第32話 グラジュスの影
王都の上空にルクスの姿があった。
風属性魔法の風を使って飛んでいるのだ。以前、魔族を追うときに飛べなかったので、こっそりルクスは猛練習したのだ。
ルクスは、今、空を飛んで周辺を眺めている。
(メインストーリーが始まって、勇者が各地に散らばっている過去の勇者が使ったとされる伝説の装備を集め終えると、王都の西の森にあるダンジョンが魔物暴走を起こして王都を襲うんだよね……防衛が上手くいかないと、暫く王都が壊れた状態になるって別のプレイヤーが言ってたから、防衛に向けての準備もしなきゃだね……)
冒険者の団体──クランでも興すか、とルクスは呟いた。
(元からある組織をまるっと手に入れられたら、楽だけど、そんなうまい話は無いし、一から作るしかないよなぁ……待てよ、元からある組織……)
ルクスは記憶を掘り出した。
(確か、メインストーリーが始まる十年前に他国に侵略されて亡んだ小国があったんだ。その小国に仕えていた一部の騎士と一部の暗部たちが王族の生き残りである王子を守りながら育てるんだよね)
うんうん、と頷きつつ、ルクスは更に記憶を掘り起こす。
(普通の楽団を装って各地を転々とする彼らは、プレイヤーと勇者の行く先々で現れて、アドバイスをしてくれる。何ていうのかな、サポートキャラ的な?)
懐かしいな、とルクスは思い出した。
彼らの表の姿は楽団で、裏の姿は情報屋だが、公式ファンブックで明かされるまでプレイヤーたちは知らなかったというエピソードも。
(でも、王都の西の森のダンジョンがスタンピードを起こして王都を襲うと、真っ先に彼らが犠牲になるんだよね……)
曇らせって、アレを指すんだろうな、とルクスは思った。
(楽団が王都に来たら、雇えないか勧誘しようかな)
と思いつつ、ルクスは地上に戻った。
その夜。
寝ようとして寝室にやってきたルクスは、窓の外から微かに楽器の音色と人々の歌声が響いて来るのを聞いた。
パジャマから普段着に着替えたルクスは、空を飛んで王都の広場にやってきた。
広場では楽団らしき人々が様々な楽器を奏で、歌っている。
ルクスはこっそり、地上に降り立ち、群衆に紛れた。
広場のベンチに座っている中年の男性にルクスは声を掛けた。
「こんにちは、おじさん」
「あー、まだ、お兄さんだからね、俺」
「じゃあ、お兄さん。聞いても良い?」
「何だい?」
「あの楽団って、どれくらい演奏してるの?」
「あー、かれこれ二、三時間くらいかな?」
「ふぅん、ありがとう!お兄さん」
ルクスはそろそろ終わる時間だろうな、と考えつつ、楽団の演奏を聞いた。
ルクスが聴き始めてから三十分ほどで、演奏は終わった。
楽団が片付けを始めると、人々は帰路につく。
やがて、殆どの人々がいなくなった頃、ルクスは楽団の一人に声を掛けた。
「こんばんは、お兄さん、この楽団って、『ダイヌオティ楽団』で良いんだよね?」
「あ、ああ」
「皆さんを雇いたいんだけど、誰に聞けば良いかな?」
「んーと、坊や、俺たちを雇うなら金貨百枚以上は必要だぞ?」
「大金貨百枚なら用意できるよ」
楽団の団員は目を丸くした。
「坊や、そんな大金持ってないだろう?」
「持ってるよ、ほら」
ルクスは握った右手の拳を広げて、大金貨を一枚見せた。
その金貨を指の間で踊るように弄び、親指で弾いて、左手で掴んだ。左手の拳からは二枚の金貨が現れる。
何も持っていない右手の指を鳴らすと、空中から大金貨が三枚現れ、右手に収まった。
ルクスは右手と左手を合わせる。
開くと、大金貨が十枚になっていた。
「どうかな?百枚は俺の手に載せ切れないから、出せないけど、大金貨はいっぱい持ってるよ」
