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第4話 可能性の死体

第4話をお読みいただきありがとうございます。


自分を消そうとした54人のクラスメイト。 彼らを救うために自分の五感を捨てるか、それとも自分を守るために「何か」を奪うか。


主人公が出した答えと、その残酷な結末を見届けてください。


 教室の中を支配していたのは、刺すような沈黙だった。

 

 僕の名前の横に刻まれた『54票』という数字。それは、このクラスのほぼ全員が、僕を「死んでもいい人間」として選んだという残酷な証左だった。

 つい数分前まで、一緒にスマホのゲームに興じていた奴。ノートを貸し借りしていた女子。そして、僕が昨日、自らの記憶を犠牲にして救ったはずの結城までもが、気まずそうに視線を泳がせている。

 

「……なんで」

 

 掠れた声が、自分の喉から漏れた。

 誰かが小さく、言い訳のように呟いた。

 

「だって、お前……昨日、如月と屋上でなんかしてたろ。特別なこと知ってるんだろ? なんとかできるんじゃないかって……」

「そうだよ。それに、お前昨日も誰か助けたんだろ? なら、今回もさ……」

 

 勝手な言い分だった。

 善行を積めば、次も「犠牲」を強いていい。そんな歪んだ論理が、生存本能という免罪符を得て、教室の正論になろうとしていた。

 

 如月が、僕の耳元で冷たく囁く。

 

「残り時間は40分。このまま何もしなければ、君は41人の他人と共に『消去』されるわ。……でも、言ったはずよ。君にはまだ、『書き換える権利』が残っているって」

 

 僕は震える指でスマホを見た。

 画面には、二つの選択肢が提示されているように思えた。

 

 一つは、如月が言った通り、僕の『視覚』か『聴覚』を差し出して、この投票そのものを無効化すること。

 もう一つは――僕を消そうとしたこの世界、このクラスそのものを、僕の意志で「書き換える」こと。

 

「……俺を消そうとしたこいつらを、救わなきゃいけないのか?」

 

 吐き気がした。

 救えば僕は光を失うか、音を失う。そして、救われた連中は、明日にはまた誰かを裏切って笑うのだ。

 

「君が何を願っても自由よ。それが『書き換え』の唯一のルールだから」

 

 如月の声に促されるように、僕は画面の「権利行使」のボタンに触れた。

 

 頭の中に、言葉を打ち込む。

 ――俺を消そうとする力を、すべて無効化しろ。

 

 その瞬間、スマホから黒い光が溢れ出した。

 

     *

 

 世界が、バグを起こしたように静止した。

 

 教室の時計の針が止まり、窓の外を飛んでいたカラスが空中で静止する。クラスメイトたちの表情も、醜い安堵や恐怖を浮かべたまま固定された。

 

 ただ、僕と如月だけが、その静止した時間の中で動くことができた。

 

「……何が起きたんだ?」

 

「書き換えが始まったのよ。君の『存在の維持』という願いを叶えるために、リソースの再分配が行われているわ」

 

 如月が指差した先――教室内で、異変が起きた。

 

 クラスメイトたちの背後に、淡い光を放つ「幻影」のようなものが現れ始めたのだ。

 

 例えば、教室の隅で震えていた大人しい女子、佐藤さんの背後には、彼女が数年後、有名なバイオリニストとして満員のホールで喝采を浴びている姿が浮かび上がっていた。

 

 スポーツ万能で人気者の田中くんの背後には、彼がプロ入りし、家族と共に日本一のトロフィーを掲げる未来が映し出されている。

 

 それらはどれも美しく、眩しいほどに輝いていた。

 

「あれは……?」

 

「彼らがこれから手にするはずだった『最高の未来』よ。……そう、これが『選べなかった未来を消す』というルールの真意」

 

 如月の声が、ナイフのように鋭く響く。

 

「君の命を今ここで守るためには、膨大なエネルギーが必要。そのエネルギーをどこから持ってくるか? 簡単なことよ。ここにいる54人の『これから手にするはずだった可能性』を燃料にして燃やすの」

 

 その瞬間、残酷な音が響いた。

 パリン、と。

 

