第8話 タバサおばさんの自家製アポージュース
表通りを北の方に向かって歩く。
王都にはいくつもの道が張り巡らされているが、表通りと呼ばれる大通りは四つしかない。
王都を十字の形で通っており、北が北表通り、南が南表通り、西が西表通り、東が東表通りという。
王都は道によって、街区が区切られている。
北表通りの西は北西区、東は北東区。
南表通りの西は南西区、東は南東区だ。
北西区は別名、職人街と呼ばれ、職人が多くいる。
北東区は別名、冒険者街と呼ばれ、冒険者が多くいる。これは、王都の外、北東方面にあるダンジョンに近いからだ。
南西区は市民街と呼ばれ、住宅街が広がる。
南東区は商人街と呼ばれ、多くの店舗が軒を連ねている。
因みに、中央の王城と貴族が住まう屋敷がある貴族街は城壁で隔てられており、一般人は立ち入ることができない。
ルクスがいるのは、中央の王城と貴族街の城壁前にある噴水広場近くの南表通りだ。
これからルクスが向かいたいのは、北西区つまりは職人街だ。
この職人街には、一流の鍛冶師がいる。
ルクスはその鍛冶師に依頼したいことがあった。
城壁の周りに張り巡らされた道を歩いて、ルクスは北表通りに向かう。
道行くエルフや獣人に内心興奮しつつ、北表通りにある、金色の剣が飾られた店の看板を鑑定した。
【ショボーイ武器屋の看板】
ルクスはショボーイ武器屋をスルーして、その横にある裏路地に入っていった。
因みに、ショボーイ武器屋は見た目は良いが、性能が最悪で、Sefirot Chronicleではトラップ武器屋とか、詐欺武器屋とか色々な悪名で知られていた。
店名からして、何かあると疑るべきだが、店名すら見ずに武器を買うプレイヤーが多かったので、被害者は結構な人数がいる。
ルクスは店名を見ているタイプのプレイヤーだったので、引っ掛からなかったが。
路地裏の少し奥に開けた場所がある。
そこには、一本の木があった。
木の下には、少女がおり、木の上の方へ必死に手を伸ばしている。
「どうしたのかな?」
ルクスは少女に話しかけた。
ルクスよりも年下の背の低い少女は涙目でルクスを見上げた。
「ミルちゃんが木の上から降りれなくなったの」
ルクスが木の上を見上げると、三毛猫が木の上で怯えたように震えている。この三毛猫がミルだろう。
「ちょっと、待っててね」
ルクスはするすると木登りし、あっという間にミルの元にやってきて、ミルを抱えた。
そして、するすると降りて、少女にミルを渡した。
「ありがとう!お兄ちゃん!……ちょっと待って」
少女は近くの家に入って、何かを持って戻ってきた。
「これ、どうぞ」
少女は飲み物が入った大きな瓶をルクスに渡した。
「これは?」
「アポーで作ったジュースだよ」
「君が作ったの?」
「ううん、お母さん」
「そうか、ありがとう」
「こちらこそ、ミルちゃんを助けてくれて、本当にありがとう!」
じゃあね、と言って少女は家に入った。
ルクスはジュースを鑑定した。
【自家製アポージュース】
タバサおばさんが作った自家製アポージュース。
とても美味しい。二日酔いに効く。
「……行くか」
欲しかったアイテムを手に入れたルクスは路地裏の更に奥に向かった。
クリーム色っぽい壁の家にやってきたルクスは、小さな木の看板を鑑定した。
【酒好き鍛冶屋の看板】
鑑定で確認し、この店だと思ったルクスは、中に入った。
「失礼します……」
中はむわっと酒の臭いが充満している。
ルクスは扉を開けたままにして中に入ると、近くの窓も開けた。
床には空になった酒瓶が幾つか転がっている。
部屋の中央にある作業台の横の椅子で、ひっくり返るようにしていびきを掻いているのはもさもさした髭を生やしたドワーフだった。
ルクスはドワーフを鑑定する。
【ドニ】
酒好き鍛冶屋の店主
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彼が一流のドワーフ鍛冶師だ。
酒好き過ぎるのが玉に瑕だが、腕は良い。
(さて、起きてくれるかな?)
