第3話 占い師と踊る少年
翌朝、目が覚めたルクスはベッドから出て、部屋に用意された木桶に生活魔法の水を入れる。そして、顔を洗って、口を濯いだ。
ベッドのヘッドボードに掛けて干していた服は生乾きだったので、ルクスは生活魔法で乾燥させる。
(そういえば当たり前に生活魔法使ってるけど、プレイヤーは普通、生活魔法は使えない筈なんだけどな)
生活魔法はNPCが使える魔法だ。プレイヤーには必要ないという運営の認識から、プレイヤーに終ぞ付与されることのなかったスキル。
ということは、ルクスはNPCでもあるのだろう。
(ま、俺はプレイヤーでもあり、NPCでもある。そして、ただのモブなんだろう)
農民の五男など、吹けば飛ぶような存在だ。
モブに決まっている、とルクスは思いつつ、服を纏って、食堂に向かった。
朝食は野菜スープとパンだ。
パンは硬いので、スープに浸してゆっくり咀嚼する。
(トアル村にいた時もこんな食事だったな)
野菜スープは具がもっと少なく、パンはもっと硬かった。
(だから、痩せ細っているんだろうな)
ルクスの身体は健康的とは言えない細さだ。
(お昼は卵料理もつけるか……徐々に栄養を増やせれば、痩せすぎから脱却できるだろう)
食べ終えたルクスは部屋に戻って歯を磨いて、アイテムボックスからアイテムポーチを出して身につけた。
お金の殆どはアイテムボックスに、一部をアイテムポーチに入れてある。
アイテムポーチに入れたお金は本日必要な分だ。
準備の整ったルクスは、眠り猫亭でチェックアウトして、ある場所に向かった。
ある場所とは市場だ。
がやがやと朝から賑やかな市場の一角に、他の露店とは全く雰囲気の違う露店があった。
黒い布が被せられた机の上には、紫のクッションがあり、その上に掌サイズの水晶が載っている。
その近くには、黒いローブを纏った女性らしき人物が座っていた。
フードを深く被っていて、その女性の相貌はよく分からない。
誰も近寄らないそこに、ルクスはずんずんと近づいた。
(始まりの街にしかいない謎の占い師だ!ゲームと同じ場所にいてくれて良かった。……ゲームと同じってことは、ストーリーも一緒なんだろうか?……まあ、良いや。俺はレベリングしてアイテム収集して世界を旅できれば楽しいし)
前世のルクスはゲームを楽しむことが趣味だった。そのゲームが現実になったので、ルクスは自分の五感でこの世界を感じ、楽しむつもりだ。
(ちょっと話しかけ難い雰囲気だけど、行くか)
ルクスは謎の占い師に話しかけた。
「あの、占って欲しいのですが」
「!……タロットか霊視になりますが」
謎の占い師は声を掛けられて一瞬動揺したが、普通に対応した。
「タロットで」
ルクスは銅貨三枚を謎の占い師に渡した。
謎の占い師は、何故、料金を知っているのかとルクスを見つつ、水晶を仕舞ってタロットカードを取り出した。
「大アルカナ?それとも、小アルカナ?」
「大アルカナで」
「では始めます」
謎の占い師は大アルカナのタロットカードをシャッフルした。
そして、机の上に置くと、机の上でシャッフルする。
「一枚引いて下さい」
「はい」
ルクスは一枚引いて謎の占い師に見せた。
「力の正位置ですね。このカードは信頼を表しています。カードの絵を見ると分かりますが、華奢な女性に懐いているライオンがいます。本当の力とは、押さえつける腕力ではなく、無限の愛と根気なのです。カードからのアドバイスは、相手からの信頼を得る為には愛と根気が必要ということですね」
謎の占い師が解説すると、ルクスは何かを待つように沈黙している。
暫し、互いに黙っていると、ルクスは謎の占い師に尋ねた。
「あの、占い師ができる【パス結び】をしていただきたいのですが」
「え?あれは成功した試しがないのよ?」
「それでもやっていただきたいです」
パス結びは占い師のスキルで、最低でも二つのセフィラが活性化していないとできないプレイヤー向けのスキルだ。
プレイヤーのセフィロトには十のセフィラがあるが、セフィロトに本来備わっている二十二のパスがない状態だ。
この二十二のパスは、謎の占い師によって解放できるのだが、レベルもしくはジョブがある状態だと一つ解放するのに謎の占い師のクエストを受けなくてはいけない手間が出てくる。
しかし、レベル零でジョブなしであれば、クエストは免除される。
ルクスが思っていたレベル零とジョブなしの利点は二十二のパスを無条件で繋げられるということだ。
無条件とはいえ、ルクスが一つやらなければいけないことがあったりするのだが、それは後に分かることだ。
「分かったわ。始めるわよ」
謎の占い師は両手を祈るように組んで、唱え始めた。
「【数と生命、世界と貴方、全ては神秘の中にある。おお、生命の樹よ、その道を解放せん】」
謎の占い師が唱え終わると、ルクスの身体が淡く光った。
パスが一つ繋がったのだ。
「嘘、成功した……!?」
「ありがとうございます。まだまだ、解放して欲しいですが、ちょっと待ってて下さい」
ルクスは占い露店から少し離れた場所で一回転してポーズを決めた。
この動作、ゲームのモーションと一緒で、このモーションをすることに意味がある。
謎の占い師はパスを繋げることができるのは前述の通りだが、パスを一回繋げると、謎の占い師が疲弊して次の日まで繋げられなくなる。
このモーションは、謎の占い師をリセットさせることができるバグ(仕様かバグか運営から明言はなかった)モーションなのだ。
現実ではどう作用するか分からないが、ルクスはとりあえずやってみた。
「!?なに、疲労がなくなった?」
謎の占い師の疲労はリセットされた。
それを確認して、ルクスは占い師の元に戻った。
「あの、もう一回、お願いします」
ルクスは銅貨三枚を謎の占い師に渡した。
「タロット?」
「はい」
ルクスがこのタロットカードを引くことにも意味がある。
タロットカードの大アルカナ二十二枚は、セフィロトの二十二のパスに通じているのだ。
このタロットカードを引いてからパスを繋げるとタロットカードに対応したパスを繋げることができる為、先にタロットカードを引いてからパスを繋げるのは、プレイヤーの定石なのだ。
タロットカードは銅貨三枚で何度も引き直せるので、自分が繋げたいパスを繋ぐことができる。
もし、タロットカードを引かずにパス繋ぎに失敗すると、レベルやジョブもちの場合はクエストやり直しだし、レベルやジョブなしの場合はモーションのやり直しになる。
現実ではモーションのやり直しは羞恥心をごりごり削るので、なるべく少なくしたいルクスはタロットカードを引く。
「死の正位置ですね、これは物事の終わりや決別、そこから新たなスタートが切られることを意味します。カードからのアドバイスとしては、終わりや別れを受け入れることですね」
「では、パス結びをお願いします」
「……はい」
ルクスはこのやり取りをお昼頃まで繰り返し、二十二のパスを全て解放させた。
何度もモーションを決めるルクスは踊っているように見えるため、周囲に人が集まっていた。
周りの人々に好奇の目で見られながら行った為、ルクスの精神的なライフはゼロだ。
「ありがとうございました。また来ます」
「え゛……ごほん、ご利用ありがとうございました」
もうこれっきりにして欲しいと、謎の占い師は思いつつ、プロ意識を忘れずにルクスにお辞儀した。