 佐藤さんのバイオリンが、田中くんのトロフィーが、ガラス細工のように粉々に砕け散った。

 

 砕けた破片は黒い霧となり、僕のスマホへと吸い込まれていく。

 

「やめろ……。そんなこと、願ってない……!」

 

「いいえ、願ったわ。君が『自分を守れ』と願ったから、システムは最も効率的な燃料として、彼らの未来の枝を伐採した。……見てごらんなさい。彼らが失ったものを」

 

 時間が動き出した。

 

 悲鳴や怒号が上がるかと思った。

 だが、起きたのはもっと不気味な現象だった。

 

 佐藤さんは、自分のカバンの中にあったバイオリンの楽譜を、ゴミを見るような目で見つめ、そのまま破り捨てた。

「……なんでこんなもの持ってたんだろ。無駄なのに」

 

 田中くんは、先ほどまでの活力を失い、濁った目で床を見つめている。

「野球……? ああ、もういいや。どうせ俺、何やっても才能ないし」

 

 彼らは死んでいない。

 怪我もしていない。

 

 だが、彼らの中から「未来への希望」や「才能の芽」、そして「情熱」が、物理的に削ぎ落とされていた。

 

 彼らは、自分が何を失ったのかさえ気づいていない。

 ただ、心の芯を抜かれた抜け殻のように、空虚な表情で座っている。

 

「これが、君が救ったクラスメイトたちの成れ果てよ」

 

 如月が僕にスマホを突きつける。

 通知が更新されていた。

 

――

【書き換え完了】

競合する投票を無効化しました。

代償:周囲の全ユーザー(54名)の「最も輝かしい将来」の永久消去

――

 

 僕は、崩れ落ちるように膝をついた。

 

 彼らが僕を殺そうとした。だから、僕は彼らの未来を奪った。

 目には目を。命には命を。

 

 だが、この教室に漂う、死体安置所のような冷え切った絶望はどうだ。

 

 結城が、ふらふらと僕に近づいてきた。

 彼はさっきまで僕に向けていた安堵も、恐怖も、すべて忘れたような顔で言った。

 

「……なあ。俺さ、何のために生きてるんだっけ。なんか、全部どうでもよくなっちゃった」

 

 僕が救ったはずの彼の人生。

 その中から、彼を彼たらしめていた「輝き」が、僕の指先ひとつで消し飛ばされた。

 

 僕は、彼を救うたびに、彼を破壊している。

 

「地獄ね」

 

 如月が、冷たく笑った。

 

「でも、これで君もわかったはずよ。この世界を生き残るためには、誰かの『可能性』を殺し続けて、自分の居場所を確保するしかないってこと」

 

 彼女は窓の外を指差した。

 

 街の至る所で、同じことが起きているのだろう。

 空には巨大な穴が空き、そこから誰かの未来が煙となって吸い込まれていく。

 

 ふと、スマホの画面に新しい通知が届いた。

 それは、システムからの「報酬」のようにも見えた。

 

――

【特別ボーナス】

大量の未来を消費したため、権限レベルが上昇しました。

次回より、『死亡した人間の復元』が選択可能になります。

ただし、供出数は5名となります。

――

 

 吐き気が、口の中から溢れそうになった。

 

 誰かを殺して、誰かを生き返らせる。

 誰かの未来を燃やして、自分の今を繋ぎ止める。

 

 この30日間。

 世界は、巨大なシュレッダーになる。

 

 僕の手の中で、スマホが再び震えた。

 

 ピコン。

 

「……次、誰を消す?」

 

 如月の問いかけが、夜の帳が下り始めた教室に、残酷に響き渡った。

(第4話:完)

最後までお読みいただきありがとうございます。


殺してはいない。けれど、彼らの中から「最高の未来」を奪い、抜け殻に変えてしまった。 この「可能性の消去」という結果は、肉体的な死よりも残酷かもしれません。


「次、誰を消す?」


如月の問いかけが、ここから物語のステージをさらに引き上げていきます。


もし「この展開は予想外だった」「ゾクゾクする」と感じていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】と【評価】で応援をお願いします! あなたのポイントが、この地獄を書き進める力になります。

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