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 私は中学生になって、ひとりで出歩けるようになったら、ずっと行きたい場所があった。

 前世で私が住んでいた家だ。

 この世界は、前世で私が住んでいた日本とほぼ同じだ。ランドマークや駅名や住所など。

 でも部分的に違うところもある。それはもちろん瑞鸞学院を筆頭に、君ドルに出てくる家や会社や人間などだ。

 ただ、それ以外は本当に私が知っている日本の町とほとんど一緒なのだ。だったら、もしかしたら、私が住んでいた家に、私の家族がいるのかもしれない。


 ずっと、ずっと考えてた。

 もしかしたら、もう一度会えるんじゃないかって。



 前世の私と家族が住んでいたのは、東京の少し外れの町だ。

 そこで両親と私と妹の4人で、マンションに住んでいた。

 お父さんは普通のサラリーマン。お風呂上りにステテコ姿でふらふらして、家族からブーイングを受ける、家ではちょっとダメダメお父さん。

 お母さんは専業主婦で、料理上手。私が林間学校や修学旅行から帰った日は、必ず私の好きな炊き込みご飯と肉じゃがとおでんを作ってくれた。妹の時は、ケチャップのかかったハンバーグと茶碗蒸しとお豆腐となめこのお味噌汁だった。

 何日かぶりに帰ってきて、玄関を開けると私の好きなごはんの匂いが漂ってくる。あぁ帰ってきたってほっとした。

 お父さんが出張から帰った時はなんだったかな?あぁ、いつもの発泡酒がビールになったんだ。「やっぱりビールは違うなぁ」って、嬉しそうに飲んでた。


 前世の私はいつも家でごろごろだらだらして、お母さんに怒られてた。

「勉強しなさい」「早く宿題やりなさい」先に言われちゃうと、やりたくなくなるのはなんでだろう?

 いない間に勝手に部屋を片付けられて、ケンカしたこともあった。お母さんにはくだらないものでも、私にとっては大事なものだったのに、なんて捨てちゃったの!って。

 妹はちゃっかりした子だった。

 私が怒られているのを見て、自分は上手く逃げるような知恵があった。

「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」「お姉ちゃんなんだから譲ってあげなさい」って、大人に言われるたびに、なんでって悔しかった。妹をちょっと嫌いになった。

 でも、怖いテレビを見た夜は、一緒の布団で眠った。トイレに行くときは手をつないで、ドアの外でかわりばんこに歌を歌った。

 私の成人式の時、バイトしたお金で草履とバッグをプレゼントしてくれた。「私の時にも貸してよね」って笑ってた。

 お父さんは、いつもソファでぐーたらしてた。打ち上げられたトドみたいだった。お母さんは私に「あんたのぐーたら癖はお父さん似」と言っていた。

 でも休みの日には家族サービスで、近場だけどドライブに連れて行ってくれた。海や山に行って遊んだ。お父さんの車のミラーには、私が修学旅行で買ってきた交通安全のお守りがぶらさがっていた。




 私の住んでいた町の駅に着いた。

 駅前はだいたい私の記憶と一緒だった。大きなスーパーとか、ところどころ違ったものもあるけど、でも懐かしい風景だった。

 私の家は、駅から歩いて10分程度。大通りから少し入った住宅街に建つマンションの7階。

 もう少し。もう少しで見えてくる。その道を曲がったら───


 そこには、私の住んでいたマンションはなかった。


 レンガ壁のマンションの代わりに、古いベージュのビルが建っていた。

 私の住んでいた家も、私の家族も、どこにもいなかった。




 帰りは吉祥院家の車に迎えに来てもらった。

 久しぶりの電車は緊張した。車の送迎っていうのはやっぱり楽だな。

 この生活に慣れちゃうと、もう庶民の生活には戻れないね。

 だってもうずっと、この生活を続けてるんだもん。しょうがないよ。




 家に戻ると、珍しくお兄様がいた。

 大学に入ってからは忙しそうで、最近は夕食時にもなかなか間に合うことがなかった。

 お兄様がリビングのソファでくつろいでいたので、隣に座ってべったり張り付いてやった。


「ん?どうしたの麗華」


 別に、ただくっつき虫になりたくなっただけですよ。

 気にせず本の続きでも読んでてください。


 私はお兄様の腕に頭をぐりぐり押し付けた。

 お兄様は黙ってくっつき虫のやどり木になってくれた。



 あの時───

 あぁ、やっぱりって思った。

 ここはマンガの世界なんだから、いるわけないってわかってた。

 でも、もしかしたらって思ってた。

 もう一度、会えることが出来たならって。

 大好きだったって、伝えたかった。


 お母さんに料理を教えてもらえばよかった。もうお母さんのごはんの味は一生食べられない。だって私がお母さんの手伝いを全然しなかったから。バチが当たったんだ。

 お父さんの野球観戦に付き合ってあげればよかった。興味ないって自分の部屋でマンガ読んでた。私はトドの娘なんだから、一緒にリビングに転がっていればよかった。

 妹にももっと優しくしてあげればよかった。私のアクセサリーを勝手に使って失くした時、本気で掴みかかってケンカした。私はお姉ちゃんなんだから、折れてあげればよかった。



 ごめんね。ごめんね。駄目な私で本当にごめんね。

 会いたいよ。

 もう一度だけ会いたいよ。

 寂しいよ。

 ずっとずっと、寂しかったんだよ。

 お父さん、お母さん、ユカちゃん…。





 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 ソファに横たわる私に、ブランケットが掛けられていた。

 掛けてくれたのは、お兄様かな?


 今、リビングには誰もいない。


 ここは吉祥院家。

 私は吉祥院麗華。

 今の私の家族は、あのお父様とお母様と、お兄様だ。


 私は今度こそ家族を大切にする。

 だから絶対に、守ってみせる。

 そう決めたんだから。



「あれ、麗華起きたの?」

 お兄様がリビングに戻ってきた。


「えへへ」

 私はお兄様に飛びついた。


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― 新着の感想 ―
転生ものって大抵が中世ヨーロッパのファンタジー世界が多いから、 こんな風に現代日本ででも前世の日本とは違うっていうのは数少ないように思うから、 ちょっと切ないですねぇ。
しみじみと切ない。でも吉祥院家で愛されているので、負けるな麗華様と思う。
[良い点] 転生モノの前世の家に行く話大好き
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