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第9話 変

曙先生は野原先生に連行され、体育館には俺と不知火の二人だけ。

あとは野原先生からお願いされた道具の片づけを残すのみである。


さて、とっとと片づけて帰るか。

面倒だった再テストも終わり、俺は肩の荷が下りた気になっていた。


「おい」


気の抜けた俺に、不知火から声がかけられる。

やばい。

おとなしくなっていた不知火がさっきの騒動の間に回復してやがった。

今度こそ殴られる。。


おそるおそる声の方向を見やると、不知火は腕組みして俺にガン飛ばしていた。


「アンタ、あんだけの能力があるのに、何でハナから真剣にやらないの?」


……またその話か。てっきり殴るために呼び止められたのかと思ったぜ。


「さっきも話しただろ。疲れるし面倒だし意味ないからだよ」


「それはさっき聞いてクソ野郎だと思ったけど。本気でやっても大した結果出せないからって手を抜いてスカしてるだけのダセェ野郎だと思ってたけど」


「ずいぶんひでぇこと思ってたんだな」


「だけど!そうじゃなかった。クソ野郎だけど、大した結果も出せない奴ではなかった。クソ野郎だけど、とんでもないモンをアンタは持ってた」


「クソ野郎は変わらないのかよ……」


「なのになんで?それだけの能力があれば、どんなスポーツだって1番になれるかもしれないじゃん。てっぺんとれるかもしれないじゃん。意味なんてそれだけで十分でしょ?……アタシにはアンタが理解できない」


「そっくりそのままお返しするよ。お前だってそんだけの能力があるくせに、やってることはただの不良じゃねえか」


「アタシは別に不良じゃないし。てっぺんとるために効率的に生きてるだけだっての」


「てっぺんて、何のだよ?」


「それをアンタに教える義理はない」


自分は好き勝手質問する癖に、俺の質問には答えるつもりはないと。

傍若無人な奴だな、まったく。

今日一日でどれだけコイツに苛立ちを覚えたことか。


「そうか。俺も同じだよ。お前から聞かれたことについてこれ以上俺が答える義理はない。……なあ、もう勘弁してくれないか?何でそんなに突っかかってくるんだよ。昼間のことが原因なら謝るから、もう関わらないでくれよ」


俺は募る苛立ちをそのままに不知火に言い放った。

これまでの人生で、俺はこんなにも直接的に自分の感情をぶつけたことがあっただろうか。


俺と不知火の視線が交錯する。



「嫌だ」



俺の言葉も怒りも真正面から受け止めて、それでも不知火はひるまなかった。


「……アタシだってよくわかんないんだよ。アンタを見てるとなんかイライラするというかモヤモヤするというか……。とにかく変なの!」


「ガキみたいなこと言うんじゃねえよ!うぜえんだよ!!とにかくもう、俺に関わるな!!!」


「うるさいうるさい!他の奴がこんなに気になったのは初めてなんだっての!!……早くこの感じをどうにかして、落ち着きたいんだよアタシは!だからちゃんと答えろ!!」


明確に拒絶したつもりだった俺だが、思わぬ反撃がきた。


不知火小雪は自分の心に嘘をつかない。自分を疑ったりはしない。

どこまでもまっすぐに、心のままに行動する。



何なんだコイツは。

俺のことが理解できないって?

そんなの当たり前だろ。

俺自身、自分のことなんてよくわからないんだから。


何で真剣にやらないのかって?


いじめられるからだよ。


もし仮に、真剣にやった結果俺の能力が誰かの目に留まって部活に入部したとする。

そこで俺が活躍した場合、嫉妬に狂った誰かが俺に目をつけてくる可能性を否定できないだろ?


……おかしな話だって分かってる。

トラウマをいまだに引きずって、過剰に臆病になってるだけだって。


でも怖えんだよ。しょうがねえだろ。


そりゃあ、久しぶりに思いっきり体を動かして気分がよかったことは確かだ。


部活でもやって、何にも縛られることなく競技に没頭できたら、、、なんて想像したこともある。


でも、それに何の意味がある?何の価値がある?


そんなリスクを冒してまたひどい目にあったらどうする?



