歴代最強の魔王と歴代最弱の勇者の話
「ごめんなさい」
と、勇者は泣いた。
「君ならいいよ」
と、魔王は笑った。
*
そもそもの始まりはと言えば一人の村娘が魚釣りのため川辺へ行ったことから始まる。
後世では彼女の出自は様々な逸話に彩られ、曰く王に連なる血筋であったとか、あるいは天上より生まれ落ちた故に両親はいないとか、もしくは全ての始まりである川辺の精霊の娘であったとか……。
しかし、事実としては実に単純で彼女はただの村娘でしかない。
道行く人が振り返るような美貌を持つわけでもなし、古今東西の賢者が及ばないほどの知恵者でもない。
好く人にはそれなりに優しくて、嫌う人には意地悪をして――かと言って、どちらも取り立てて問題になるほどのものではない。
どこでも見るような光景故か。
話にもならない、というものである。
あぁ。
いずれにせよ、彼女は川辺へ行った。
その日は弟が悪戯をして父親にこっ酷く叱られていた。
故に本来なら二人で行く魚釣りも彼女一人で行く羽目になったのだ。
そして、彼女は一人だからこそ普段なら行かない上流の方にまで足を伸ばした。
平時であれば人が滅多に来ない場所で彼女は一人の青年と出会う。
彼はあらぬ方を見上げ、まるで空と一つになるかのように不自然に停止したまま呆けていた。
その姿があまりにも近寄りがたく、触れがたく、かといって放っておけばそのまま消え去りそうな姿に放っておくことも出来ず、彼女は仕方なしに木陰に隠れて彼の動向を窺っていた。
どれだけの時間が経っただろう。
彼は不意に動いたかと思えば虚空に手をかざし一振りの剣を取り出す。
それが最高位の魔法である無から有を生み出す創造魔法などと彼女は知る由もない。
彼女にとって重大だったのは青年がその剣を他ならぬ自分の心の臓に当てて震えていることだ。
「早まらないで!」
隠れているのも忘れて彼女は飛び出し青年から剣を奪った。
苦悩が現れたほどに剣を握る彼の手は弱々しい。
「君は?」
呆然としたままで居る青年はどうにか問う。
彼女は首を振り剣を遠くに放って言った。
「何で悩んでいるか知らないけれど自分で死ぬなんてそんな悲しいことしないで」
闖入者。
青年は笑う。
ため息交じりの笑みを見つめながら彼女は問う。
「何故、こんなことを?」
「与えられた宿命があまりにも重いのだ」
不思議と青年はあっさりと語る。
堰を切ったように涙を零しながら。
「宿命?」
「そうだ。誰にでも与えられたもの。それが俺のものは重すぎる」
「馬鹿なことを」
彼女はそう言って隣に座る。
「誰にだって抗いがたい運命ってのはあるよ。私だってあと二年もすれば嫁に行って終わりだもん」
「は? 嫁?」
「そうだよ。今はこうしてのほほんと暮らしているけれど、あと二年もすれば嫁に行って、翌年には子供を産んで、次の年には子供を育てて――そんな繰り返し。そうしていつの間にかお婆ちゃんになっておしまい」
彼女の認識していた運命はあまりにもあり触れたものだった。
「……それで君はそれを受け入れるのか」
「仕方ないでしょ。そういうものなんだから」
だが、だからこそ青年が背負うあまりにも重い宿命と比した時に本質的な差はないという認識を持つに至った。
蟻と鯨。
大きさは比べようもない。
けれど、命という本質は変わらない。
――少なくとも青年はその時、そんな滅茶苦茶でありながら縋ることが出来る破綻に近い真理を手にすることが出来たのだ。
「もちろん、苦しいとか理不尽だとか思うことはあるよ。だけど仕方ない。受け入れちゃうしかない」
村で生きる平凡な彼女の処世術。
「だけど、耐え切れなくなった時。そんな時はこうして誰かと愚痴を言う。それだけで何とか生きていけるものよ」
「こんな風にか?」
「そう。こんな風に。だから、あんたも頑張りなさい」
けらけら笑う彼女に青年は救われた。
「時々、こうして訪ねてきても?」
「もちろん。いつでも歓迎するよ」
指切りをして二人は別れる。
後に逢瀬に変わる些細な待ち合わせ。
やがて、悲劇に変わる、束の間の巡り合わせ。
彼女は青年の救いであり続けた。
青年のあまりにも重い宿命を支えることが彼女にとっての運命となるほどに。
*
青年は強かった。
歴代最強の魔王と称されるほどに。
対して、彼女は弱かった。
歴代最弱の勇者と称されるほどに。
勇者がどの時点で魔王との別離を決意したのかは誰も知らない。
確かなのは勇者はいつでも魔王を殺すことが出来る立場に居たということだけ。
『何故、魔王を殺さなかったのか』
平和となった世の中で勇者は何度も詰問された。
その言葉に対し、勇者は一言答える。
『支えると心に決めていたから』
答えに対し、人々は尚も問う。
『なら、何故殺したのか』
彼女は答える。
『それが自分の宿命と気づいたから』
*
「ごめんなさい」
と、勇者は泣いた。
「君ならいいよ」
と、魔王は笑った。
魔王の胸を貫いたのはあの日の剣。
多くの命を奪い、役目を全うしようとした魔王は。
唯一の命を奪う羽目になりながらも、役目を全うした勇者によって命を落とした。
これは魔王と勇者という役目から最後まで逃れらなかった二人の話。
後に悲恋として語られる、歴代最強の魔王と歴代最弱の勇者の些細な恋物語。




