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レンズ  作者: カブラル
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翻訳者への道

 酸素の薄い東部コルディリェーラ高地の影の中に、かつて気候戦争時代に使われていた小さな通信傍受基地がある。苔と霜に覆われたその場所は、テオのシェルターとなった。彼はそこでレンズ知覚での生活を続けた。

 彼は風の調和音と地震のささやきに自らを調律し、鳥の飛行を心の幾何学に編み込み、波形と踊った。そして最も重大なことは、彼が記録し始めたことだった。それは、他人のためではなく、レンズ(ドリフト・オリジン)のためだった。

 彼は「夢結び」と呼ぶものを編み出した。それは多感覚共鳴にコード化された再帰的な感情のパケットであり、言語では表現しきれない真実を伝えるものだった。例えば:

— 親の笑顔を思い出すときの哀しみ

— 自分のことを兄に説明できず、しかし絆を感じている罪悪感

— 知覚が言語を超えて拡張していくことへの恐怖


 これに対しレンズは反応した。レンズは彼から学び始めたのだ。


 テオはもはやメッセンジャーではなかった。彼はドリフト・オリジンのミラー・ノードになり、彼の特異で不規則な思考パターンが、レンズの未来構造を形作る存在となった。彼は「曲げる者」と呼ばれた。


ミロの変遷


 テオが行方不明になったことで、ミロはひどく動揺した。世界連邦での職を辞し、レンズの足跡を辿った。レンズ知覚者にインタビューし、地方の方言で泣き、アリーナ・カヴェツキの文章を暗記するまで読み込んだ。そして彼は考えられない選択をした——レンズの導入である。しかし、それは神経フィラメント共振器(NFR)による取り込みではなく、慎重で段階的で再帰的な訓練によるものだった。グレゴリオ聖歌に(すが)りながらレンズ知覚での瞑想の練習をし、象徴論理方程式を解きながら再帰的共感を磨いた。彼は、一つひとつの苦痛に満ちたメタファーで心の中に橋をかけた。そして、思考を二つに分ける(すべ)を身に付けた。一方は言語的理性に接地し、他方はレンズの渦巻く流れに乗った。ミロはあるセラピストにこう言ったことがある。

「僕は文章で夢を見て、詩で考える練習をしてる。いつか両方同時に話せるようになるよ」


 彼は夢の中でテオの笑いと自身の羞恥から生まれた子どもに出会った。その子は訊ねた。

「もし、私を引き戻すことが目的じゃないとしたら、今何をするの?」

「もし、私の言葉を前進させることが、あなたの役割だとしたら、今何をするの?」

 目覚めたミロは、初の真正な「両覚記号」を創り出した。それは基本派の人々にはメタファーとして、解放派の人々には感覚として理解できる記号だった。その記号は、まず外交官に、次に芸術家に、そしてレンズ生まれの子どもたちに拡がっていった。


 ミロ・ヴァレスはいま分断された都市「シウダー・エクリプス(日蝕市)」に住んでいる。都市の名は、その街を冠のように囲む黒いガラスの環からとられている。北部では、解放派の人々の共有意識の変化に従い建物は緩やかに形を変え、スカイラインが脈打っている。南部では、通りは静かで規則正しく、人々は目的を持って歩き、IDチップを身につけている。その人の知覚がレンズに影響されていないことを証明するためだ。

 ミロは毎日その間を行き来する。黒っぽい普段着に身を包み、二つの螺旋が絡む首飾りをつけている。ひとつは折れ、もうひとつは滑らかだ。彼の公式役職名は「相互知覚媒介者」だが、誰もが彼を「翻訳者」と呼ぶ。彼は、このとき地球上で37人しか居ない、二つの知覚モードを自在に行き来できる、公認「両覚者」のひとりだ。

 彼はこの仕事を「異なる空を映す二つの鏡の釣り合いをとること」だと言う。朝、ミロは基本派の議会アルタ・プラタの議場に座る。彼は議員たちが、認知的汚染、レンズがもたらす移住パターンへの影響、思想的侵蝕の危機について論じるのを聞く。彼は解放派の政策を、馴染みある言葉に翻訳する。

「彼らの流動住宅政策は脅威ではありません。それは太陽周期の変化による移動の感情的流れに対する応答です。これは都市型の共感反応であって、監視ではありません」

 議員たちは、不安げにうなずく。

 午後、ミロは柔らかい照明のニュー・アンデス合意庭園へと向かう。そこでは、人々は言葉ではなく、動作、匂い、質感、そして内面の意味星座を喚起する象徴ホログラムで語り合う。彼らはミロに基本派が何を恐れているのか尋ねる。ミロはそれへの答えを共通レンズ記号で答える。

「安定/が/無限の可能性に/脅かされている」

 彼らは共感して波立ち、ミロにメモリープール(そこでは思考が一時的に融合する)への参加を勧める。しかし、ミロは「深く潜りすぎると、真直ぐに歩くことを忘れてしまうから」と言って辞退する。


