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第8話 現実逃避体現型主人公

「なぁにをやっとるんだお前は」

「いてっ!」


曙先生から頭をはたかれた。

先生はさっきまで離れたところからシャトルランのカウントをしていたはずだが、俺と不知火が衝突したのを見て駆けつけてくれたようだ。


……さっきのおっぱいダイブ、先生からセクハラ認定されてないよな?

ラッキースケベとセクハラは紙一重である。誤解されてはおもしろくない。

とりあえず俺は何食わぬ顔で嘘をつくことにした。


「いや、転んだ拍子に不知火とぶつかったもんだから前後不覚になっちゃいまして。かなり痛かったので、不知火にも声かけてたんですよ。大丈夫か?って」


「じゃあ、あのガッツポーズはなんだったんだ?」

「それはほら、あれです。体力測定が終わった喜びからつい出ちゃったんですよ」

「……そうか、まあいい」


どうにかごまかせたようだ。ひとまず安心。

そういやあの時、不知火が妙なことを言っていたな。


「先生、ラジカセが壊れてるっていうのは本当なんですか?」


そう。

そもそも俺がこけて不知火とぶつかった原因は、ラジカセが壊れていることを俺に知らせるために、不知火が追いかけてきたことにある。


「本当だっての」

不知火がゆっくりと体を起こして答える。


「おう不知火、調子はどうだ?けがとかしてないか?」

起き上がった不知火に声をかける先生。


「……大丈夫だけど、大丈夫じゃない」


俺は、立ち上がった不知火との距離を目測した。

よし。

この距離なら急に殴り掛かられても大丈夫。


「で、なぜあのラジカセが壊れているとわかるんだ?」

先生は続けて不知火に問いかける。


「アタシはソイツの折り返し回数をずっと数えてた。アタシとぶつかる直前までで250回」


眉間にしわを寄せた不知火は語気を強めつつ続ける。


「ありえないんだっての。シャトルランの折り返し回数の上限は247回だし。それで思い返したら、だいぶ前からドレミの音のペースが変わってないことに気づいた。それでわかった」


なんと。

シャトルランの回数上限があることを今知った。

そしてなにより、コイツがそんなニッチな知識を持っていることに驚いた。

なるほど、そうであるならいい分の筋は通るな。

不知火の知識が正しいことが前提だが。


俺も思い返してみると、確かに130回を超えたあたりからペースが変わっていなかったような気がしてきた。

感心して不知火に目を向けると、プイっと顔をそらされてしまった。


「そもそもシャトルランの世界記録は165回だし。250回が正規記録だったら、コイツが世界レベルでみてもぶっちぎりの身体能力を持ってることになる。さすがに高1の日本人には無理だろって思ったのよ。……まあ、あのペースで250回まで折り返す持久力は事実なわけだけど」


なんだか恥ずかしそうな、悔しそうな、何とも言えない感じでぼそぼそと話す不知火。

ひとしきり聞いて答え合わせをしてみようということになり、俺たちはラジカセを確認してみた。


するとやはり、130回の箇所が延々とループする仕様になっていた。

……これ、いったいどんな仕組みなんだ?


「見てみたけど、確かに不知火の言う通りみたいだ。どうしたらこんなことになるのかさっぱりわからないけど」

「よ、よしお前ら、これで体力測定は終了だ。記録も今度はちゃんととったし、これで野原先生に渡しておくからもう帰れ」


おや、なんだか曙先生の様子がおかしいぞ。

話題を強引にそらそうとしている。何かやましいことでもあるのだろうか。


「私もやっと飲みに行ける。予約時間はだいぶ過ぎてしまったがな」


なんだ早く酒飲みに行きたいだけか。

だが俺は、曙先生のその言葉を聞いて喜びのあまり小さくガッツポーズした。



この体力測定で、俺にはやりたいことが二つあった。


一つは、ケンカを売ってきた不知火に目に物見せてやること。

これは不知火の様子を見る限り、達成できたと考えていいだろう。


そしてもう一つは、俺にめちゃくちゃな要求をしてきた曙先生に仕返しすること。

そこで俺が思いついたのは、先生が楽しみにしている晩酌の時間を1分でも1秒でも削ることだった。

シャトルランで走り続けられたのも、これがモチベーションとなっていたことが大きい。

時刻はもうすぐ17時30分。

うん、頑張って走って本当に良かった。



「曙先生、ここにいたんですか!」


突然、野原先生が体育館に入ってきた。


「再テストの記録表をまとめないといけなくて職員室で待っていたんですが、全然来ないから気になってきちゃいましたよ」

「ああ、ちょうどいま終わったところです。遅くなり申し訳ございません」


そう言って曙先生は俺と不知火の記録表を渡した。


「よかったです、代わりに引き受けていただいて助かりました。今回は白紙じゃなさそうですね。結果は……。不知火、やっぱりお前はインターハイ級だなぁ。スポーツ系の部活に入ってないのが本当にもったいない。入部する気があるなら歓迎するぞ」


野原先生は記録表をペラペラめくりながら話しを続ける。


「どれどれ、根倉は……。ちょっと曙先生、これ書き間違いじゃないですよね?」

「はい、書き間違いではありません。私が結果を確認して記録を取っていたので」


俺の記録表とほかの生徒の記録表とを何度も見比べている野原先生。

俺は自分の記録をざっくり覚えているが、確かこんな感じだったと思う。



【グラウンド種目】

・50メートル走:5.8秒(6.6秒以下で10点)

・持久走:3,50分(4,59分以下で10点)

・立ち幅跳び:320cm(265cm以上で10点)