この演出を考えたのはルクスだ。
いつか、こんな風に金貨を出して遊びたいと思ってこっそり練習していたのだ。
此処で披露するとはルクスも思っていなかったが。
「分かったよ、坊や。団長の所に案内しよう」
団員は、ルクスを連れて王都の宿屋──眠り猫亭に案内した。
眠り猫亭の一室、ルクスも泊まった二番目に良い部屋にダイヌオティ楽団の団長がいた。
団長は元暗部の凄腕だった人物だ。
「ん?どうした、ドナタス……その坊主は何だ?」
「団長、お客様っすよ」
ドナタスと呼ばれた団員は団長の近くまで行くと、耳元で何かを囁いた。
「……そうか、下がれ」
「はい」
ドナタスはルクスを部屋に残して出ていった。
「坊主、こっちに来て顔をよく見せてくれ」
「?うん」
ルクスは団長の元にやってきた。
「金色の瞳……坊主は、帝国皇族の縁者か?」
「さぁ?俺はしがない農家の息子として育った、ただの冒険者だよ。産まれてこの方、帝国と関わったことはないな」
「そうか。んで、俺たちを雇いたいっつーのは、どういう意図で雇いたいんだ?」
「勿論、裏の意味で」
「ほう?」
「貴方がたが、楽団として各地を転々とし、情報屋としても活動していることを知ってる。だから、情報屋として、雇いたいんだ」
「……いくら払う?」
「最低、大金貨百枚は。二百枚でも良い」
団長はニヤリと笑った。
「良いだろう、太っ腹な坊主は嫌いじゃない。雇われてやろう。それで?俺たちは何をすれば良いんだ?」
ルクスはにっこり笑った。
「情報収集を」
ゲーマーであったルクスは情報収集を大事にしていた。
知り尽くしたゲームの世界でも、今は現実。ゲームとは違う為、情報を収集したかった。
だから、情報収集できる組織が欲しかったのだ。
「あぁん?情報収集つっても色々あるぞ?」
「本当に色々な情報を集めて欲しいんだ。なるべく広い範囲の植物・動物・魔物などの分布と、各国の貴族・王族・皇族の情報を集めたい」
「……期間はどれくらいだ?」
「とりあえず、五年かな?一年、大金貨百枚の契約で」
「俺たちが出来る範囲で良いか?そこまでの人員はいないんだ」
「勿論」
「なら、契約しよう。魔法契約でも結ぶか?」
「良いよ、普通の契約書で。先に大金貨百枚、置いておくね」
そう言って、ルクスは机の上に大金貨百枚を置いた。
団長は目を丸くした。
「お前、騙されやすいとか言われないか?」
「?言われたことないけど」
「はぁ……、お前、名前は?」
「ルクス」
「今、契約書を作るから、待ってろ」
団長は二枚の羊皮紙にさらさらと契約内容を記した。
【情報収集についての契約書】
甲(グラジュスの影)と乙は次の通り、情報収集契約を締結する。
第一条 甲は乙の依頼により、五年間、乙の望む情報を収集する。乙は甲の情報の対価として、情報料を支払うこととする。
第二条 情報料は一年間で大金貨百枚とする。
本契約成立の証として、本書二通を作成し、甲乙記名捺印の上、各一通を所持する。
団長は二通の契約書の下にサインしてグラジュスの影の印章を押した。
グラジュスの影の印章は、微笑む少年の横顔と秋桜の花だった。
[グラジュスの影 団長 モークス]
ルクスはモークスを見上げた。
モークスは、頬に傷のある、黒髪に茶色の瞳の美丈夫だ。
「グラジュスの影っていうのが、楽団の裏の顔の名前なんだね?」
「ああ、そうだ。坊主も、サインしな」
「うん」
ルクスはサインする。
「印章とかないから、血判でも押す?」
「否、良い」
ルクスは羽ペンを受け取ってサインした。
「契約成立だね、よろしく、モークス」
「おう、よろしくな、ルクス」
二人はしっかり握手をした。




