表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/15

第5話 曙小夜の無理難題

体力測定の後は滞りなく授業を消化し、気づけば放課後になっていた。

気が進まないながら、俺は曙先生の呼び出しに応じていた。


職員室へ向かうと、曙先生は足を組み背もたれにだらしなく体を預けていびきをかいていた。

顔にはがっちりとアイマスクをつけて。

教員の中でもだいぶ若手のはずだが、他の先生方がいる中でよくここまで堂々と寝れたものだ。

あきれを通り越してちょっと尊敬してしまった。

これからの人生において、その図太さは俺も見習うべきかもしれない。


「曙先生」

「フガッ!?」


曙先生は俺の声にびくっと体を震わせ、目を覚ました。

慌てて口元をぬぐい、アイマスクを取る。


イカれたテンション、躊躇なく生徒の首を絞める凶暴性、職員室での傍若無人な立ち居振る舞い。

不知火小雪に続きこの人もブラックリスト行き確定である。


「来ましたけど、話ってなんすか?」


教室で声をかけられた段階ですでに嫌な予感はしていた。

どうせろくでもない要件に違いない。

ゴホンと一つ咳払いをして、先生は何事もなかったかのように話し始めた。


「うむ。根倉、お前呼び出したのは他でもない。お前と不知火、二人で新しい部活を作ってもらいたい」



……なんだって?


「すみません、ちょっと理解が追い付かなくて。もう一回いいですか?」


「お前と不知火、二人で新しい部活を作れ」

「嫌です」


自分でもびっくりするぐらい食い気味で返事してしまった。

ていうか、二回目は命令形になってるじゃねーか。


「なぜだ?お前は帰宅部だろう。理由を聞こうじゃないか」


表情を変えずに先生が俺に問うてくる。

むしろなぜ引き受けてもらえると思ったんだろう。


「それはこっちのセリフですよ。あまりにも唐突すぎるし、そうする必要性もわからないんですが」


俺がそう言うと、先生はしなやかな白い人差し指を顎にあてた。

「……ふむ。必要性か。どこから話したものか」

少し間をおいて、先生は言葉を続ける。


「根倉、お前の目に不知火小雪はどう映っている?」


「はい??」


「不知火小雪についてお前がどう思っているかと聞いている」

これまたよくわからない問いが飛んできた。


「……そうっすね、変な奴だと思います」

これが今の俺の、不知火に対して持っている印象である。


「ほう。具体的に聞かせてくれ」


「具体的にって、見ていて変だと思いませんか?暴力不良女かと思いきや勉強できるっぽいし、授業のさぼり方も独特だし」

ああいうタイプの奴は学校に来ないでゲーセンでたむろしたり、彼氏の家であんなことやこんなことしたり、バイクを乗り回して補導されてるイメージがある。

完全な偏見だが。

学校に来て授業サボるならお絵描きじゃなくてスマホいじりだろ、普通。


「あとは飛びぬけた身体能力と容姿っすかね。こう、全てを持って生まれてきたって感じで」


腕組みをしながら俺の話を聞く先生。どこか納得がいっていない様子である。

「話が見えんな。それと『変な奴』とはどう関係がある」


一呼吸おいて、俺は説明を続けた。


「なんというか、そこまで恵まれた人間なら学校中が注目する人気者になってそうじゃないですか。あいつは内部生みたいだし、昔から持て囃されてても何ら不思議じゃないと思うんですよ。……なのに何であんなジャックナイフみたいになったのかなって。そう考えると、変な奴だと思えてきませんか」