ルクスはドニを揺する。
「ドニさーん、もうお昼過ぎてますよ〜」
揺らしながら声を掛けるとドニの眉間にシワが寄る。二日酔いで頭痛がしているのかもしれない。
「タバサおばさんのアポージュース持ってきましたよ〜」
「……ああ」
ドニはひっくり返っていたが、ゆっくりと身を起こし、座り直した。
そして、右手をルクスの方に差し出した。
ルクスはその右手に蓋を取ったアポージュースを載せた。
ドニはアポージュースをごくごく飲んでいく。
「かぁ!タバサさんのアポージュースは本当に二日酔いに効くな」
ドニはスッキリとした顔になり、立ち上がった。
自家製アポージュースの効果が凄い。
「ん?誰だ、お前」
「ルクスと言います。依頼があって来ました」
「ふむ、どんな依頼だ?」
「これを鍛えて欲しいんです」
ルークは予めアイテムボックスからアイテムポーチに移しておいた物を取り出した。
【無銘の剣】
無銘の鉄剣。性能は普通。
【小妖精の鱗粉】
小妖精の鱗粉。不思議な力が宿っている。
この無銘の剣と小妖精の鱗粉は、アルヒ遺跡で入手した物だ。小妖精の鱗粉は普通、錬金術で使うことが多い。
ルークは無銘の剣に小妖精の鱗粉が入った袋を添えてドニに言う。
「この剣に小妖精の鱗粉を付けて、鍛えなおしていただけますか?」
「小妖精の鱗粉?んなもん付けて鍛えなおすのか?」
「お願いします」
ルクスの熱意のこもった眼差しに何かを感じたドニは頷いた。
「……分かった。やってみよう」
ドニは火床に火を付けて、コークスを燃やし、しばらく待つ。
無銘の剣に満遍なく小妖精の鱗粉を付け、火床で熱する。
十分に熱せられた無銘の剣をドニは金槌で鍛える。
繰り返し鍛えた所で、ドニは剣を水に入れ、暫くしてから引き上げる。
「ま、こんなもんだな。……なんかこの剣光ってねぇか?小妖精の鱗粉入れたからか?」
「ありがとうございます。そういう剣なんです」
ルクスはドニに渡された淡い金色の光を帯びた剣を鑑定した。
【小妖精の剣】
小妖精の力を持つ剣。
ルクスは満足げな表情で頷いた。
(ゲームと同じ結果になって良かった)
と思いつつ。
Sefirot Chronicleでは、武器強化に様々な素材を選択して、強化素材にすることができた。
強化に適している素材ではない素材を強化素材にすると失敗することが多いが。
強化に適している素材は魔石で、普通は魔石だけ使うプレイヤーが多かった。
けれど、希少な素材やら、ゴミのような素材まで強化に使えるので、一部のクレイジーなプレイヤーが様々な武器に様々な素材を湯水の如く使って、成功例をゲームの掲示板に載せたことで、多くのプレイヤーが強化の沼に嵌っていくことになる。
あの素材をこの剣に使ってはどうか、とか、プレイヤーたちは交流しながら、試行錯誤して成功例を増やしていった。
やがて、成功例は強化レシピと呼ばれるようになり、多くのプレイヤーたちは強化レシピを掲示板に載せていった。
Sefirot Chronicleガチ勢だったルクスの頭には、この強化レシピが入っている。
無銘の剣を小妖精の鱗粉で強化して小妖精の剣ができることも知っていたが、実際にできあがるまで不安だったので、できあがってルクスはほっとしていた。
「本当にありがとうございました、ドニさん、お代はいくらですか?」
「ふむ、鍛えただけだからな、お前さんが払えそうな金額でいい」
「じゃあ、これで」
ルクスは古代金貨一枚をドニに渡した。
「んなっ!?これは古代金貨じゃないか?こんな高価なものは受け取れねぇよ」
「えっと、これからご迷惑をお掛けすると思うので、迷惑料だと思っていただけると」
「迷惑?」
「たくさん、本当にたくさん鍛えて貰うことになるので」
「ふっ、まあ、受け取れと言うなら受け取ってやる。返せと言われても返さないからな」
「大丈夫です」
「……お前、変なやつってよく言われるんじゃないか?」
「いいえ、今のところドニさんにしか言われてませんが」
「周りのやつも変なやつが多いんだな」
「違いますが。……まあ、良いです。では、もう日が暮れてきたので、俺は失礼します」
「おう。気を付けてな」
「ありがとうございます」
ルクスは酒好き鍛冶屋から出て表通りに戻ってきた。
空は日が暮れ始めて淡いオレンジ色に染まっている。
ルクスは夕空を眺めつつ、宿屋への道を歩いた。




