一章①
ダンデとグラジオが二人で大きな扉を押し開ける。少しずつ開く隙間から光が溢れてきた。
ガタン!!
人ひとりが通れるくらいの幅が開くと扉はそれ以上動かなくなる。開いた先には石の階段。慎重に一人ずつ扉をくぐり抜けると、そこには青空が見えた。
「いつの間に地上に…?」
階段を数段登ると、どこまでも続く青空と草原が広がっていた。先程まで地下にいたとは思えない。
「こんな広い草原、あったか?」
ダンデが辺りを見回しながら口にする。確かに私達の住む国は小さな島国で、こんなに広い草原があるなんて聞いたこともない。生まれ育った島に知らない場所が存在してもおかしくはないが、狭い島の中にここまで広い場所があるはずがない。
「ここがどこなのか誰かに聞きたいとこだが、建物ひとつないとはな…。」
だだっ広い草原には樹木さえも見当たらない。その代わりに少し離れたところに轍が見えた。ちょうどこの辺りで途切れているから、反対側に進んでいけば人のいる所へたどり着けるだろう。
「日が暮れる前に移動しようぜ。」
グラジオが先陣を切って轍の上を歩き出す。誰も反対はしないみたいで順番に並んで歩き始める。日は少し傾き始めていた。こんなところで野宿なんて勘弁だ。
しばらく歩いていると、何かが草を掻き分けながら近づいてくる音がする。警戒して立ち止まり武器を構えると、犬のような魔獣が飛び出てきた。グルルと唸りながら涎を垂らす姿は獲物を狙う猛獣のようだった。
「ダンデ!援護は任せろ!」
「おう!」
二人は魔獣に武器を向ける。ダンデが剣で斬りかかり、グラジオが足を狙って弓矢を放つ。学校でも二人はペアを組むことが多かった為、連携は手馴れたものだった。
ものの数分で魔獣はぐたりと倒れ、さらさらと煤になっていく。私達が手出しするまでも無かった。
「野生の魔獣、か。」
「もしかして俺達の島じゃないのか…?」
知らない場所に存在しないはずの魔獣。それだけでここが自分たちの居た島ではないのだと確信する。だけど、まだどこかで信じたくない気持ちもあった。
「帰れるのかな…。」
シユリが不安そうに呟く。私はかける言葉を探したけど無責任なことを言いたくなくて、ただシユリの小さな手を握った。暗い気持ちが漂い始める。だけど、このまま魔獣の彷徨く危険な場所で夜を迎えるのだけは避けたくて足早に轍の先を目指す。
夕暮れ。あれから何回か魔獣の襲撃を迎え撃った。素早い虫の魔獣には私やドレシアの魔法で迎撃し、近接戦で怪我をしたダンデの傷をシユリが回復魔法で癒す。学校での実践授業でもこんなに消耗したことは無い。下手したら死んでしまうかもしれない、そんな恐怖がより一層増していた。
「…ん?あれって!」
ドレシアが遠くを指さす。だけど、何も見えない。他のみんなも同じようで首を傾げる。
「なんか、デカイ建物が見える!」
「まじかよ!?」
目をこらしても何も見えないが、ドレシアはこの中で誰よりも視覚も聴覚も優れている。私達にはまだ見えないだけで本当に何かが見えているのだろう。
足元が暗くて見えづらくなってきたので、光魔法で灯りをともす。目的地が近いと分かってから、皆の足取りが軽くなる。少しでも早く辿り着こうと早歩きになっていた。
「凄い…。」
ドレシアが言葉を漏らす。もう私達の目にもその大きな建物が見えるほどに近付いていた。どうやら古城のようだ。堅牢な造りに窓からは灯りが漏れ、幻想的な雰囲気を漂わせている。
「早く行こ!泊めてもらえないか、頼もうよ!」
ドレシアが興奮気味に私の手を引っ張り駆け出す。それに続きシユリとダンデとグラジオが続く。私の手にともった光がゆらゆら揺れる。辺りはもうすっかり暗く、早いところ安全な所で休みたかった。
古城に辿り着くとまずは入口を探して回った。明かりの灯った城壁をぐるりと回ると、そこにはまたしても大きな扉があった。よく見ると金属のノッカーがついている。
コンコン!
何度か鳴らすと、ギィっと錆びたような音と共に扉が開く。そして、導くように明かりが一つ一つ灯っていく。
「おじゃましまーす…。」
明かりを目印に薄暗い通路を歩いていると一つの扉の前につき、扉が自動でゆっくりと開いていった。ここがこの古城の主の部屋なのだろうか。軽くノックした後、部屋に足を踏み入れる。
「…久々の来客かと思えば、外界の者であったか。」
声のした方を見ると銀髪碧眼の男がずっしりと椅子に座っていた。耳は尖っているが、エルフとはまた違った雰囲気だ。
「…まさか、魔族!?」
グラジオが驚いた様子で叫ぶ。魔族といえば世界に百人といない人種だ。存在は知っていたが、こうして目にする事があるとは思いもしなかった。
「…ふむ。エルフに獣人に人間、か。変わった組み合わせであるな。」
見下すような目でこちらを見る男は作り物のように美しい容姿をしていた。こんな古城に住んでいるのだから高貴な存在なのだろうか。
「あの、貴方は…。」
「我はマグノリア。お前らの言う通り正真正銘、純血の魔族だ。」
純血。その事に誇りを持っているのか、自信に満ち溢れた笑みを浮かべている。
「さきほど私達のことを外界の者、と呼んでいましたがそれはどう言う事でしょうか?」
ダンデが落ち着いた様子で訊ねる。相手の機嫌を損ねないように、慎重に。
「草原の門を通ってきたのであろう?あそこは外界の門。こちらは内界と呼ばれている。…要は違う世界、と思って貰えればいい。」
「違う、世界…。」
考えれば考えるほどよく分からない。私達はただ買い物に行って帰る途中でこんな所まで来てしまったのだ。それをいきなり違う世界だなんて信じられない。信じたくなかった。
「急に言われても信じ難いか…。食事と寝床を用意しよう。しばらくお前達だけで考えてみるがいい。」
そう言うとマグノリアは座っていた椅子の手すりに指をなぞらせる。すると、別の部屋へと続く扉が開き振り向くとすでに彼の姿は見当たらなかった。
私達は無言のまま、隣の部屋へと移動し用意された食事をとりベッドルームへと向かう。男女別に二部屋用意されていて、ベッドもきちんと人数分揃っている。あの人が魔法で用意したのだろうか。
「今日は疲れちゃったし、早めに休みましょ。考えるのは明日!」
ドレシアがそう言ってベッドに横になる。シユリも疲れたのかいつの間にかすやすやと眠っていた。私はしばらく窓の外を眺めてからベッドへ向かう。
「異世界…。」
本当なのか。心臓がドクンと跳ねる。何故かとてつもなく苦しくなった。疲れているだけだ、早く寝よう。そう思い込んでベッドに潜り込む。考えるのは明日!そう、今日は何も考えるな。そう言い聞かせて私は眠りについた。