そこまで俺の話を聞いて、先生はフッと小さく笑った。

「なるほどジャックナイフか。変な奴かはおいといて、確かに今日お前が受けた仕打ちを思えばそんな印象を持つのも無理はない」


右ストレート1発、コンビネーションパンチ合計28発。

たとえ通り魔でもここまでナイフをめった刺しにはしないだろう。

「お前は、不知火を怖ろしいと思わないのか?」


「……いえ特には。面倒なんで関わりたくはないなとは思いますけど。何でそんなこと聞くんすか?」


先生は一瞬ぽかんとした表情を見せた。

「なんでって、ジャックナイフのキレ味をその身で味わっているじゃないか」

「まあそうっすけど。でもあれぐらいなら兄弟喧嘩の範疇なんで慣れてます」

「それにほかの生徒は不知火を怖れている」


「それは関係ないんじゃないですか?」


その言葉は、俺の口から自然と出ていた。


「確かに、俺も最初はあいつのことをおっかない奴だと思ってました。でも今日あいつと何度かモメて、本当の意味で怖ろしいとは思わなくなりました」


もし不知火が、どうしようもないただの不良だとしたら。

絶対に、あそこまでの体のキレを生み出すことはできないはずだ。

絶対に、進学校である神高の授業についていくことなどできないはずだ。


「あいつは多分、みんなが思ってるような不良ではないです。何というか、内に秘めている何かを発散できずに嘆いているだけっていうか。。。それであんなちぐはぐな行動をしているんじゃないかと。そう思ったら、変でちょっと面白くないっすか?……だから別に、怖ろしいとは思いません。めんどくさいっすけどね」


