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第2話 「最初の欠落」

第2話をお読みいただきありがとうございます。


「救ったはずの相手が、自分を忘れている」


記憶を代償にした書き換えの、あまりにも残酷な結果から物語は動き出します。 この世界が提示する「対価」の正体。その一端を覗いてみてください。


 その夜、僕は一睡もできなかった。


 枕元に置いたスマホが、時折、生き物のように熱を帯びている気がしたからだ。  画面を点ければ、そこには依然としてあの通知が居座っている。


『あなたの選択は、他の全員の“選べなかった未来”を消します』


 呪いの言葉だ。


もし、誰かが「病気のない世界」を願えば。  その病気を克服して医学史に名を残すはずだった、誰かの未来が消える。


誰かが「大金持ちになりたい」と願えば。  汗水垂らして成功を掴むはずだった、誰かの人生がなかったことにされる。


 思考の泥沼の中で、朝を迎えた。


窓の外から聞こえるカラスの声が、いつもより耳障りに響く。  テレビの中では、アナウンサーが引きつった笑顔で、世界各地の「異常」を報じていた。


「――南米の砂漠地帯に、突如として巨大な森林が出現しました」 「――また、これと同時に、地中海の無人島が地図上から完全に消失……」


 始まったのだ、と思った。


誰かが、権利を使った。  砂漠に緑を。  その代償として、どこかの島が「選べなかった未来」として消し飛ばされた。


     *


 学校への道すがら、世界は奇妙な静寂と騒乱に包まれていた。


 昨日まで工事中だったビルが、一夜にして完成している。  通い慣れたパン屋の看板が、見たこともない色に変わっている。


何より恐ろしいのは。  すれ違う人々が、その「変化」を当たり前のように受け入れていることだった。


「あれ、あのビル昨日まで鉄骨剥き出しだったよな?」 「何言ってんだよ、一ヶ月前に完成してただろ。寝ぼけてんのか?」


 記憶が書き換えられている。  あるいは、書き換わった世界に合わせて「整合性」が取られているのだ。


教室に入ると、空気はさらに刺々しくなっていた。


「……消えたんだよ、俺のバイクが」


 昨日、宝くじを当てると笑っていた結城が、青白い顔で震えていた。


「駐車場に行ったらさ、跡形もねえんだ。親父に聞いても、『お前、バイクなんて持ってなかっただろ』って笑われるだけで……」


「誰かが書き換えたんだよ」


 窓際で、如月琴葉が冷たく言い放った。  彼女は昨日と同じ、冷徹なまでに静かな瞳でスマホを見つめている。


「誰かが『暴走族を消したい』とか『事故のない世界にしたい』とか願った。その結果、あなたのバイクがあった未来が消去された。それだけのことよ」


 結城は絶句し、机を強く叩いた。


「ふざけんなよ! なんで他人の勝手な願いで、俺の宝物が消されなきゃいけないんだ!」


「それが、このシステムのルールだから」


 如月は僕に視線を向けた。  その瞳の奥に、微かな揺らぎが見えた気がした。


「……ねえ、君。君はまだ、使ってないんでしょ?」


「ああ……。怖くて、触れることもできない」


「正解よ。でも、長くは持たないわ」


 彼女は静かに宣告する。


「世界がこれだけ激しく書き換えられれば、いつか『君の存在そのもの』が、誰かの未来のために消される日が来るかもしれない」


 背筋に冷たいものが走った。  選ばなければ、誰かに「選ばれなかった」ことにされてしまう。


放課後。旧校舎の屋上。  錆びついたフェンスの向こう側で、夕日が街を赤黒く染めていた。


「単刀直入に言うわ」


 如月はスマホの画面を僕に見せた。  そこには、僕のスマホにはない「詳細」が表示されていた。


『現在、書き換えられた事象:4,821,093件』


 数字が、秒単位で増え続けている。  世界中で、凄まじい勢いで「未来」が収奪されているのだ。


「私ね、この権利の『正体』を知っているかもしれない」


「……正体?」


「これ、ただの魔法じゃないわ。もっと、機械的で、冷酷なもの」


 如月は淡々と言った。


「世界という名の巨大なサーバーの、リソースの再分配なのよ。私たちが使える『書き換え』には上限がある。そして、その上限に達した時、この世界は――」


