第95話 学園祭
新学期になり、ルクスたちは久々に学園で授業を受けた。
そして、夕方のホームルームの時間になる。
「初日に早速なんだが、来月の学園祭に向けてクラスで何の出し物をするか決めて行きたいと思う。ということで、はい、クラス委員長、何か意見はあるかな?」
クラス委員長を務めるのは、眼鏡がトレードマークの真面目そうな少年──伯爵令息のブルーノ・フォン・プリンツェンツィングという。ちょっと、舌を噛みそうな苗字だ。彼の父であるプリンツェンツィング伯爵は宮廷で侍従長を務めている。宮廷貴族とも言えるだろう。
アルヒ王国での侍従長は、ルクスの前世の世界の中世ヨーロッパと似ている。
侍従長は王室の家令であり、王室に割り当てられた予算を管理している王室府における重要な官職の一つで、他の上級職の指名に関する助言や、王室府内の様々な部署を監督している。
侍従長は必ず白い杖を帯びているが、これは『戒めの杖』と呼ばれていて、延臣を戒め、秩序を保つために使われる。
ちなみに、王室府は家政と儀礼に部署が分かれていて、様々な人々が所属している。
侍従長は意外に偉い役職なんだよな、とルクスが思っていると、ブルーノは前に出て、黒板に何やら記載していった。
ブルーノが記載した言葉は……『女装メイドカフェ』だった。
「『メイドカフェ』は古の勇者がいつか作りたいと願っていたと言われるお店のことです。三百年程前からその遺志を継いだ者たちが王都や各都市にメイドカフェを開いています。普通のメイドカフェをこの学園祭で披露しても一定の人気は得られるでしょう。しかし、皆さん、それで良いのですか?捻りがないメイドカフェで良いのでしょうか?いいえ、良くありません。私は断固として普通を拒否します。そして、私はこの女装メイドカフェを推して参ります!」
オタクが推しを語るときのような熱量を持って、ブルーノは語った。
クラスメイトたちは紳士淑女の仮面を被ったまま、困惑していた。
そこに、一人の女子生徒……こちらは眼鏡と三つ編みのおさげがトレードマークの侯爵令嬢コルネリア・フォン・ザイツィンガー=ジーゲルトが、黒板に近寄ってきた。
ちなみに、ジーゲルト侯爵は王都にほど近い東側の領土を持つ裕福な家柄だ。
「素晴らしいですわ!プリンツェンツィング卿。わたくし感服いたしました。ですが、ここに一つ加えてもよろしくて?」
「え、ええ」
コルネリアはおっとり微笑んで女装メイドカフェの下に、『男装執事カフェ』を加えた。
「わたしく、百年前から淑女に人気がある執事カフェに行ってみたことがありますの。けれど、萌えがありませんでした。何が萌えないのか考えておりましたけど、答えが出ておりませんでした……ですが、今日、プリンツェンツィング卿が『女装メイドカフェ』と黒板に書かれた瞬間、稲妻が走りました……それは、『男装執事カフェ』の天啓でしたの。これならば、きっと萌える……と」
「ジーゲルト嬢……」
ブルーノとコルネリアはがっしり、と握手していた。
「わたくし、プリンツェンツィング卿とは話が合いそうですわ」
「私もです、ジーゲルト嬢」
担任であるカルロスは苦笑しつつ、手を叩いた。
「じゃあ、皆、出し物は『女装メイド&男装執事カフェ』で良いかな?反対する者は別の案を出して欲しい」
皆、ポーカーフェイスのまま、考えていたが、良い案は思い浮かばなかった。良い案が思い浮かんでも、あの二人の熱量に勝てるとは思えないS組の生徒たちだった。
「あー、意見が出ないようなので、S組の出し物は『女装メイド&男装執事カフェ』で決定とする」
「やりましたわ!プリンツェンツィング卿!」
「ああ!やったな!ジーゲルト嬢」
