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 やってきました夏合宿。

 かなり荷物は減らしたけど、それでも大きめのキャリーバッグにぎゅうぎゅうに押し込めてきた。我ながらいったい何を持ってきたのだろう。

 宿泊先は保養所というより完全にホテルで、部屋もツインルームだった。これ、合宿というよりただの旅行だよね?

 同室になったのは違うクラスの野々瀬(ののせ)真帆(まほ)ちゃん。ほとんどしゃべったこともないけど、仲良くなれるかな?なんだか緊張しているみたいだけど。

 部屋でしばらく休んだあとは、ホテルの庭でバーベキュー。食材はすべて用意してあったので、私達はただ焼いて食べるだけ。

 私は一応女子のリーダーなので、お皿や飲み物が行き渡っているか、委員長とチェックしたりする。専任のスタッフの人がいるから形ばかりだけどね。

 でもバーベキューって今世になって初めてだ。前世のバーベキューよりは格段に食材が豪華だけど。

 おぉっ、焼きトウモロコシがある!あら焼きそばはないのね。いか焼きも欲しかったけど残念。

 瑞鸞のバーベキューだから、屋外での優雅なランチっぽい風情で、想像していたのとは少し違ったけど、これはこれで楽しい。

 さりげなく野々瀬さんの近くに座ってみる。いつものメンバーが誰も来ていないので、今日の私は完全アウェーだ。

 下手に出て仲間に交ぜてもらう。


「まさか麗華様が参加するとは思いませんでした」

「私も」

「そうですか?でも一度体験してみたいと思ってましたのよ」

「去年は参加していませんでしたよね?」


 去年は補習三昧だったからな。


「みなさん、去年も参加したんですの?」

「私は今年が初めて」

「私は2度目です」


 半分以上の女子が初参加だった。良かった。


「ところで、明日はハイキングですけど麗華様は大丈夫ですか?」


 うっ。それが今回、一番の不安要素だ。日程表では2時間くらい歩かされるようだけど、私についていけるのか。


「頑張りますわ」


 私は拳を握りしめて宣言した。

 バーベキューのあとは陶芸体験。手動のろくろを使ってお皿を作ったんだけど、微妙に歪んでしまった。この手のものは、どうしても苦手なんだよなぁ。ま、いいか。

 夜になって、夕食を食べたらいよいよ私の念願の花火だ!

 上流階級では花火は見るものであってやるものではないとでも思っているのか、全くやるチャンスがなかった。

 この花火独特の匂いって夏って気がするなぁ。今回は手持ち花火だけで、ロケット花火やドラゴンのような物はないらしい。小さい頃、どこに飛んでくるかわからないネズミ花火が怖かったなぁ。そういえば、へび玉ってなにが楽しいんだろう。今も昔も全くわからない。売られてるってことは、需要があったんだよね。うーん。

