人は神に憑かれ、神になり、壊れてく
主人公ペトラは大河の近境の小さくとも発展した村に育ての母親と露天商をして暮らしている青年。平穏な日々の中これ以上を望まず日々を淡々と過ごしていた。しかし、なんの前触れもなくその日々は終わりを告げる
いつだろうか。村がおかしくなったのは。
何も変わらぬ日々だった。
陽が巡り、穀物が芽吹き、大河の流れに似たゆっくりとした時間が静かに満ちる時期。
俺たちの村--「ルクソール」は変わらぬ日常の中にあった。
爺様たちは朝早くから田畑に出て婆様たちは爺様の帰りを待って2人分の朝食を準備しながら、時折飼い猫に手を伸ばす。
子供達は飼ってる鶏に餌をやったり卵をとったり。大人たちはパン作りやオイルの精製で忙しく走り回る。忙しくとも、色々な人たちが今日も新しい一日を迎える。
母もそうだった。
優しい人だった。
毎朝、露天商に売り出す太陽の様な色をした果実酒や、スパイスに漬けたレモンやオリーブ。スカラベ模様の刺繍がされたスカーフなんかもあった。
前日の夜遅くまで布切れに縫い針を通している。勿論生活のためでもあるのだが何より母はそれが楽しいのだそうだ。
そして、一通り確認と纏め終えたら俺を起こす。
「ペトラ、起きなさい。貴方よりも鶏の方が早起きよ?」
母は毎日そう言って笑う。
俺も、「あぁ」とか「わぁってるよ」とか、適当に返して重たい体を動かして冷たい井戸水で顔を洗ってから昼前に始まる母の露天商を広げに2人で家を出る。
「ほらこれ。お店がそろそろ始まるから、それ迄に隣の露天商から水を買ってきて」
男手が俺しかなく殆どの力仕事を任されていた俺は週一で売り出す為の酒樽を2、3樽運んだ後なので動きたくなかったが接客はもっと嫌なので渋々重い腰をあげる。
それからは通りすがりの子供達にデーツを与えたり、お得意の爺様と話したり、たまに店をぬけて遊んでみたり、ほかの露天商に寄ったり、そして暗くなる頃に帰る。
前の生活とは違う。
何ら不自由もないいつも通りの日常。
ずっと死ぬまでこのままなのだと、信じて疑う事など無かった。
変わったのは村に吹き込む柔らかい風に黒い影が混じり出したあの日からだ。
あまり気にとめなければ雪の結晶1つのように小さくて、それでいて薄い。地面や人に落ちては跡形もなく溶けるように、消えていく。あまりに小さく、実害もなく、誰も気に止めてなどいなかった。
最初におかしくなったのは村の死者の記録の書を預かる記録者だった。
「夜、星が裏返った」とか、「天から影が降ってきた」とか、意味のわからないことを叫んでは、血走った目で自身の指を噛み砕いて壁に幾何学的な模様を血で描き続けた。指は赤黒く、白目を剥いたまま、変な方向に曲がった首をもたげて。それでも笑っていた。
それを見た村の人々は「化け物だ」や、「死者の祟り」だ、と奇声を発する彼に恐れ戦き退治しようとするものまで現れた。
その翌日の事だった。
昼下がり、俺は母の露天商を抜けて特に目的もなく歩いていた。
朝、母に起こしてもらっているのに気付かず爆睡しており、目が覚めた時には窓から荷物を纏めて露天商に向かう母の背中が見えて、慌てて着替えて追いかけた……と言う経緯で朝から何も口にしていなかった。
そこら中から漂うスパイスやハーブ、香ばしいパンの香りに誘われ呑気に今更ながらの朝食の献立を立てていた。
「肉は昨日食ったし…でもケバブ…うーん……そろそろ昼飯が…でも…」
などとぶつぶつ1人で喋りながら石段を登りきった時だった。
ザリっと石段の上に散らばった砂を踏む音。
「うおっ!……って、なん、だ…あんた……。」
誰も居ないと思い油断しきっていたので、驚きとぶつぶつと1人で献立を立てていた事を聞かれたのに恥ずかしさで思わず声が出てしまい、ほぼ反射で顔を上げ音の主を見ると、
「それ」も俺の方を見た。
人の形をした、何か。
服は破れたりボロボロになったり何かの液体で黒く染っていて元の服の原型さえも分からない。
べっとりと頬に張り付いた黒髪を揺らして、人形のようにぐるり、と首だけが反転した。
