそうでしょ?」
思えばあの凶みくじから、けちがついている気がする。お祓いに行くべきか。
厄除けで有名なのってどこだったかしら。
浮かれまくっている芹香ちゃんに連れられ、新しい教室に行く途中で、女子に囲まれている円城に出会った。
「吉祥院さん。良かった、話があったんだよ。ちょっといいかな」
「え」
円城の言葉に、周りの女の子達が悲鳴をあげて大騒ぎをはじめた。「お話ってなに?!」「まさか告白?!」「じゃあ三角関係?!」
やめろ!妙な想像をするな!この腹黒が告白なんて可愛げのあること、するわけないだろう!
「ここじゃなんだから、こっち来てくれる?」
笑顔の円城には逆らい難い圧力がある。私の小鳥の心臓では太刀打ちできないっ!
嫌な予感ビシバシで絶対行きたくなーいっ!と内心では叫んでいるけど、私の外面が焦りを見せない余裕の顔で受ける。
芹香ちゃんはキラキラした目で私を死地に送り出してくれた。
連れて行かれたのは、階段の端。
怪しい。怪しすぎる。この張り付いた笑顔はどこか信用できない。
「あのね、実は吉祥院さんにお願いがあるんだ」
「お願い?」
「うん。今度、雅哉と同じクラスになったでしょ。吉祥院さん、クラス委員やってくれない?」
「はあっ?」
クラス委員?!なんで私が!っていうかなんで円城がそんなこと!?
「雅哉のクラスは毎年女子達が騒ぐのは知っているでしょう。今年は中等科最後で、しかも修学旅行もあるから特に大変だと思うんだ。きっと普通の女子なら仕切ることは出来ないよ。その点、吉祥院さんならって思ったんだ」
「え…なんでそこまで」
ほかのクラスの心配までするほど、こいつが愛校心溢れる人間だとは絶対思えない。
そんな人間だったら、去年だって率先してクラス委員に立候補したんじゃないか?
「う~ん。実は頼まれたんだ。今度吉祥院さんと同じクラスで学級委員をする奴に。あのクラス表を見て、自分一人じゃ手に負えないから副を吉祥院さんにやってもらえないかって。担任もそのつもりらしいよ。ただ君、去年断ったでしょう。だから僕に説得して欲しいんだって」
やだ!絶対にやだ!
去年の委員長のげっそりした顔を思い出せば、引き受けるなんてとんでもない!
疲れ切った心に病が宿り、私までおかしなポエムを書きはじめたらどうする!
前世の私にはその前科がある!
とある映画を見た後、思いっきり影響されてランボーやヴェルレーヌ気取りで、ためいきがどうの、永遠がどうのと書いた覚えがある!
確か次の日正気に戻って慌てて捨てたはずだけど、あのメモ、ちゃんと捨てたよね?ずぼらが高じて引き出しに入れっぱなしなんてこと、ないよね?
ぎゃあああっ!あんな気のふれたメモ、家族に読まれたら、死んでも死にきれないっ!
「吉祥院さん?大丈夫?」
「えっ、ああ大丈夫ですわ」
過去は過去。忘れよう。大丈夫、きっとちゃんと捨てたはず。
うわああっ!でも私、人様のサイン帳にポエム書いてた!怖い!証拠に残るものって怖い!
「吉祥院さん?」
「大丈夫ですわ」
忘れるんだ、私!誰にだって黒歴史のひとつはふたつ、絶対にある!
ポエムは誰もが一度は通る道なのだ。
「それでクラス委員の話でしたわね。申し訳ありませんけど、私では力不足だと思いますので、ほかの方にお願いしていただけます?」
厄介ごとはごめんだよ。
「そっかぁ。じゃあしかたないかな」
円城は黒い笑顔を見せた。
「吉祥院さん、僕に借り、あるよね?」
は?借り?なんだっけ、借りって。借り……?
あっ!
「璃々奈の…」
「そう。思い出してくれた?あの借りを今返してもらえるかな」
1年も前のこと、今ここで持ち出すか?!
あんなのとっくに時効になってたと思ってたのに!
前世のお母さんが言ってた通り、借金なんて絶対しちゃいけなかったよ。とんでもない利子つけられて取り立てにきやがった!
その後すぐに、私は新しい担任の先生に呼ばれた。
隣にはお坊さんみたいな男子。こいつか、円城に頼んだという元凶は。
なんてことしてくれたんだ、小坊主!
「いやあ吉祥院さんが引き受けてくれて助かったよ。なんだったら委員長でも」
「いえ、副で」
そこだけはきっちり断る。
「あの僕、坊田です。よろしくお願いします」
え、小坊主の名前が坊田?
名は体を表しすぎだ。
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」
甚だ不本意ではあるけど、引き受けた以上はしょうがない。これから1年、よろしく坊主君。
「坊…田君は円城様とお親しいの?私を説得するよう頼むことができるなんて」
教室に戻る道すがら、ずっと疑問だったことを聞いてみた。
なんとなく、円城と坊主君がそんなに仲良しだとは想像できない。
「親しいなんて、そんな。前に同じクラスになったことがあって。その時いろいろ助けてもらったんだ。円城君は凄い人だよ!」
坊主君は円城派か。憧れちゃっているらしい。
私にはただの悪徳取り立て屋にしか見えなかったけどな。
「今回も先生から学級委員を頼まれたんだけど、でもあの鏑木君のクラスの学級委員なんて絶対無理だって思った時、ちょうど職員室に来てた円城君が、だったら吉祥院さんに副委員長をやってもらって、女子を纏めてもらったらいいんじゃないかって。自分が頼んできてあげるって。なんて優しいんだろう、円城君は。思いやりに満ち溢れてるんだよね」
円城が先に話を持ちかけたのか!なんだ、それ。さっきの話と全然違うじゃないか!
あの腹黒め!なに企んでるんだ!
そんな私の心中など知らず、坊主君は円城を褒めちぎっていた。
どうやら坊主君は人を見る目がないらしい。
教室に入ると、去年の円城以上の騒ぎになっていた。
うわぁ…、私本当にこのクラスで1年、副委員長なんてやるの?
みんな都合よく忘れているみたいだけど、私一応ピヴォワーヌなのに。
あ!芹香ちゃんがしっかり取り巻きの中に入り込んでる!一番いい場所取りしてる!
「吉祥院さん、お願いします」
坊主君、私には無理です…。
治ったはずの胃に違和感を感じた。
私の姿を見つけた芹香ちゃん達がわくわくした顔で駆け寄ってきた。
「麗華様、円城様のお話ってなんだったんですか?もしかして告白?きゃあっ、素敵!」
胃がキリキリと痛んだ。
胃に良い食べ物ってなんだったかなぁ……。




