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第7話 匂いフェチ

体力測定の再テストが始まって約1時間が経過した。

今は最終種目の真っ最中である。

ドレミファソラシドの音源を聴きながら、俺は無心で20mを往復している。


おそらく体力測定の中で最も嫌われているであろう種目、シャトルラン。

俺はというと、大量の汗をかくことと時間が長いことを除けばこの種目に苦手意識はない。

放課後であとは帰るだけ、かつ、周りには不知火と曙先生しかいない、というこの状況でその二つは特に気にする必要もない。


「不知火、130回」


体育館に曙先生の声が響いた。

どうやら不知火は力尽きたようだ。


「……クソ、、が、、、」

悔しそうな声のほうに目をやると、不知火は仰向けに倒れていた。


女子は88回、男子でも125回以上であれば評価は10点となる。

不知火の記録に悔しがる点など何もない。

というか俺としては、不知火が本当に女子なのか疑わしくなってきているまである。

……いや、まぁ体つきはまごうことなく女性なんだけどね。


これからいくら走っても俺の評点は変わらない。

さて、どうしようか。


すると、曙先生がラジカセに手をかけているのが目に入った。


「止めるな!!」


俺は走りながら、無意識に叫んでいた。


『アンタにとって意味があることって何?価値があることってなんなワケ??』


不知火の問いが、俺の頭の中で反芻される。

思い返してみると、これまでの俺の人生には何の意味も、何の価値もなかった。


『おまえにいきてるいみなんかないのに、なんでいきてんの?(笑)』


小学生の頃、無邪気ないじめっ子から言われた言葉が思い出される。

当時の俺は心無い言葉にひどく傷ついたが、今思うと、なるほど確かに意味はないなと思う。

いじめっ子らの言葉はなかなか的を射ていたわけだ。

ホント、俺ってなんで生きてんのかな。


……ただ。


『アタシの前に二度とそんなしょうもねえツラ見せんじゃねえ!!アタシの前でこれ以上生き恥さらすつもりなら、目障りだから死んでくれ!!!』


今この瞬間に限り、俺の生きる意味は俺のことをボロカスに言ってくれた不知火の度肝を抜いてやることだ。


あそこまで言われて、言われっぱなしで終われるか。

そんな柄にもない感情が俺の中に芽生えていた。



走る。走る。全力で走る。

とにかく無心で、無我夢中で。

もう、どれだけ時間が経ったのか、何回往復したのか、わからない。

とんでもなく長いような、ごく短いような。

集中しすぎて時間感覚がおかしくなるこの感じ。

名作のアニメを1話から最終話まで一気見し終わったときに似ているかもしれない。


……シャトルランって終わりは決まってるのだろうか。

このまま俺が走り続けて音に遅れるまで一生終わりは来ないなんてことはないよな?

体の調子は問題ないし、あと1時間は余裕で走り続けられるんだが。

やると決めた以上、俺は自分からわざと止まる気はない。


「……れ」


雑念を振り払うように体を切り返す。

ふくらはぎに蓄積した乳酸が心地よい。

限界までとことんやってやる。


「止まれ!」


決意を固めた俺の前に、突然不知火が飛び出してきた。

……本当になんなんだコイツは。

本気でやれっつったり、止まれっつったり。。。


物理的にも精神的にもコイツに振り回されっぱなしだ。

だが俺は、今だけは絶対に引かないと決めている。

不知火との距離が近づき、目が合った。

それでも、俺は足の力を緩めない。


「ッ!」


眼力から何かを悟ったのか、不知火は俺の目の前から飛び退いた。

あいつの言いなりになってたまるか。

対岸に着き、俺はより一層の力を込めて切り返す。

そんな俺を追いかける足音が響く。


「だから止まれって!」

「うるせぇ!」


コイツもしつこいな。わざわざ追いかけてきやがって。

俺がいまこうして走ってるのも全部お前が原因だ。

何と言われようが俺は止まらんぞ。


「もう終わりだ!あのラジカセは壊れてる!」


……今なんて言った?

ちょうど切り返しのタイミングで虚を突かれ、足がもつれる俺。

やばい、倒れる。。。


振り返りざまに俺を追いかけて近づいてくる不知火が目に入った。


「ちょ、待ッ」


ドン!!!


衝突音が体育館に轟いた。

うつぶせに倒れる俺。


痛っ、、、たくない?


