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H2O  作者: 大野あすか
2/5

舞子

何とか定時に仕事を終わらせ、スーツ姿のまま待ち合わせ場所に向かう。

広人は既に着いていて、同じくスーツ姿で微笑みながら手を振ってきた。


向こうからは由生と彩香が腕を組んで歩いて来る。

二人は休みを取っていたので、「デート」をしてきたらしい。

最近の女子は、女友達と2人で遊ぶこともデートと言うらしいのだ。

もっとも、やや長身でショートカット、ジーパン・革ジャン姿の由生と、小柄で黒髪ロング、黒いフリルのたくさんついたワンピースを着た彩香は本物のカップルにも見えないことはない。

ところで、彩香は「今日は舞子ちゃんと会うからシックな格好にしてきた」

と言うが、どこからどう見てもメイドのコスプレにしか見えないのは、気のせいだろうか。




駅近くのカジュアルレストランで、舞子が来るのを待つ。

どうやら生徒対応が長引いて、待ち合わせ時間に少し遅れるらしい。


4人でテーブルに座って待ちながら、舞子について情報交換をした。

舞子は高校卒業後、大学の教育学部に進学し、今は公立小学校で教師をしているそうだ。

舞子と由生は高校時代そこそこ仲がよかったらしい。

あぁ、俺達4人と舞子が同じクラスだった時、休み時間に2人でいるところを時折に見かけたかもしれない。

写真部に所属していた舞子が撮った写真を、由生が自己流で評価して楽しんでいたらしい。

そういえば、由生はデザインや色彩に興味があるんだった。

由生は、その頃から変わってないんだな。


15分後、舞子が来た。

暗めの茶色に染めた髪

上品な長めのプリーツスカート

やわらかそうなニットのカーディガン

うっすらと化粧もしているのが分かった。

高校時代は話したことがないけれど、もっと飾り気がなかった気がする。

化粧っ気もなかったはずだ。

女って変わるんだな。




同級生のくせに、合コンのように自己紹介をして、近況を報告した。

彩香が舞子に聞く。

「お仕事楽しいの?」

舞子は苦笑いしながら

「大変だけどね。小3の担任なんだけど、今日も色々叱ったし。

この間なんて授業中にいきなり一人教室を飛び出して。見つけるのに夕方までかかったよ」と話す。

大変だといいながら、舞子の顔は生き生きとして見えた。


その後舞子は小学校教師のやり甲斐を色々話してくれた。

最初はだまって座っていることもできなかった1年生が、だんだん九々や漢字を覚えて賢くなっていくこと。

3年生にもなると、語彙力も増え、家庭での出来事や母親の話を一生懸命してくれること。

5年生くらいになると、今まで一緒くただった男女がお互いを意識し始め、告白や付き合ったりすること。

6年生になると、急にお兄さん・お姉さんらしくなり、1年生の面倒をよく見てくれること。

他愛もない話だったけれど、子どもにとっての6年間はとても大きくて、目に見えて成長していく姿を見守るのが楽しくて仕方ないらしい。

舞子はこんなに饒舌に話す子だったんだな。


それから、舞子はこうも言った。

「去年採用試験に受かって、ずっとなりかたった仕事に就けたんだ。まだまだ上手く行かないことも多いけど、本当に充実してるよ。」

大変だといいながら、舞子が生き生きして見えた理由が分かったような気がした。




そうだよ。

これなんだよ。

俺が、学校に副教材を売る仕事を選んだのは。


何か起業しようと言ったとき、由生は「介護関係の仕事がいいと思う」と言った。

これからは高齢社会になるから、需要が高いんじゃないかと言うのだ。


言い分はよく分かったが、俺はゆずらなかった。

だって、介護って後ろ向きなイメージがあるじゃない。

俺の大好きだったじいちゃんだって、年とってだんだん弱って死んじゃったよ。

けど、子どもたちは成長していくから、前向きなイメージがあるんだ。

少子化で需要は少ないって言われたけど、俺は前を向いていたかった。

結局、日向高校や同級生に教師が多いからうんぬんって言っていいくるめたんだけどね。




舞子と別れたあと、家路に着く。

帰る方向が同じだったので彩香と帰っていた。

街頭に照らされた静かな住宅街を、横に並んでぽつりぽつりと歩いていた。

背の低い彩香の歩幅に合わせてゆっくり歩いたつもりだ。


別れ際に、前を向いたまま彩香が言う。

「舞子ちゃん、仕事に真っすぐ向き合ってて、ちょっと嫉妬しちゃった。」

嫉妬って、そういう時に使うんだっけ、とぼんやり思いながら、頷く。

「私ね、お仕事頑張ってみる!自分が好きで選んだ仕事だもん。コスプレの時間は減っちゃうけどね」

彩香はへへっと笑ってから、真っすぐこっち見てからこう続けた。

「きっと私は逃げてたんだよ。もう逃げないね。」




レストランでの食事会がお開きになる直前、舞子にやっと本題のオフィスH2Oの話をしたら、「小学校は副教材あまり使わないから、お役に立てないな」と済まなさそうな顔をした。

変わりに、日向高校の同級生で塾も同じだった修一シュウイチって子が、中学校教師をしているから紹介するねと言ってくれた。


修一…紹介されるまでもなく知っていた。

俺と広人の陸上部仲間だ。

あいつ、大学の文学部に進学したはずなのに。

教師になっていたとは知らなかったな。

卒業してから会っていなかったけど、元気だろうか。




それからしばらくして、俺達は修一と会うことになった。

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