・走り幅跳び:6.5m(5.5m以上で10点)

・ハンドボール投げ:70m(37m以上で10点)


【体育館種目】

・上体起こし:70回(35回以上で10点)

・握力:左右ともに70kg(56kg以上で10点)

・長座体前屈:65cm(64cm以上で10点)

・反復横跳び:110回(63回以上で10点)

・シャトルラン:250回(125回以上で10点)



結果的に、俺は全種目ぶっちぎりの満点を獲得した。

体育教師である野原先生が度肝を抜かれてしまうレベルのぶっちぎりで、だ。


断っておくが、俺は決してフィジカルギフテッドというわけではない。

これはただ、いじめられる日々から逃げ続けた人間の成れの果てに過ぎないのだ。


今日の1時間目のように、俺は日頃から脳内現実逃避をすることで苦しい毎日をどうにか生き延びてきた。

確か今日やったのはボクシング世界タイトルマッチの脳内再現だったか。


こういった俺の現実逃避は、脳内だけではとどまらない。


その日に脳内で再現したことを、今度は自分の体で実演するのだ。

どうやったらイメージ通りになるのか。そのためには何が足らないのか。

考えに考え、動きを反復し、必要に応じて筋力を増強し、敏捷性を高め、反射神経を鍛える。

そして、柔軟性を損なわないように注意を払いながら、完璧に動けるようになるまでやり続ける。


これこそ俺が編み出した最強の現実逃避法。

最強たる所以は、これをやることにより一日がすぐに終わるところにある。

色んな分野の超人を自分に憑依させることで現実を忘れさり、彼らの動きに没頭できるのだ。


デメリットがあるとすれば、自分自身が超人になった気になり、強い人間であると勘違いする恐れがある点である。

これはただの逃げだ。こんなことをしても本当の意味で強くなれるわけじゃない。


だが6年。

6年間毎日、俺は逃げ続けたのだ。

そんな逃避をしているうちに気づけば俺は、誰もが知っているあのメジャーリーガーから歴史に名を刻む超レジェンドボクサー、果てはラノベ内のビーター二刀流剣士の動きまで、完全再現することができるようになった。

もちろん、体格差に起因する出力の違いはあるけど。

例えば、どんなに頑張ってもさすがに160キロは投げれなかった。

でもスターバースト・ストリームなら、キリトと同じかそれ以上の威力で繰り出すことができる。


この身体能力は、現実逃避から生まれたただの副産物なのだ。

決して誇れるようなものではないし、これが新たな”出る杭”になる危険性もあるため、できる限り使いたくないというのが本心である。


不知火と曙先生しかいないという状況で、かつ、どうしても譲れない目的がなければ、俺はこんなことはしていない。




「あの、少なくともシャトルランの250回っていうのはありえないんじゃないですか?上限は247回だったはずなので」


野原先生からシャトルランに関する情報の裏付けが取れた。

どうやら不知火の言ってたことは間違いないらしい。


「いや、実はラジカセの調子が変で、、、」

かくかくしかじかと曙先生が経緯を説明する。


「なるほど、にわかには信じられませんね。。。もしかして曙先生、また機材を壊したんじゃないでしょうね?」


「えっ」


「曙先生が触った職員室のPCが急に煙出したり、曙先生が使った後に必ずマイクの調子が悪くなったり、それが原因で放送室を出禁にされたり。。。私物以外の機材に必ず不可解なトラブルを起こすことで有名ですからね、曙先生は」


「し、失礼な!私は今回なにもおかしなことはしていないですよ。事前に受けた説明の通りにラジカセの再生ボタンを2回押しただけですから」


曙先生が機械オンチとはまた古風だな。この人にそんな欠点があったなんて。

……ちょっとかわいいじゃん。

俺のスマホとか絶対に触られないようにしよう。


しかし曙先生がいくら機械オンチだとしても、今回それが発揮される瞬間はなかったように思う。

現にスタートしてから130回の折り返しまでは問題なくできてたしな。


不知火に止められるまで俺はずっと走り続けてたし、その間ラジカセからは音源が流れ続けていた。

つまり曙先生がラジカセに触れたのはシャトルラン開始と終了の2回のみのはず。。。

いや待てよ、そういえば……。


「曙先生、不知火がバテて止まったあたりで俺がまだ走ってるのにラジカセを止めようとしてましたよね?結局俺が阻止しましたけど。そのときラジカセ触ってませんでした?」


俺がそう聞くと、曙先生はビクッと肩を震わせた。


「……そうだったっけ?」


「やっぱり曙先生が原因なんじゃないですか。まあシャトルランの結果は130回以上走っているみたいだし10点でいいですけど、ラジカセの破損報告書は書いてもらいますからね!」

「えぇー、、、」

「さあ、今から職員室に行くんです。破損報告書を書くついでに体力測定の成績表の整理も手伝ってください」


まるで死刑宣告でも受けたかのような表情の曙先生。ざまぁみろだ。


「そんな、殺生な、、、」

「不知火と根倉、お前たちも着替えて早く帰りなさい。ああそうだ、着替える前に使った機材の片づけを頼む。これ倉庫のカギな。片づけ終わったら職員室に返しに来るように」


野原先生はそう言うと、曙先生を職員室に連行していった。


今後は野原先生にも注意しておこう。

あの曙先生ですら強引に使ってしまう人使いの荒さ。

次のブラックリスト第一候補だな。


しかし偶然も重なったが、ここまでうまく仕返しができるとは思わなかったぜ。

俺は誰も見ていないことを確認し、今日イチのガッツポーズをした。

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