 その時だった。


 空の色が、一瞬で「反転」した。


 夕焼けの赤が、深い紫へと変色する。  校舎の下から、叫び声が上がった。


見下ろすと、校庭の一部が「砂」のように崩れ落ち、虚無の穴が広がっていた。


「誰か……誰かが、とんでもないことを願った……!」


 スマホが狂ったように震える。  通知が、上書きされた。


―― 【警告】 領域の競合が発生しました。 あなたの“大切な誰か”が、他者の願いによって消去対象に選ばれました。


阻止の代償:あなたの『最も古い記憶』の消去 ――


 心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。  画面には、一人の顔が表示されている。


 結城颯太。  僕の、唯一の親友。


「……結城が、消える?」


「君の記憶と引き換えに、彼を救うか。それとも、彼を見捨てて権利を温存するか」


 如月の声が、遠くで響く。


「選んで。選ばないことも、一つの選択よ」


 結城との記憶が脳裏をよぎる。  泥だらけになって遊んだこと。  コンビニの裏で安っぽいコーラを飲みながら、失恋を慰め合ったこと。


 それを消せば、僕は彼を救える。  でも、救った後の僕は、彼を「親友」だと認識できない。


 画面の中の結城の顔が、ノイズのように歪み始める。


世界中で、誰かが勝手に選んでいる。 「俺が幸せになればいい」「嫌いな奴が消えればいい」。  その身勝手な指先が、今、僕の親友を押し潰そうとしている。


「……こんなの、選べるわけないだろ」


 でも、指は動いていた。  僕は、画面を強く叩いた。


 その瞬間、世界から音が消えた。


 真っ白な光。脳の奥底が焼かれるような激痛。  大事なものが、ボロボロと剥がれ落ちていく。


母親の顔。初めて歩いた日のこと。幼い頃の空の色。  それらが一つずつ、真っ黒なインクに塗りつぶされていく。


 ……。  ……。


 光が収まった時、僕はコンクリートの上に膝をついていた。


 激しい目眩。  涙が止まらない。  でも、なぜ泣いているのかが、もうわからない。


「……終わったわね」


 如月が、僕の肩に手を置いた。


僕は校庭を見下ろした。  そこには、虚無の穴の縁で呆然と立ち尽くしている男子生徒の姿があった。


 彼は助かった。  でも、僕には彼との思い出が一つもない。  名前は連絡先を見ればわかる。でも、心がそれを拒絶している。


「君は、世界を守ったんじゃない」


 如月の言葉が、突き刺さる。


「……自分の権利を一つ、ゴミ箱に捨てただけよ」


 言われるがまま、スマホの画面を見た。


―― 権利使用:1回 残り回数:――


使用条件が変更されました。 『次回以降の書き換えには、生身の人間一名の供出が必要です』 ――


 吐き気がした。


街のあちこちで、再び明かりが灯り始める。  まるで何事もなかったかのように。


 誰かが権利を使い、誰かの未来が消え、誰かが代償を差し出す。  その連鎖が、この星の新しい呼吸なのだ。


「如月……君は、何を差し出したんだ?」


 彼女は沈む夕日に顔を向けたまま、悲しそうに、でも清々しそうに笑った。


「……私はね、一足先に『感情』を半分だけ消したわ」


 じゃないと、こんな世界、正気で見ていられないもの。


あと29日。  僕らは選べない。


 でも、この残酷な遊戯のプレイヤーとして、僕は登録されてしまった。


 ポケットの中で、スマホが再び震えた。


 ピコン。


 その音が、死刑宣告の鐘のように、静かな夜の街に響き渡った。

ご一読ありがとうございました。


結城を救ったはずが、彼の中の「僕」はもう存在しない。 感謝されることもなく、ただ知識として名前だけを知っている「他人」になった瞬間、主人公は何を思ったのでしょうか。


そして次話、世界のルールはさらなる「最悪」へと更新されます。


もし少しでも「ゾクッとした」「続きが読みたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価(☆☆☆☆☆)をいただけると非常に嬉しいです!

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