第88話 婚約しよう、そうしよう
光月(三月に相当)十日。
昼過ぎにルクスは酒好き鍛冶屋にいた。ある依頼をするためだ。
「クランの紋章が描かれたバッジを作って欲しいんです」
ルクスは鍛冶屋のドニにそう言った。
紋章の写しは以前、ドニが描いて手元にあるので、バッジに紋章を刻むことは朝飯前だろう。
「バッジなぁ、大きさはどれくらいにする?」
「二cmくらいが良いです」
ルクスは前世の記憶にあるピンバッジを思い、そう言った。
「普通のバッジは五cmくらいだぞ」
小さなバッジを作るには技術が必要だ。五cmくらいの方が人の手で作りやすいのだろう。
「んーじゃあ、五cmで」
「何個作ればいい?」
「とりあえず百個でお願いします。素材は純金にして欲しいので、この金の延べ棒を使ってください。手間賃は大金貨一枚で良いですか?」
金の延べ棒を三本、ルクスはドニに渡した。
「素材持ち込みだから、手間賃は金貨一枚で良い」
「……分かりました」
ルクスは不満そうな顔で金貨一枚を渡す。
「なんで安くなってるのに、不満そうなんだよ……変な坊主だな」
「職人さんには、良い仕事をしてもらうために沢山お金を貰って欲しいです」
「金が余計にあると酒をたくさん買っちまうかもしれねぇぞ?」
「それは、困りますね」
「がはは」
ルクスとドニは笑い合った。
屋敷に戻ったルクスはある人を探して談話室にやってきた。
目的の人物は談話室で読書に集中している。
ルクスはそっと近づき、その人物の隣に座った。
「?ルクス君」
「やあ、ラエティティア」
ルクスが探していた人物はラエティティアだった。
「何かご用でしょうか?」
「うーんと、もし、時間があれば一緒に散歩に行きたいな、って思ってさ。良いかな?」
「まあ!勿論です。お供させてください」
ルクスとラエティティアは外套を纏って外に出た。
春が近くなってきた季節だが、まだまだ寒さは残っている。
「寒いですね……」
「うん、その、はぐれないようにするために手を繋ごうか」
「!……はい」
ラエティティアは差し出されたルクスの手におずおずと自身の手を重ねた。
「行こう」
「はい」
二人は恥ずかしいのか、口数少なく、街を歩いた。
市民街にやってきた二人は時計台に上ることにした。
展望階に上った二人は景色を楽しんだ。
「なんだか、建国祭のときのことを思い出しました」
「俺も……なあ、ラエティティア」
「?」
ルクスはいつかのようにラエティティアの前に跪いて、いつかとは違い、その目をまっすぐ見た。
「ラエティティア……、俺は貴女のことが好きです。……愛しています。どうか、婚約してくれませんか?」
ラエティティアは目を瞠り、微笑んだ。その瞳には涙が浮かんでいる。
「ルクス君……、私もルクス君のこと大好きですし、愛しています。婚約、お受けしますわ」
「!!ありがとう、ラエティティア」
ルクスは思わず立ち上がってラエティティアを抱きしめた。
「ル、ルルルクス君」
「なあに?ラエティティア?」
「心臓が壊れそうです」
「!ごめん」
ルクスはラエティティアを解放した。
「そうだ。ラエティティアに渡したいものがあるんだ」
「なんでしょう?」
「これを」
魔石が嵌め込まれた白い木の指輪だ。いつかルクスがヒルネ村で貰った指輪の片割れを改造したものだ。
【白檀の指輪・改】
聖なる白檀の木の枝から削り出された指輪に魔石を嵌め込んで魔法陣を付与したもの。
邪なる者を寄せ付けない効果と運が良くなる効果がある。
サイズ調節の魔法陣が付与されている。
ルクスは白檀の指輪をラエティティアの右手の薬指に嵌めた。そして、ルクスは自分の右手の薬指に改造した黒檀の指輪を嵌めた。
「ルクス君、右手の薬指に嵌めるのは、何か意味があるんでしょうか?」
「うん、遠い異国では婚約者がいるっていう意味になるんだよ」
前世の世界での話だが。
「まあ、そうなのですね」
ラエティティアは納得したように頷き、嬉しそうに右手の薬指に嵌められた指輪に触れた。
「これが、ルクス君の婚約者の証……なんだか、嬉しいです」
花が綻ぶように微笑んだラエティティアを今すぐ抱きしめたい衝動に駆られたルクスは何とか我慢した。
「そうだ、ラエティティアを愛称で呼びたいんだけど、なんて呼べばいいかな?」
