優菜
優菜は部活指導や残業で、早くは帰れないらしい。
変わりに今日は授業の空きが多いからと、勤務先の高校に訪問することになった。
最寄り駅から少し離れた高校を目指し、携帯の地図を見ながら歩く。
優菜とは同じクラスになったことはあるが、話をしたことはない。
ただ彩香と比較的仲がよかったようで、いつも彩香が抱き着いていって2人でじゃれあっていたのを思い出す。
優菜も彩香も小柄なので小動物がじゃれあっているみたいだと思っていた。
学校に着き、事務員に優菜を呼び出してもらった。
事務室前の廊下に優菜が来た。
黒いセミロングの髪を一つに束ね、パンツスーツを着ていた。
ピアスホールは3つあったが、ピアスは1つも着けていなかった。
化粧はほとんどしていないように見えた。
高校時代は話したことがないけれど、ミニスカートで校則違反の茶髪やピアスをしていた。
化粧も今より濃かったような気がする。
女って変わるんだな。
彩香がキャー久しぶり!と、優菜に抱き着く。
高校の時のようだ。
けれど優菜は困ったような顔をして彩香をなだめていた。
そりゃあ、自分の職場だもんな。
心なしか彩香が寂しそうな顔をした。
応接室に入り、ドアをしめると、今度は優菜が彩香に抱き着いた。
彩香も嬉しそうに抱きしめ返して、久しぶりだねーと言い合っていた。
やっぱり、高校の時のようだ。
もはや決まり事になったかのように、彩香が「お仕事楽しいの?」と切り出した。
優菜は俺達の分のお茶を入れながら「楽しいよー」と笑顔で返した。
「けど、高校時代は教師になるなんて言ってなかったよね?」と由生が聞く。
「そうなの。たまたま大学の時に教職が取れる学部だったから、授業取ってみたら楽しくて!ハマっちゃった。」と答える。
由生が何が楽しかったのか聞くと
「子どもの頃って、大人になった後の人生を決める時期でしょ。そんな大事な時期に関われる仕事ってすごいなって思って。日々大人に近づいていく生徒たちを見守るのは楽しいよ!本当に天職だよ。」と答えた。
優菜もおっとりしていてそれほどおしゃべりなタイプではなかったように思うが、どうやら教師という仕事は人を饒舌にさせるらしい。
「じゃあ、好きな仕事に就けて幸せだね」と広人が言うと
「うーん、それが、このあいだ彼にプロポーズされて」と答えたので
俺達はそりゃおめでたい!とざわめいた。
けれど、優菜は浮かない顔をして「彼がこの仕事は残業が多いから辞めてくれ。家庭を守ってほしいって言うんだ」と話した。
ざわめきの余韻を残しながら、俺達はどう反応すればいいか分からなかった。
大切な2つのうち、どちらかを選ばないといけないのは酷なものだ。
優菜はまだ確定じゃないと断りながらも、退職するつもりだと話した。
教師は免許を持っている以上いつかまたなれるだろうけど、彼とは今結婚しないと二度はないと思うかららしい。
「天職を手放してもいいと思える程の相手なんだ?」と広人が言うと
「うん。過去に他の人にプロポーズされた時は、仕事を取ったよ。けど今回は絶対結婚するんだ」とはにかんだ。
優菜と別れたあと、広人と飲みに行った。
高校時代は朝から晩まで共に陸上に励み、同じ近所の大学に進学し、学部は違ったが昼休みは夜はいつも一緒にいた。
就職してからもお互いの家は程近いのでよく飲みに行っている。
そんな俺達だけど会話はいつもくだらないことばかりで、会話さえしないこともあった。
沈黙でも一緒にいられる、その関係が心地好かった。
俺は、いつもは聞かないことを聞いてみた。
「彼女とどうなの」
広人は「あぁ、変わらずだよ。そろそろこっちに来るか?って言ってるとこ」と答えた。
広人の彼女は、広人の職場の2歳上の先輩だった。
去年から彼女が転勤になり、遠距離恋愛をしている。距離のお陰で、俺は今まであまり存在を気にすることはなかった。
「そうか、もうすぐ結婚するのか?」
「どうだろうね。俺自身はまだそんなに結婚願望ないけど。彼女はそろそろ気にする歳だろうしね、俺も気にはしてるよ」
「いいじゃないか。それじゃあ起業している場合じゃないんじゃないか?」
「いや…この仕事じゃ彼女に敵わないって言うのがあってさ。一発逆転してやろうかと思ったんだけど。」
「だけど?」
「優菜ちゃんと話して思ったよ。夢だけじゃなく、現実も見ないといけないって。」
「そうか、ちゃんと考えなきゃな。」
それからは、いつものように他愛もない話に戻った。
優菜にH2Oの話をしたら、「楽しそうだね!」と言った上で、ウチの高校は職業校だから参考になるアドバイスはできないと思うと言った。
変わりに副教材の需要が高そうな進学校に勤めている同級生を紹介しようか?と言われた。
まだいたか。
日向高校遅るべし。
俺たちはお礼を述べて、優菜の申し出を断った。