二人は抱き合って喜びを分かち合ったが、正気に戻って、すぐに離れた。二人とも真っ赤になっている。
(おー、青春だー。……しかし、『女装メイド&男装執事カフェ』か……俺も女装しなきゃいけないのかなぁ)
ルクスは抵抗を感じつつ、黒板の文字を眺めていた。
国月(十月に相当)二十日。学園祭が開幕した。
学園祭には、学生の保護者や親類が招待されるが、基本は誰でも入れる。貴族街に入れる者(身元確認がされた者)しか参加でいないので、安全性は高いが、なにかあったときの為に第一騎士団の治安部隊が派遣されるように毎年なっている。
ルクスたち一年S組の様子はといえば。
「「きゃー!すっごく可愛いわ~!!」」
という女子生徒たちの黄色い悲鳴が響いていた。
その悲鳴の中心には、女装した男子たちの姿があった。
男子たちは様々な種類のメイド服を纏っている。メイド服を生徒たちの家から借りたためだ。
男子たちはまだ成長期が来ていない者ばかりだったのが功を奏して、皆可愛らしいメイドになった。貴族なので見目麗しい者が多いということも良かったかもしれない。
男子たちは女子たちの黄色い声を浴びて悲し気な表情を浮かべている者が多い。ブルーノは自分以外の男子の女装姿や女子の男装姿を魔導カメラで撮って大興奮していた。コルネリアも同じことをしている。
「まあ!ルカ君、とても可愛いです」
ルクスを見つけたラエティティアは声を掛けた。
「ティア……ティアはとても凛々しい姿だね」
ルクスは死んだ魚のような目をしている。
「そうですか?私、ズボンを履くのは初めてなのですが、執事の服を着れるなんて、なんだかいけないようなことをしているようで……とってもワクワクします!」
「ティア……ティアが嬉しそうで、俺も嬉しいよ」
はは、とルクスは乾いた笑いを溢した。精神的ダメージが強かったようだ。
それもそのはず、メイド服を纏い、赤髪のウィッグを被り、薄化粧が施されたルクスはどこからどう見ても可愛らしく美しいメイドにしか見えなかったからだった。
ちなみに、ティアは長い髪をポニーテールにし、きりりとした顔になるよう、薄く化粧が施されていて、カッコいい執事になっている。
彼ら──女装メイドと男装執事は裏方に回る者とホールに出る者で分かれ、ローテーションで役割が変わるようになっている。
ルクスはホールに出るときに知り合いに会わないよう、祈るばかりだった。
見覚えのある姿を発見して、ルクスは咄嗟に隠れる場所を探したが、ホールには隠れられそうな場所はない。というか、隠れたら奇異の目で見られるのは間違いない。
作業部屋に入ることも考えたが、今はホール担当なので、作業部屋に入ったら追い返されるだろう。
「ここだな」
入ってきたのは、ベネディクトゥスとヘレナ、ヴォルフ、アデリナと自由気ままの五人が入ってきた。
皆、最近できあがったクランバッジを身につけている。金色に輝くバッジを身につけた彼らはどこか誇らしい顔をしている。
そんな彼らを、ルクスは諦めて出迎えた。
「いらっしゃいませ」
「「ルクス君(様)?」」
ベネディクトゥスたちは驚いた様子でルクスを見ていた。
真っ先に正気に戻ったベネディクトゥスは、ルクスを褒め称えた。
「ルクス様、とても似合われております。女性にしか見えず、驚きました。可愛らしいですね」
ベネディクトゥスの邪気のない感想は、ルクスにグサグサっと刺さった。
ルクスの笑みは引き攣る。
「ぶっはーー!」
吹き出して笑い出したのは、自由気ままの斥候イルマだった。
「イ、イルマさん、笑っちゃいけませんよ……笑っちゃ……ふふふ」
笑いを抑えていた神官リーザも笑い出した。
「ふ、二人とも、笑ったらルクスが可哀想……ぶふっ」
魔法使いのベルタも笑う。