 委員長が離れたところで線香花火をしていたので、近寄ってみた。


「委員長は線香花火ですか?もっと派手な物はやりませんの?」

「僕は線香花火が好きなんだ」


 ほう。さすが乙女委員長。


「本田さんは来ませんでしたね」


 委員長にだけ聞こえるようにボソッとつぶやいたら、委員長の線香花火の火玉が地面に落ちた。


「去年は来てたんだけど…」

「そうでしたか。今年もクラスは離れてしまいましたけど、その後進展は?」


 委員長は頭を横に振った。


「吉祥院さん、どうしたらいいと思う?」

「どうしたらって、告白でもすればいいのでは?」

「無理だよ。断られたらそのあとの学院生活真っ暗だよ」

「上手くいくかもしれませんよ?」

「だって本田さんは円城君がタイプなんだよ」


 委員長が拗ね始めた。


「本田さんは去年円城様と同じクラスで副委員長をして、きっと苦労したと思うから、タイプも変わったかもしれませんよ」

「……吉祥院さん、聞いてきてくれる?」

「クラスが違うので、なかなか難しいですわねぇ」


 なんだかんだと委員長と話していたら、みんなの花火も終わりつつあったので、片づけをはじめた。


 花火が終わって部屋に戻ると、野々瀬さんと交代でお風呂に入る。

 実は私の髪にはお母様の指示でゆるくパーマがかかっている。どんだけ巻き髪にこだわりあるんだよって思うけど、しょうがない。

 このウエーブに沿ってカーラーを巻くと、ちょっとやそっとじゃ崩れない巻き髪ができあがる。

 あまりパーマがかかっていることを知られたくないので、しっかり乾かす。


「麗華様、私は明るいと眠れないんですけどいいですか?」

「いいですよ。じゃあライトは消しましょう」


 トランプも持ってきたんだけど、やる暇なかったな。明日は出来るかな。

 では、電気を消しておやすみなさい。



 早朝から起こされて、自然の中で体操をさせられたら朝食だ。私は朝が弱いので、なかなかつらい。

 今日はハイキングなので、しっかり日焼け止めを塗って帽子をかぶる。

 リュックサックが重い…。この時点で参加したことを少しだけ後悔してしまった。

 そしていよいよハイキングスタート。割と平坦な道だから楽かと思ったけど、いつまで続くかわからない山道に、すぐに心が折れる。

 そしてここには軟弱ないつものメンバーがいない。正真正銘、私が最後尾だ。リーダーなのに最後尾。つらい、帰りたい。

 野々瀬さん達が私に付いて、励ましてくれる。完全にお荷物状態だ。泣ける。

 なんとか2時間かけて、目的地の牧場にたどり着く。ここで冷たい牛乳と昼食を摂る。

 よぼよぼの私の代わりに、野々瀬さんがリーダーとして働いてくれた。本当に申し訳ない。

 ホテルへの帰り道、重いリュックを背負いながら、たぶん来年は来ないだろうな…と思った。



 昼間の疲れのせいか、夕食後の星の観察では先生の話を子守唄にうとうとしっぱなしだった。

 おかげで部屋に帰ってお風呂に入ると、すぐに寝てしまった。


 そして夜中に目が覚めた。

 …おなかすいた。

 疲れて食欲もなかったから、夕食もあまり食べなかったんだよな。このままじゃちょっと眠れないかも。

 確か熱中症対策にカリカリ梅を持ってきてたな。あれを食べようか。

 明かりがついていると眠れない野々瀬さんのために、私は白いカーディガンを羽織るとカリカリ梅を持って廊下に出た。

 見つからないように、廊下の端にある薄暗い階段の踊り場にしゃがみこみ、赤いカリカリ梅を食べた。

 はちみつで甘くしてあるから食べやすい。カリカリ、カリカリ…。


「きゃあああああっっっ!!!」


 えっ?


 女の子の悲鳴が近くで聞こえて、バタバタと走り去る音がした。

 部屋を抜け出してカリカリ梅を食べていたのがバレたら嫌なので、私も慌てて部屋に戻った。

 カーディガンとカリカリ梅をバッグに投げ入れ、証拠隠滅。

 騒ぎに起きた野々瀬さんと、私も今起きましたよという体で廊下の様子を見る。

 やだ、ちゃんと乾かして寝なかったから寝癖がついてる。手櫛で整えとこ。


「どうしたのかしら」

「さぁ」


 この階は女子しか泊まっていない。何事かとみんなが出てくると、ひとりの女子が


「階段の踊り場で、ざんばら髪の幽霊が血肉を貪っていた!!」


 と叫んだ。

 へ?


 それを聞いた女子達は幽霊だ妖怪だと大騒ぎになり、一気に阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 それって、もしかしなくても私のこと?

 確かに洗いざらしの髪はぼさぼさで、手には赤いカリカリ梅を持っていたけど、貪ってはいないぞ…。

 どうやら私を見つけたのはオカルトさんだったようだ。。オカルトさんは夜中に喉が渇いて水を取りに廊下に出たらしい。そこで幽霊に出会ったそうだ。

 オカルトさんは「私には霊感がある」「あの階段には嫌な気配がある」「恨みのこもった顔をしていた」などと言いだし、「そういえば私もそんな気がする」「なんだかさっきから寒気が止まらない」と共感する子まで出てきた。どうしよう…。

 今更それは私ですなんて、絶対言えない。夜中に起きて食べ物食べてたって、どれだけ食い意地はってんだって思われちゃうもん。

 幽霊が出るなんて不名誉な噂が流れて、ホテルには大変申し訳ないけど、私は自分の保身のほうが大事なんだよ~。

 どうかバレませんようにと指を組んで祈っていたら、野々瀬さん達が


「大丈夫ですよ、麗華様。みんなで一緒にいれば怖くありませんわ」

「そうですよ、そんなに怯えなくても平気です」


と私にくっついて励ましてくれた。ぐっ…心が痛む!


「ありがとう、みなさん」


 ごめんなさい。そして来年は私は来ません……。


 こうして次の日の朝まで、幽霊騒ぎは続いた。私はカリカリ梅をバッグの奥深くに隠し、髪をカーラーで完璧に巻いて、家路に着いた、


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― 新着の感想 ―
こういうエピソードで分かる、麗華様のお茶目な面やおおらかさが好きだわ。野々瀬嬢のほんわかした優しさもいいし。本当に完結して欲しい作品です。
[一言] こういう日常のギャグ回も味があって良い。作者は神尾葉子くらいに天才だと思う。完結してくれたら嬉しいな。
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