……これ以上不知火と関わってしまったら、俺が血反吐と涙鼻水でどうにか塗り固めてきた自我が壊れてしまう気がする。



不知火は、俺の拒絶の意思を真っ向から受け止め、それでもお構いなしにさらに内側へ踏み込んできやがった。

俺のことを理解できない。だから教えろ。そう言いやがった。


不知火は、俺のことを理解したいのだろうか?


なぜ?何のために?

わからない。


わかっていることは、不知火がそうしたように、不知火からの言葉を真正面から受け止めるのが俺は怖いということだけだ。

理由はわからないが、ただどうしようもなく怖いのだ。


不知火の言葉に今の俺は応えることができない。


気が付くと俺は、不知火の前から逃げるようにして駆け出していた。



ーーーーー



「ハァ、ハァ」


体育館を飛び出した俺は、ただひたすらに校内を走っていた。

そういえば昔にもこんなことがあった。

あれは小学4年生のころ。


ちょうど俺がいじめられ始めた時だ。


いじめっ子グループから逃げるために、俺は必死で走っていた。

結局つかまって、押し倒されたり蹴られたりでボロボロになったけど。


「なににげてんだよおまえ!」

「おまえにいきてるいみなんかないのに、なんでいきてんの?(笑)」

「ははははは、しね、しね!」


逃げることも、言葉で抵抗することも、何の意味もない。

むしろエスカレートするだけだった。


それに気づいてからはただうずくまって、あいつらの気が済むまでひたすら耐え続けた。


……なんで俺はこんな目にあっているんだろう?

俺が何をしたっていうんだ?

当時の俺は必死になって答えを探した。


「それはなハジメ。同調圧力ってやつだ。『出る杭は打たれる』ってことわざがあるんだけどな」


親父は俺にそう教えてくれた。

子どもの俺には難しくて、よくわからなかったな。


「人気者のお前にみんな嫉妬してるってことさ。そんなのに負けるんじゃねえぞ、ハジメ」


ガテン系で気の強い親父らしい言葉。


確かに、いじめられる前の俺は勉強も運動も得意で、クラスでも目立っていたかもしれない。

……でも。


そんなことが原因で、俺は今こんなに苦しいのか?


親父の方針で学校を休むことは許されない。


あんなに仲の良かったクラスメートも、先生も、誰も俺を助けてはくれなかった。


唯一、兄貴だけは俺のことを心配してくれていたけど。。。



これからの人生でも、ずっとこんな孤独でつらい日々が続くのだろうか?

俺は何のために生きているのか?

生きることに意味はあるのか?


『負けるんじゃねえぞ』


親父の言葉を、当時の俺は受け止めることも、糧にすることもできなかった。


それ以来俺は、脳内現実逃避をすることで辛い日々をなんとか乗り越えた。

小学6年になっていじめっ子が転校してから、俺は二度とあんな目に合わないために、自分を出さないこと、目立たないこと、決して『出る杭』にならないことを心に誓ったのだ。



俺はなぜ、不知火の言葉を聞いて『怖い』と思ったのだろう。


不知火小雪は本当にめちゃくちゃな人間である。

態度は悪いし、口は悪いし、暴力的だし、理不尽なことでキレてくるし、そのくせ美少女で能力はピカイチ。挙げたらキリがない。


だが。


あいつは不良だけど、あのいじめっ子たちとは違う気がする。


あいつは自分に嘘をつかない。



『少なくとも、いまこの瞬間を本気で生きれないような奴の人生に意味も価値もあるワケないっての。……アンタみたいな奴は一生背中丸めて生き恥さらすだけの人生を送りゃあいい』


あいつは、自分の生き方に信念を持っている。



『そのかわり!アタシの前に二度とそんなしょうもないツラ見せんじゃねえ!!アタシの前でこれ以上生き恥さらすつもりなら、目障りだから死んでくれ!!!』


そして、どこまでも真っすぐに、なりふり構わず全力で、俺にぶつかってくる。



『他の奴がこんなに気になったのは初めてなんだっての!!……早くこの感じをどうにかして、落ち着きたいんだよアタシは!だからちゃんと答えろ!!』



あの時の不知火の言葉には、ある種の超常的な力が込められていた。

俺を強烈に揺さぶる何かがあった。


……俺もあいつと同じように、”変”になってしまったのだろうか。

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