第77話 ライセンス契約
礎月二十九日十時前。
ルクスは厚着し、温かい外套を羽織って商人ギルドに入った。
和紙と鉛筆のライセンス契約を締結するためだ。
応接室に通されたルクスは先に来ていた二つの商会の代表者と対面することとなる。
「おお、貴方があの素晴らしい和紙と鉛筆を作った方ですか!いやはやお若い!」
立ち上がってルクスを出迎えたのは、明るい茶髪のイケメンだった。
「まずは名乗らねばなりませんね、私はバッハ商会副商会長アーベル・バーナーと申します。よろしくお願いします」
イケメン──アーベルはそう言ってルクスに手を差し伸べた。
「ルクスと申します。よろしくお願いします」
ルクスはアーベルの手を握った。
部屋のソファーに座っていた茶髪の厳つい男が立ち上がって、ルクスに人懐っこそうな笑みを向けた。
「私はベッシュ商会の商会長ヘルムート・ベッシュです。よろしくお願いします」
そう言って、ルクスに手を差し伸べたヘルムート。
「よろしくお願いします」
ルクスはその手を取って、握手した。
「失礼します。皆様、お揃いになられましたね……どうぞ、お掛けになってください」
扉をノックして入ってきたのは特許部部長のディーター・バルテルだった。
「ありがとうございます」
ルクスたちはソファーに腰掛けた。
ディーターは書類を机の上に置いて、ソファーに座った。
「では、始めさせていただきます。まず、契約書をご覧いただき、サインをいただきます」
「「はい」」
ディーターは一枚の契約書をルクスに渡した。ルクスは目を通すと、隣に座ったアーベルに渡した。
「質問しても良いですか?」
「なんでしょう、バーナー様」
「契約開始日は本日からとなっていますが、本日から和紙や鉛筆を生産し、売買することができるという認識でよろしいでしょうか?」
「はい、その通りです」
「そして、我々は売上の一割をルクス殿にお渡しする。そして、何も問題がなければ、この契約は特許権が切れる二十年後まで続くと……本当に我らの商会のみで販売させていただいてよろしいので?使用料も一割だけでは少ないのではないですか?」
アーベルはルクスに問う。
「えっと、商会に関してはディーターさんが厳選してくれましたから、俺はディーターさんを信じてます。それと、使用料は一割で大丈夫です」
「確かに、一般的なライセンスの使用料は一割です。しかし、このライセンス……いいえ、和紙と鉛筆は絶対に当たります。相当売れます。それも爆発的に。今なら変えることもできますよ?」
「大鳥取るとて小鳥も取り損なう、と言いますから」
欲張り過ぎて無理をし過ぎると、結局何も得られずに全て失ってしまうという意味のことわざだ。
「ふふ、賢いお方だ」
黙って聞いていたヘルムートがそう言って笑った。
「バーナー殿の商会は大きい商会でしょう。もし、ルクス殿との契約で使用料が二割取られていたとするならば、面白く思わない者も出てくる筈。それを見越してのことだろう」
ルクスは別にそこまで見越していない。ただ、ルールに則って使用料を貰うことが正しいと思っているだけだ。元日本人らしい考え方だ。
「なるほど……困らせてしまい、申し訳ありませんでした、ルクス殿」
「い、いいえ、大丈夫ですので……」
ルクスは困ったように笑った。
ヘルムートも契約書に目を通し、ルクスたちはそれぞれライセンス契約書にサインした。
写し三枚にも同様のサインをしたルクスたちは、写しをそれぞれ懐にしまった。
「では、バーナー様とベッシュ様には作り方を記しました手順書をお渡しします。ところで、ルクス様はギルド連盟銀行の口座は持っておられますか?」
アーベルとヘルムートはディーターから冊子のようなものを受け取った。
「あ、冒険者ギルドで聞いたことがありますが、まだ作ってないですね」
「でしたら、本日お作りになっていってください。使用料を振込むために必要ですので」
「分かりました」
「では、契約の締結は以上となります。バーナー様とベッシュ様には後日採掘権について説明させていただきますので、また改めて、よろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
「ルクス様は、こちらへ。ギルド連盟銀行の口座を作りましょう」
「はい」
ディーターとルクスは受付窓口までやってきた。
受付職員にディーターが話しをする。
「ルクス様、話は通しておきましたので、口座開設の手続きをしてください。開設され次第、口座番号は私の方に共有されますので、再来月から使用料が振り込まれるようになると思います」
「え、でも売上が出ていなければ無理ですよね?」
「商人を甘く見てはいけませんよ、ルクス様。商人は売れると思った品はどんな手段を使っても早く売ります。あの二つの商会はありとあらゆる伝手を使って和紙と鉛筆を来月には販売し始めるでしょう」
ディーターは不敵に笑った。
商魂ってやつかな、とルクスは思いつつ、頷いた。
「分かりました。楽しみにしてます」