「まあ、でしたら、私もルクス君のことを愛称で呼びたいです。……どうお呼びすれば良いんでしょうね?」
「じゃあ、俺はラエティティアのことティアって呼ぶよ。二つ隣の国では涙のことをティアって言うらしい。涙は綺麗なイメージがあるからラエティティアに合ってると思うんだ」
「恐れ入りますわ……でも、素敵です。そう呼んでいただけたら、嬉しいです」
「うん、じゃあ、これからはティアって呼ぶね」
「はい……ルクス様のことは……」
「ルーで良いんじゃないかな?」
「……折角ですし、二つ隣の国の言葉で『光』を意味する言葉、ルカはいかがですか?」
「おお、良いんじゃないかな?」
「では、ルカ君、これからよろしくお願いします」
「うん、ティア、よろしくね」
二人は手を繋いで仲良く時計台から降りた。
もし、困難が訪れても、二人なら乗り越えられる、そんな漠然とした確信を抱いて。
帰宅後、婚約の件を知ったベネディクトゥスに号泣されてルクスが途方に暮れることになるのだが、今はまだ知らない。
美月(四月に相当)一日。今日は新年幕開けの最初の日。
日本では元日という。勿論、日本人であった勇者が建国したこのアルヒ王国でも元日という。
早朝に起きた職人街の屋敷に住まう者たち(ルクス含む)は、初日の出を拝んでから朝食を食べた。
今日から年始ということで、クラン【自由の翼】は美月五日までお休みになっている。
皆、思い思いの場所で寛いだり、趣味を謳歌したり、読書を楽しんだりしている。
ルクスはラエティティアと共に談話室でくっついて座り、読書を楽しんでいた。
「じーー」
クラーラがそんな二人を見ていた。
「……クラーラちゃん?」
ラエティティアはその視線が気になり、クラーラに声を掛けた。
「二人は付き合うことになったの?」
「……直球だな」
ルクスが固まったラエティティアに代わって応えた。
「それで?」
「ああ、付き合うというか、婚約者になった」
「ひゅー。おめでとう」
「ありがとう」
クラーラは隣に座るアランを見上げた。
「アラン、私もアランと婚約したい」
「ぶはっ!ごほっごほっ……クラーラ、えっと」
飲み物を喉に詰まらせそうになったアランは咳き込み、落ち着くと、視線を彷徨わせた。
「仕方ない。……アラン、私と婚約しよう」
クラーラは立ち上がって、アランに手を差し伸べた。
「あ、はい……」
アランはクラーラの手を取って立ち上がり、了承した。
「やった!」
クラーラはアランに抱き着いて喜びを露わにした。
アランは目を白黒させている。
「……っ!」
内容をやっと理解したアランは真っ赤になって気絶した。クラーラの腕の中で。
「もう、アランってば……恥ずかしがり屋すぎるよ」
クラーラはアランをソファーに寝かせた。
「いや、恥ずかしがり屋っていうか、恋愛耐性が低いのでは……」
その場にいたバートは幼馴染を哀れに思いつつ、ツッコミを入れた。
最近、とある哲学書の言葉に感銘を受けたバートは、哲学書を書いた哲学者を尊敬していて、その哲学者のようになりたいと本を読み漁っている。
その影響か、心に余裕ができているようで、目の前でいちゃいちゃされても、そこまで悔しがらなくなったのだ。
「恋愛耐性……状態異常耐性みたいな?」
クラーラが首を傾げた。
「うーん、まあ、僕も相応しい言葉が思いつかなくて勝手にそう言ったんだけど……どうなんだろうね?」
「俺はバートの言葉が一番相応しいと思うよ」
ルクスはそう言って、ラエティティアの肩を抱いた。
「俺は恋愛耐性がまだ高い方みたいだから、ティアとくっつけるのは嬉しい。どきどきはするけどね」
「ルカ君……」
ラエティティアは嬉しそうにルクスの肩に頭を乗せた。
「なるほど……いつかアランも平気になるかな?」
「恋愛耐性を鍛えれば?」
「もっとくっつけば良いということだね。分かった」
クラーラはアランが横たわっているソファーに腰掛けて、アランの手を握った。
(やっぱり悔しい……いつか、僕にも彼女できるかな……)
バートは悔し涙を溢さないように、上を見上げて、未来に思いを馳せたのだった。
愛称……本当はルークとティアにしたかったのですが、
テイル〇オブジ〇ビスのパクリになるかなと思って止めました。
タイトルの「婚約しよう、そうしよう」は、花一匁の関東バージョン「相談しよう、そうしよう」を真似て付けました〜