「驚いた……ルクスとは思えないくらい別嬪さんだな。元々美少年だからか?」
騎士エドウィンは感心したように言った。
「ああ、普通の女性よりも綺麗なんじゃないか?」
剣士ギュンターも感心したような様子だ。
「うん、そう言われても全然嬉しくないね。俺、男だから」
「そりゃそうだな」
「だろうな」
エドウィンとギュンターは、女装しているルクスを同じ男として哀れに思った。
後ろの方でヘレナがルクスにドレスを着てほしいと思ったとき、ルクスは悪寒を感じた。
「とりあえず、皆、席に座って注文して」
「「はーい」」
「何にする?」とか「これ美味しそう」とか女性陣はきゃいきゃいしている。
男性陣は真面目にメニューを見て選んでいた。
ちなみに、メニューにはドリンクサンドやサンドイッチなどの軽食、スイーツが記載されている。
サンドイッチやスイーツは王都に住む生徒がそれぞれの家から持参したものだ。地方から上京してきた生徒で、タウンハウスがない者は、集まって調理室でクッキーを作った。
冷たいドリンクはあらかじめ作ってあり、温かいドリンクは注文されたら作ることになっている。
現在、十五時くらいなので、おやつの時間だ。
男性陣はあまり甘くなさそうなクッキーを頼み、女性陣はケーキを頼んだ。
クッキーもケーキもすぐに出てきた。
「うん、美味しいわ」
レアチーズケーキを頼んだリーザは一口味わい、微笑んだ。
「りんご、美味しい」
アポーパイを頼んだベルタは満足げだ。
「うーん、チョコが濃厚で美味しいわ!」
イルマはご満悦のようだ。
ヘレナとアデリナもやってきたケーキを味わい和やかに談話している。
男性陣は程よい硬さのクッキーを味わって冷たい紅茶で喉を潤した。
男装しているラエティティアは、といえば、休憩時間なので校内の出し物を見て回っていた。
中庭の中心近い場所に人だかりができていることに気付いたラエティティアは、なにが起こっているのか見に行った。
人だかりの中心にはステージがあり、そのステージの上で腕相撲が行われていた。
筋骨隆々とした男が次々と相手を打ち負かしている。
周りの人々の話では筋骨隆々とした男はこの企画の主催者側の者のようだ。
おそらくレベルも普通の人よりは高いのだろう。
ラエティティアはちょっとムカついた。
「次の挑戦者は誰だー!?」
「はい」
ラエティティアは手を挙げてステージに上がった。
「えーっと、男の子かな?」
「いえ、男装執事役をしている女子生徒です」
「あー、出し物でそういう格好をしてるんだね?でも、女の子なら止めておいたほうが……」
「私は私に金貨一枚を掛けます」
「えっと、掛け金は勝った人に渡されることになるんだよ?大丈夫かな?」
「問題ありません」
「一応、お名前を……」
「ラエティティアと申します」
ラエティティアは椅子に座って、右腕を机の上に置き、腕相撲の構えをした。
「さっさと初めましょう」
「あ、はい。では、マックス氏、お願いします」
マックスと呼ばれた筋骨隆々の男も椅子に座った。そして、腕相撲すべく、ラエティティアの手を握った。
「よーい、始め!」
ばきぃ!という音が響いた。
ラエティティアがマックスの腕を机にめり込ませた音だった。
「いてぇ!!」
マックスは涙を目に浮かべ、痛がっていた。
「あら、ごめんなさい。【水の治癒】」
水の治癒は水属性中級魔法だ。
マックスが怪我をした右腕に水が集まって治癒された。
「私と戦いたい方はいらっしゃいます?」
ラエティティアの言葉に会場はしん、と静まり返った。
「しょ、勝者はアルヒ学園のラエティティアさんです!!」
わぁあ!と会場に歓声が響いた。
勝者であるラエティティアは今までの賭け金である金貨三枚ほどのお金を貰い、会場を後にした。