床との衝突から想像されるような硬い衝撃は一向に伝わってこない。

代わりに、ハリがありつつも優しく沈み込むような柔らかさが俺を包み込んだ。

温度もだ。

床材に塗装されたポリウレタン樹脂の無味乾燥な冷たさはなく、しっとりとしていて暖かい。

続いて、花のようにさわやかでありつつもクセのある、頭がクラクラする香りが俺の鼻腔をくすぐる。


……何が起こった?


顔を確かめるために手を持って来ようとすると、隆起した何かにあたる。


「ッ」


うめき声が聞こえ、何かが震えた。

……俺は鈍感系ではない、と自負している。


大体わかった。

自分の置かれた状況、そして俺に危機が迫っているということを。

だが正しく現状を把握したいし、念には念を入れる必要がある。

俺は心持ち広めに腕を広げ、腕立て伏せの要領で体を上げた。


「あ、アンタねぇッ、、、!」


俺の両手の間には、仰向けで倒れながらも俺をにらみつける不知火がいた。


やはり、俺は切り返しのタイミングでバランスを崩し、俺を追いかけていた不知火と衝突したようだ。

不知火の体が緩衝材になったため、俺はダメージを受けなかったわけだ。

起き上がったときの自分の顔と不知火の体の位置関係からして、緩衝材になってくれたのは不知火の豊かな乳である。


そしてこの後俺を待ち受けるのは、まず間違いなく不知火からの拳の雨。


この間近に迫った運命を変えるには、どうすればよいのか。


コイツ相手に言葉は意味を成さない。

距離をとっても無駄であることは身をもって理解している。

そんな俺が導き出した答えは。


「ちょっ、こらっっっ!」


俺は再び大きな2つの緩衝材に顔を預け、後頭部から首にかけてを両手で覆った。

顔面は不知火に密着することで、後頭部や首は自らの両手で、みぞおちや金的はうつ伏せになることで守る。

これが俺の導き出した最適解。

現状、俺がとりうる中で最高硬度の防御である。


セクハラだなんだと騒がれるかもしれないが、倒れた時点でのしかかっちゃってるし、1回も2回も大して変わらないと開き直ったからこそできる、逆転の発想である。

防御姿勢はとれたので、様子見も兼ねてとりあえず謝ってみた。


「ごめん、許して?」

「いつまでくっついてんのよ!さっさとどけっての!!」


そう言って俺の体を引きはがそうとする不知火。


「嫌だ、許してくれるまでどかない。だってお前絶対殴るじゃん!」

密着したまま答える俺。


「当然殴る。っく、だからとっとと殴られろ!」

「じゃあ嫌だ。身を守るために俺はここを譲らん」


体重を不知火に預けるようにして、俺は守りの姿勢を強めた。

不知火はじたばたと暴れるが、手足にあまり力が入っていないように感じる。

ここまでの再テストの疲れが出てるのかもしれない。


よし、我慢比べと行こうじゃないか。

長期戦においては呼吸を乱さないことが重要だ。

すー、はー、すー、はー。


「ひゃあッ⁉」


不知火の力がさらに弱まった!いける!

……ところでさっきも思ったが、さわやかな香りの奥からほのかに発酵臭が顔をのぞかせるようなこの香り、すごく癖になるな。


「わかった、許す。殴ったりしないからどいてくれ……」


しかし不可抗力とはいえ、クラスメートの女子の谷間に顔を突っ込みあまつさえ香りを楽しむような事態になるなんて。。。

すー、はー、すー、はー。


「んあっ」


このことが広まれば明日から学校に俺の居場所はなくなるだろう。

……いや、待てよ。

もともと俺に居場所なんてないじゃないか。

つまりこの状況、俺にとって得はあれど損はない。

よし続行!!


……自分で言ってて悲しくなるな。まったく。

まあ相手が不知火だし、コイツもぼっちだから俺の悪評が広まることは特に心配いらないか。


「んっ、ぐっ、すん……」


弱弱しい声を発し、不知火が暴れるのをやめた。

我慢比べはどうやら俺の勝ちらしい。


……ていうかコイツ、泣いてる?俺もしかして、クラスメート女子にセクハラして泣かしちゃった??


俺は防御姿勢を解除し、むくりと起き上がった。

眼前には顔を手で覆い仰向けでくたっと倒れている不知火の姿が。


今日一日コイツには本当に振り回されたが、最後に仕返しができて俺の留飲も下がった。

普段あんなツッパってる不知火のこんな姿、この学校で見たことあるのは俺くらいだろう。

俺は拳を握り、小さくガッツポーズした。


……こんなことして喜んでる俺には、やっぱり生きてる意味も価値もないんだろうな。

出るとこ出られたら普通に犯罪だし。

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