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第5話 蘇生のリソース

第5話です。一斉投稿の区切りとなります。


一人を救うために、五人を殺すか。 千人を救うために、五千人を殺すか。


世界が算数のように「命」を計算し始めた時、人は何を選ぶのか。 加速する絶望のカウントダウンを見届けてください。


 放課後の教室は、かつての活気を完全に失っていた。

 

 バイオリンを愛していた佐藤さんも、野球に打ち込んでいた田中くんも、今はただの「呼吸する肉塊」でしかない。彼らは机に突っ伏すか、焦点の合わない目で窓の外を眺めている。

 

 僕が彼らを救うために使った「書き換え」の代償。

 それは、彼らの未来から「輝き」をすべて奪い去ることだった。

 

「……ひどい顔ね」

 

 如月が、僕の顔を覗き込んで言った。

 

「自分の命が助かったのよ。もっと喜べばいいのに。それとも、彼らに『未来を返してあげたい』とでも思っているの?」

 

「……当たり前だろ。こんなの、俺が望んだことじゃない」

 

「そう。なら、ちょうどいいわね」

 

 如月が僕のスマホの画面を指先で叩く。そこには、先ほど届いたばかりの『特別ボーナス』の通知が残っていた。

 【権限レベル上昇:死亡した人間の復元が可能になりました】【コスト:生身の人間5名の供出】

 

「これを使いなさいよ。そうすれば、昨日君が『記憶』を代償に救った――でも、結局は今日、君への投票に加担して『未来』を失ったあの親友も、元通りになるかもしれないわよ?」

 

 僕は視線を上げた。

 結城は、僕の隣の席で、何も書かれていないノートをただ見つめていた。

 彼の中にあった、サッカーへの情熱も、僕への友情も、もうこの世のどこにも存在しない。

 

「……元に戻せるのか? 5人殺せば、結城の『未来』は返ってくるのか?」

 

「システム上は可能でしょうね。欠損したリソースを、別の誰か5人分から補充するだけのこと。……やりたいんでしょ?」

 

 如月の声が、甘い毒のように鼓膜を震わせる。

 

 僕は、スマホを握りしめた。

 5人を殺して、1人を完璧に戻す。

 算数すらできない子供でもわかる、破綻した計算。

 だが、今の僕には、その狂った数式が唯一の救いに見えていた。

 

 その時だった。

 教室のテレビが、臨時ニュースを映し出した。

 

『――奇跡が起きました。昨日、権利の競合によって消滅したはずの南米の村の人々が、全員、無傷で発見されました!』

 

 画面の中では、泣き叫びながら再会を喜ぶ人々が映っている。

 

「……え?」

 

 僕は絶句した。

 蘇生。

 僕が今、迷っていたはずのその選択を、すでに世界のどこかで誰かが実行したのだ。

 

『……しかし、これと同時に、隣国のマンモス校であった小学校から、児童二千名が忽然と姿を消した模様です。当局は関連を調べており――』

 

 ニュースキャスターの声が震えている。

 

 再会を喜ぶ村人の笑顔の裏で、二千人の子供たちが「燃料」としてシュレッダーにかけられた。

 

「見た?」

 

 如月が、テレビを消しながら言った。

 

「あれが『蘇生』の現実よ。一人の命を呼び戻すには、五人分のリソースが必要。一千人を戻すには、五千人分が必要。世界は今、膨大な赤字を埋めるために、より安価で大量のリソース――つまり、守られるべき弱者から順番に命を刈り取っているの」

 

 吐き気がした。

 僕たちは、世界をより良くするためにこの権利を与えられたのではなかった。

 ただ、人類という種の中で「誰を生かし、誰を殺すか」という、最も醜悪な選別を強制されているだけだ。

 

 不意に、結城が立ち上がった。

 

「……お腹、空いたな」

 

 抑揚のない声。彼は僕を見ることなく、ふらふらと教室を出て行こうとする。

 

「待てよ、結城!」

 

 僕はその腕を掴んだ。

 だが、彼から返ってきたのは、かつての親友としての視線ではなく、見知らぬ通行人を見るような、冷ややかな、虚無そのものの視線だった。

 

「……なに? 誰だっけ、君」

 

 心臓が、氷を突き刺されたように凍りついた。

 

 記憶を消して彼を救った。未来を燃やして自分を救った。

 その結果が、これだ。

 

「君には、もう迷っている時間はないわよ」

 

 如月が、窓の外を指差した。

 

 空に浮かぶ巨大な穴が、さらにその口を広げている。

 そして、街中に設置された街頭ビジョンや、すべてのスマホの画面が、同時に一つの「カウントダウン」を表示し始めた。

 

――【ワールド・イベント発生:最終審判まで残り24時間】【明日、正午。全人類の生存権を賭けた、最後の一斉投票を実施します】【生き残れるのは、全ユーザーのうち上位10%のみです】

――

 

 世界が、悲鳴を上げた。

 校舎の外から、一斉に怒号とブレーキの音が響く。

 

 残り30日なんて、嘘だった。

 システムは加速している。リソースが枯渇し、サーバーがパンクしかけているのだ。

 

「10%……」

 

 この学校に千人の生徒がいれば、生き残れるのは百人だけ。

 

「君ならどうする? 結城くんを蘇らせるために5人を殺す? それとも、明日の10%に食い込むために、今のうちに邪魔な人間を一人でも多く排除しておく?」

 

 如月が、僕のスマホをそっと握り、僕の指を「権利行使」のボタンへと導く。

 

「選んで。君が選ばなければ、私が君を選んであげる。……君の『命』を、私のリソースにするために」

 

 彼女の瞳の中に、初めて明確な「殺意」と「渇望」が混じった光を見た。

 

 僕は、スマホの画面を見つめる。

 通知の欄には、僕に向けられた『54票』の憎しみがまだ残っている。

 

 僕を殺そうとした世界を救うために、僕は僕を殺すべきなのか。

 それとも、この世界すべてを燃料にして、僕だけが生き残るべきなのか。

 

 スマホが、脈打つように赤く発光する。

 

 僕の手は、もはや震えてはいなかった。

 

「……わかったよ、如月」

 

 僕は、彼女の指を振り払い、画面を力強くスワイプした。

 

 あと、24時間。

 僕らは世界を選べない。

 だから、僕は――この世界の『ルール』そのものを、書き換えてやる。

 

 たとえその代償が、僕自身の存在すべてであったとしても。

(第5話:完)

ここまで、5話分を一気にお読みいただき、本当にありがとうございました。


「10%」。 その絶望的な数字を前に、主人公が選んだのは「服従」でも「逃避」でもなく、ルールの「書き換え」でした。


彼は果たして、この狂ったシステムを壊せるのか。それとも、彼自身がシステムの一部となって消えてしまうのか。


本作は「全12話」での完結を予定しています。 残り7話、ノンストップで駆け抜けますので、最後までお付き合いいただければ幸いです。

もし「続きが気になる!」「一気に読んでしまった」という方は、ぜひ【ブックマーク】や下の【☆☆☆☆☆】を評価ボタンから応援いただけると、完結までの大きな力になります!

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