人の顔に見えるそれは白眼を剥いていて、俺を見るなりニチャァ、と笑った。
「は……なん、何だよ……あんた……」
そして、動いた。
ギギ、と骨のきしむような音を立ててそのまま首を傾げる。
関節と言う関節が逆に曲がった奇妙な姿。
破れた服の隙間から覗く肌は所々斑点のように黒く、脹脛や太腿からは虫のような脚が肉から生えだしていた。
「カミ……ォヤ……イレ、ヌ……ゥ」
確かにそれは俺の理解出来る言語で構成されていた。なのに、何一つ分からない。
脳が理解を拒んでいる。そんな感じだった。
そいつは喉を鳴らした。黒い唾液を垂らし、ニチャニチャと気持ち悪く笑いながら言葉を発する。
「カミオヤ、イレナ……カミオ……ヤ、イレヌゥ!」
ぬる、と地面に張り付いて肉が腐敗したような足音が響くままに俺目掛けて走ってきた。
「つっ……あ゛ああああァ!」
───終わった、と思った。
喉が焼ける。音が震える。
耳が熱い。脳が震えて目の前の「それ」だけに焦点を合わせる。
「──来んなああああああぁ!」
勢いに任せ足を振るった。
すると、ぐしゃり。と嫌な音がして俺の靴底の部分から黒い液体が流れる。
「ギェュァ゛ァ゛ァァァァ」
俺に蹴り飛ばされた「それ」は奇声を発しながら石段の頂から吹っ飛んで行った。
血飛沫のように、黒い液体が弧を描いて落ちていく。本体の目は限界まで開かれたまま、顔は苦痛に歪み、俺を睨みつけた儘、スローモーションの様にゆっくりと、消えていった。
ぐちゅっと濡れた肉が潰れる音と、骨が砕けて割れる嫌な音。甘ったるく腐臭を孕んだ生ぬるい悪臭。それを脳が受け付けたのはその後暫くしてからだった。
「つっ…はっ、はぁ……っ、うぇ……」
生々しい音と脳裏に焼き付いたおぞましい「あいつ」がチラついて気持ち悪くなって
えずくが口からは死にかけの獣の様な呻き声と荒い呼吸しか出てこなかった。
指や膝は細かく震えており脚だけでなく肺までも震えているかのように上手く息が出来なかった。
「あ、いつ……」
見てはいけない、と分かっているが身体が言う事を聞かず、震える体を動かして恐る恐る石段の最下段を覗く。
「……は?」
地面には真っ黒な血液が血溜まりの様に溜まっており、その中心には「あいつ」の着ていた服……ボロ布。
バラバラになった赤黒い肉片が隅からボロボロと崩れ、繋がり、蜻蛉の様な虫になっていき、パッと見て10数匹這い回っていた。
鮮やかな黒。長く伸びた腹に4枚の羽。
形状は蜻蛉そのものなのに、禍々しい雰囲気を放つそれは、どんどん増えていく。
「つっ、うぁ……何だよ…」
座り込んだまま、冷たい石畳を這うようにじりじりと後退する。
その虫たちは、俺に見える高度まで飛んできたかと思うと露天商や街など、人通りの多いところに群れを成して飛んで行った。
俺は暫く冷たい石段の上で呆然としているしか無かった。
──────
村の外れ、竹林の中にぽつんと立つ神殿と呼ぶには小さく祠と呼ぶには少し大きい建物があった。
誰も来ないような発展した村から外れた場所に立つ、ツタの巻きついた石の土台と屋根の角が欠けた物。
誰が作ったのか、何のために何を祀っているのか、誰も分からない。
けれど昔から、こんな噂が囁かれている。
「この建物の下には何かが埋まっている」
「ちゃんと祈れたら、天国に行ける」
まるで、童話の不思議の国に行ける扉の様な、ただの迷信にほかならなかった。
誰もまともには信じないけれど、バカにはしていなかった。
夕暮れ時に横切ると、何故か胸がざわつく。
背中が冷たくなる。
誰もが理由なくその建物を避けて、けれど時折ふらりと誰かが立ち寄っては、そっと手を合わせて行った。
老人も、子供も、大人も。
それがなんの祈りだったかは、誰も知らず。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました……!
初めての投稿で拙い部分が多くあったと思いますが少しでも心に残るものがありましたら嬉しいです。
今後も少しずつ成長して行けたらなと思いますので、どうぞよろしくお願い致します(❀ᴗ͈ˬᴗ͈)"