武道家は拳を交えると相手のことがわかるというが、俺は今日一日で何度か不知火の殺気を受け止めた。

その中で、何となくあいつの胸の内を感じ取った気がするのだ。


そこまで聞くと先生は、フムとうなずき言葉をつづけた。

「なるほどな。……変かどうかは置いといて私も惜しい奴だとは思っている。この学校を見渡しても不知火ほど可能性を秘めている生徒は他にいないだろう。文武ともにな」


先生にここまで言わせるとは不知火はよほど高く買われているらしい。

まあ、あいつのポテンシャルの高さは俺もこの身を持って実感しているからわかる。

”出る杭”どころの騒ぎじゃあない。


「だが不知火にはその溢れる才をぶつけられる場所がない。受け止められる理解者もいない。それがこの上なく惜しいと思うんだよ、私は」


なるほど、確かに共感できなくもない。

優れた才能を持つ人間でも、それを磨く環境や良き指導者に巡り合えなければくすぶったまま終わってしまうというが、そんなイメージだろうか。

不知火なら、その気になりさえすればスポーツ・勉強・芸術それぞれの分野で様々な人間から声がかかるに違いない。

ただ……。


「言いたいことはわかります。でも場所はともかく、いつキレるかわかんない時限爆弾みたいな奴ですよ?……受け止められる理解者なんか一生現れないと思いますけどね」


先生もうなずく。

「私もそう思っていたよ」


そして、にやりと笑ってこう言った。


「そう、昨日まではな」


……なんとなく話は読めてきたが、まさか。。。


「さて改めて本題だ根倉。不知火と二人で新しい部活を作れ」



「ちょっと待ってください。つまりこういうことですか?俺の手で、不知火が才能を発揮できる場を作れと。つまりはそういうことですか??」



満足そうに笑って、先生はうなずいた。

「概ねあっている。わかってもらえてうれしいぞ」


理不尽な命令過ぎてすぐに反抗しようとしたが、先生の顔がとんでもなく美可愛(ビカワ)いくて気勢を削がれてしまった。

傍若無人な立ち居振る舞いですっかり忘れてたが、普通にしてればこの人も不知火に引けを取らないくらい美麗なんだよな…。

自分の容姿を武器にして相手に要求をのませる手口は、悪女そのものである。


だが、俺にその手は効かない。


「なるほどよくわかりました。理解したうえで答えはノーです」

きっぱりと、俺は言い切った。


「ほう?」

スカートから伸びる肉感的な足を組み替え、先生は悠然とした構えを崩さない。


「これは命令だが、お前にとってメリットのある話でもあるんだぞ?」

そういって先生は俺にずいっと顔を寄せてきた。

陰キャ童貞の俺には刺激が強いシチュエーションである。


「1つ。内申点の加点を約束する。点数はお前の部活での貢献度に応じて私の独断と偏見で決める」


なるほど、そう来たか。

だが現段階で人生の進路を決めている俺にとって、その手の揺さぶりは通用しない。

安定と忙殺が待ち受けるだけの、夢も希望もない進路だが。


「別に成績とか内申点とか興味ないので無価値ですね」


俺の言動に反応してピクリと先生のこめかみが引き攣るのを俺は見逃さなかった。


「2つ。部活動として認められれば部室が与えられる。つまり学校内にプライベートスペースを持つことができる」


ほう、ちょっと意外な切り口から攻めてきたな。

だが真正ぼっちたる俺にその手の揺さぶりは通用しない。


「小中で培った経験から、俺はすでによさげな半プライベート空間をいくつか見つけてます。なので無価値です」


こめかみに続き、今度は眉毛がピクピク痙攣を始める。


「3つ。私と不知火という、超越的な美人と同じ時を過ごすことが」


「それ、無価値通り越してデメリットっす。学校が誇る二大ゴリラと継続的に関わらなきゃいけないとかどんな罰ゲームだよ」


3つ目はもちろん即レス。考えるまでもない。


俺のレスを聞いて拳をグーパーグーパーさせている目の前のゴリラ。指がパキパキなってて怖いんだが。

次の瞬間、俺の顔面目掛けてその手のひらを向けてきた。


「私の握力はゴリラの十分の一しかない。ゴリラに謝れ」


「いってえ!」


そういいながら俺にアイアンクローをかましてきた。

……怒るとこ、そこ?

やっぱ人外だな。感性も一味違う。

てか、ゴリラの握力って500キロくらいじゃなかったっけ。この人握力50キロもあんの?


美女の一面を見せてきたりゴリラに豹変したり、曙先生も不知火に負けず劣らずの変人っぷりである。


「いっててて。痛えけど俺は屈しませんよ。先生に命令されたところで俺がそれに従う義務も義理もないですよね?」

ダメ元で俺は必死の抵抗を試みた。


「ああ、そうだ」

先生は意外にも追撃をしてこなかった。


「ああは言ったが結局のところお前をその気にさせなければ私の目的は達成できない。だからこれ以上お前を揺さぶっても、本当はあまり意味がないのだよ」


「じゃあ、もうこの剛腕を離してくれても良いんじゃないっすか……?」


「握り心地が良くてな。もう少しだけやらせてくれ」

曙先生は、自分の快楽のために人の頭蓋を握りつぶそうとしている。ただの暴力だ。もはや体罰ですらない。

そこは建前でもいいから、教育のためだと言って欲しかった。


満足いくまで俺の頭を握った曙先生は、椅子に座りなおして、優しげな笑顔を俺に向ける。



「私は他の誰でもない、お前に声をかけた。お前ならできると私は確信している。これでも人を見る目には自信があるんだ」



「そんなこと言われても……」

「別に今すぐに決断しろというわけではない。少し考えてみてくれ」



……今日はなんて厄日なのだろうか。


朝から無駄にビジュアルのいい不良女に殴られ気絶させられ、コンビネーションパンチを見舞われ、無駄にビジュアルのいい担任の女教師にチョークスリーパーで落とされ、終いにはその不良女と部活を作れと命令され。。。


おかしい。

こうやって振り返ると、ビジュアルのいい女性と何度も交流したはずなのに心躍る瞬間が全くなかった。

先生はああ言っていたが、俺と不知火で部活を作ったとしてうまく回るイメージが全くわかない。

何かにつけて俺が不知火に殴られる未来しか想像できない。


それに部活を作るって、何部を作ればいいんだよ。それも俺が考えろっていうのか?


……ああ、面倒くさい。

それもこれも全部、あいつと出会っちまったせいだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