卒業
「大志って名前はね、おじいちゃんがクラーク博士の言葉から付けてくれたのよ。」
小さい頃、母親が言っていた。
俺の大好きだったじいちゃんは去年死んだ。
生前じいちゃんが住んでいたボロ家は潰して土地を売ろうかとの話にもなったが、俺が継ぐと言った。
『少年よ、大志を抱け』
大好きなじいちゃんにもらった名前だけど、完璧に名前負けだ。
子供のころから、大した夢も持ったことがなかった。
今までは。
彩香とこの間会ったとき、職場の制服を来ていた。
今までは俺達に会う前にわざわざ私服に着替えていたらしい。
制服に抵抗がなくなったのは、真剣に仕事と向き合いだした証だろうか。
由生はウェブデザインを扱う会社に転職した。
帰りが午前様になることもしばしばのようで会う機会は減ったが、たまに電話で生活が充実していることを伝えてくる。
忙しい間をぬってH2Oのロゴを作ってくれた。
広人は今の会社に残留を決めた。
上司にはまだ早いとたしなめられたが、今度昇進試験にチャレンジするらしい。
先週久しぶりに、広人の彼女を交えて3人で飲みに行った。
一緒に住む新居を探しに来たらしい。
相変わらず美人で、気が利いて、何も申し分がない彼女だった。
舞子や修一、優菜と会って、3人は変わった。
俺だけ何も変わらないのか?
いや。
俺は変わった3人を見て変わった気がする。
オフィスH2Oは解散することになった。
結局会社としては何も残せなかったが
俺達の人生には大きな何かを残してくれた。
俺達4人はH2Oに逃げ込んできたんだ。
けれど今はそれぞれ前を向いて歩いて行くことを決めた。
だから、解散ではない。
卒業だ。
新たなステップに進むための。
俺はというと、今、出身大学のシラバス探し出して眺めている。
俺の学科は教職が取れ、卒業生は単位履修が可能なはずだ。
通信制も併設しているので、今の仕事を続けながら学ぶこともできそうだ。
5年後−
「今日から君達1年C組の担任となった、社会科の深山大志です。
大志と言う名前は祖父から大きな夢を抱くようにと付けられました。
俺は今、自分の夢が叶えられて幸せです。
俺だけでなく、みなさんにも自分の夢に向かって頑張ってほしいと思うので、1年間よろしくお願いします。」