「どうぞ、期待してお待ちください」
では、私はこれで、と言ってディーターは去っていった。
ルクスは口座を開設するついでに商人ギルドに登録もした。
カードは冒険者ギルドカードに情報を上書きするということだったので、幻金級のギルドカードを渡すと、受付職員が驚愕していた。
「できました。こちらのギルドカードで冒険者ギルドや商人ギルドで手続きできますし、ギルド連盟銀行の口座に入出金することができます。登録しているギルドであれば、どのギルドからも銀行に接続できます。ちなみに、ギルド連盟銀行のアルヒ王国王都支店はこのギルドの近くにありますので、ご興味ありましたら、ご来店ください」
「あ、はい、分かりました。ありがとうございます」
ギルドカードを受け取ったルクスはアイテムポーチにしまった。
「その、聞きたいことがあるのですが……」
「なんでしょう?」
「人を雇いたいのですが、こちらの受付で依頼すれば大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、どのような人材をお求めでしょうか?」
「家政婦を数名と、馬丁と庭師と調理士を雇いたいです」
現状、追い風・風任せ・自由気まま・人それぞれなど、大人たちがローテーションを組んで掃除洗濯大鹿の子供や馬の世話をしている。ルクスや子供たちも手伝うが、背が低いことで行き届かないこともある。
お金はあるので、家のことは信用できる人に任せて、もっと皆にレベリングして欲しいとルクスは思っていた。
「かしこまりました。そうですね……家政婦は二名、馬丁が一名、庭師一名、調理士一名で良い人材がいないか人材部に当たってみます。少々お待ちください」
受付職員はそう言って、階段を登って行った。
暫くして受付職員は何枚か羊皮紙を持ってもどってきた。
「ルクス様、良い人材がおりました」
そう言って受付職員は羊皮紙をカウンターの上に載せた。
「家政婦は使用人でもよろしいでしょうか?」
「はい」
「であれば、この四人がオススメです」
「……なるほど、良さそうですね」
文字ばかりの羊皮紙を四枚見せられたルクスは一枚一枚さらっと読んだ。主に性格の部分を読んで、良さそうだと判断した。
「次に馬丁ですが、寡黙ですが真面目な男です。こちらもオススメの人材です」
馬丁の情報が書かれた羊皮紙にルクスは目を通した。
「良いと思います」
「庭師、調理士も実直で技術もあり、オススメです。今、紹介させていただきました人材は全員、元は貴族に仕えていた人材となります。元々伯爵家に仕えていたそうなのですが、伯爵家が没落されてしまったそうで、働き口を求めておられました」
「その、伯爵家の領地の近くの貴族家に仕えるという話は出なかったんですか?」
「どうも、今年は西部の農地が不作だったようでして──ああ、没落された伯爵家は西部の端にございましたので、最初は西部の貴族家を訪ねておられたようですが、とんと雇ってくれるところがなかったそうで……。実は、西部から働き口を求めて王都に出る者は少なくないんですよ」
「え、普通の領民が領地から出るのはご法度では?」
「そうですね……ほとんどの方が夜逃げ同然で村から出て、街の商人ギルドで商人として登録して王都に出てきますよ。領主にとって領民は大事な収入源なので、村から逃げないように対策をする領主もいらっしゃるようですが、その穴を付いて逃げる者も多いのです」
「そうなんですね……」
「今回の人材は夜逃げしてきた訳ではありませんし、紹介状もあって身元がしっかりしていますから、ご安心ください」
「ありがとうございます。えっと、俺はそんな偉くもない者ですが……」
「何を仰いますか、ルクス様は名誉元帥で伯爵位を持たれている立派な貴族でございましょう」
「え、知ってるんですか?」
「商人は耳聡い者が多いのです。ルクス様が爵位に拘っていないということも知っております。ですが、人を雇うのであれば、爵位に相応しい優れた者を雇うべきでございます」
「そう、ですね。貴族は体面を気にするって言いますし」
「左様で。舐められないことも重要ですから」
二人は顔を見合わせ、くすくすと笑い合った。
「では、顔合わせは何日になさいますか?ルクス様」
「一週間後の知月六日の十時頃でお願いします」
「かしこまりました。私、ライナー・アーメントが責任を持って予定を組んでおきますね。他には何かありますか?」
「大丈夫です。ありがとうございました」
「またのお越しをお待ちしております」
ルクスは商人ギルドから出て、屋敷に戻るべく歩き出した。
活気溢れる王都の喧騒をBGMに、ルクスは街を眺め歩くルクスの目に黒い制服を着た学生らしき少年たちが映った。
(そういえば、まだ願書出してないな)
締切は厳月(一月に相当)の一日なので、余裕があるが、早いに越したことはない。
(みんなにも出したか聞くか)
と思いつつ、ルクスは学生たちが買い食いしている焼き鳥の屋台を通り越した。