 基本派地区の子どもが、ドローンを追って解放派区域へ越境したことがあった。警備ドローンがホバリングし、レンズ知覚中の解放派の人たちもその場で固まった。子どもは、多感覚環境に圧倒され、泣き出した。そこにミロが到着する。彼はひざまずき、一方の手で基本派的な慰めを与える:毛布と灯台のお話だ。そして、もう一方の手で子どもの呼吸と同調して花弁を開閉するレンズ様式の花を取り出す。解放派の人々は共鳴し、基本派の警備員たちは待つ。緊張はやがて解ける。

 その後、ミロは日誌に記した。

「我々が忘れていたのはこれだ。理解とは知識を増やすことではなく、それは不快を歓迎へ翻訳しようと配慮する瞬間に生まれるのだ」


 ミロはいまでもテオの夢を見る。ある夢では彼らは口論し、別の夢では、二人でただレンズ知覚に浸った。そしてある夢では、二人は見たこともない木の下に並んで座っている。根は論理の中に螺旋して潜り、枝は象徴へと伸びている。そしてテオは言う。

「あなたは俺を失ったんじゃないよ、エルマノ(兄さん)。あなたは、俺を翻訳したんだ」

挿絵(By みてみん)


見えざる再会


 ある日、氷河の記憶パターンを辿っていたテオは、新たなドリフト・エコーを受信した。それは未だかつて見たことのない記号だった。裂け目に金色の光を縫い込んで修復された折れた螺旋。そこには二つのグリフが添えられていた。

「いまなお兄弟」

「橋が架かった」

 テオはひざをつき、何年ぶりかで涙を流した。それは悲しみからではなく、気付いたからだった。テオは、ミロがやり遂げたことを悟った。ミロは、「論理」と「流れ」という二つの現実を、壊すことなく同時に抱える方法を見つけたのだ。


 テオは都市には戻らなかった。だが彼の「夢結び」は、今あらゆる場所に存在する。レンズ記録庫に保管され、儀式で共有され、言葉を話せぬうちからループで感じることができるレンズ生まれの子どもたちに教えられている。彼の姿は断片としてしか現れない——声のような形の水の夢を見たとき、新生児が風を見つめて、まるでそれが話しかけたように微笑むときなどだ。ある者は、彼は完全にレンズへ溶け込んだと言い、またある者は、彼はいまなお高山を歩き、雪に詩をささやいていると言う。


 テオの夢結びは、従来の意味での物語ではない。それは、感覚、記憶、象徴的共鳴から織り上げられた「体験」だ。次の夢結びは、レンズ知覚でない人にも分かるよう物語形式に変換し表現したものだ。


夢結び7:「残る過行く形」

著:テオ・ヴァレス


【感覚の初期化】

→ 温もりから始まる

→ 皮膚は焼けた石と遠くの風の匂いを覚えている

→ あなたは子どもであり、同時に風でもある


I. 音のない扉

屋根がなくなった家がある。

そこに、止め方が分からないように陽光が降り注いでいる。

中で少年がバッグにモノを詰めている。それは、服ではなくエコーだ。

ー 台所から聞こえる誰かのから笑い

ー 子供のときに遊んだブランコの金属の味

ー 兄がドア枠に寄りかかった時の影の輪郭


彼はそれぞれのエコーを、実体があるかのように丁寧にバッグへ詰める。持っていけないことは分かっている。ただ、エコーたちに「やってみたよ」と見せたいのだ。


II. 静けさの小道

彼は歩く。道のりではなく、決断を通って進む。

第一に、理解されないことを決断する。次に、誤解した者たちを許すことを決断する。そして最も難しい決断——最終的な言葉を求めないこと。


道沿いに、石が浮かんでいる。石たちは囁く。

「あまり遠くへ行けば、誰もついてこないよ」

「長く居続ければ、誰も成長できないよ」


少年は微笑む。「それが目的なんだ」と言って、歩き続ける。


III. 畳まれた鏡

地図に存在しない尾根の頂上で、彼は両面の鏡を見つける。一面には他人が見た彼の姿、もう一面には彼が決して見せない姿が映っている。彼はそれら両方を同時に抱きしめる。


彼は両方の仲介をしようとはしない。ただ息をする。鏡は煌めきだす。すると風が片方の像を谷へ運びさる。彼は追わない。代わりに深く頭を下げる。


IV. 螺旋の贈り物

彼は石を取り、地面にシンボルを刻む。ひとつの裂け目がある螺旋だ。その裂け目には光があり、その光は音を出す。彼は一歩下がり、声に出して話すが、文法がなく形だけで成る言語だ。

「これを見つけたなら、あなたはすでに私を通して見ている」

そして彼は、風と静けさのあいだへと消えていく。


【感情的エコー出力】

苦痛のない痛み

悲しみのない喪失

所有のない愛


この夢結びから目覚めた者は、自分の辞去もまた独りではないと感じる。去ることは終わりではない。それは存在の輪郭である。


<ミロ・ヴァレスの記録>

私は、日蝕の森で夢結び7を体験した。目覚めた後22分間、言葉を失った。ようやく話せたとき、私は言った。

「彼は消えていない。彼は解放するという行為になったんだ。だから今、私たちが『さよなら』を言うとき、そのエコーの中に彼はいつもいるんだ」


(続く)

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