第4話 怪物的身体能力、そして性癖の発露
キーンコーンカーンコーン。
授業終了のチャイムと同時に目が覚めた。
俺は自分の机に突っ伏した状態で伸びていたらしい。
まだ一限目が終わったばかりだというのに、すでに2回も気絶してしまっている。
……ペースおかしくない?
そもそも学校生活で気絶した回数を気にする時点で異常だ。
まあ、これまで俺が経験してきた学校生活が世間一般でいうところの普通だったかというと甚だ疑問だが。
「目が覚めたか」
曙先生が席までやってきた。
「お前にはいろいろと言いたいことがある。長くなりそうだからここでは言わんが。ということで、今日の放課後職員室に来るように」
「俺が悪者みたいじゃないですか。納得いかないんすけど」
基本的にはコミュ障な俺だが、なぜかこの先生相手には発動しない。
内なる俺は、この人に対する遠慮おべっか建前もろもろ意味をなさないと判断したようだ。
「お前が納得してるかどうかは私にとって至極どうでもいいことだ。もし来なかったら、次は落としたうえでどこかしらの関節を外す。わかったな?」
そう話す曙先生の目が物語っている。本気だ。本気と書いてマジだ。
この人、ほんとに令和を生きる社会人か?
「体罰とかいつの時代の教育者だよ」
「生憎、言葉だけで教育できるなんて甘っちょろい考えは持ち合わせていないもんでな。特にお前らみたいな小僧小娘を相手にするならなおさらだ」
かくして、俺の中でこの人も脳筋ゴリラな危険人物としてインプットされた。
まあ、その思想には共感できなくもない。
「わかりましたよ、行きますって。俺も痛い思いはしたくないので」
「わかればいい。ほれ、次の授業がもう始まるぞ」
先生につられて時計を見やるとあと一分ほどで二時限目が始まる時刻である。
気づいたらクラスメートは全員移動していた。
次はグラウンドで体育なのだ。
「頑丈だから大丈夫だろうが、もしふらついたりするようなら無理はするなよ」
……自分でチョークスリーパー極めといてよく言うぜ。
俺は急いで支度を済ませ、教室を後にした。
グラウンドに着いたのは始業のチャイムから少し遅れてのことだった。
50歳手前の肝っ玉母ちゃんチックな体育教師がすでに授業の説明を始めている。
「全員二人組は作れたか?今日の授業は体力測定だから二人一組で動いてもらう。半分は体育館に移動して室内種目から。もう半分はここに残ってグラウンド種目からだ。はい、移動開始!」
俺が到着するまでの時間でペア作りは終わってしまったのだろうか?
まあ、昔から余りものとして先生とペアを組んでいた俺である。
この程度は慣れっこ。特に恥ずかしくもない。
それに先生相手なら顔色伺ったりしなくていい分むしろ楽まである。
「二の四の六の八の、、、む?」
先生が指さしながら生徒の数を数えなおしている。
「さっきまで奇数だったが、数え間違えたかな。偶数人いるし、これで全員ペアを組めるはずだ」
どうやら俺みたいな奴が他にもいたようだ。
類は友を呼ぶし、残り物には福があるともいう。
もしかしたら人生初の”親友”ができるかもしれない。
俺は期待を抱かずにはいられなかった。
「よかったな不知火。今日で先生とのペアも解消だ。通算二十九回。思い返すと何だか感慨深いなぁ」
……はい知ってました。
俺の淡い期待は一瞬で打ち砕かれた。
何が親友だ。俺はそもそもこの言葉が嫌いだ。
『私たち親友だよねっ?』とか言って親友であることを確かめ合うシーンとかホント見てられない。
それ、うちは一族なら殺害予告と同義だぞ?
そもそも俺は男女平等無差別が信条の男。
特別親しい人間を作ってしまっては信条に反することになる。
だから、これでよかったんだ。。。
それにしてもまたコイツか。
そりゃそうだよな、奇数しかいなくてあぶれるとしたらまずコイツしかいないよな。
不知火は不機嫌を隠そうともしない。
何か言いたげだが、無言で先生に鋭い視線を向けるのみである。
この体力測定はペアで各種目を回っていき、お互いの結果を記録していくスタイルである。
したがってペアを組む以上、会話しないわけにもいかない。
気まずさを押し殺し、俺は声をかけた。
「まあ何だ。さっきは悪かったよ。よろしく頼むわ」
だが不知火はこちらを見向きもしない。
「あの先公マジでむかつく。しかもよりにもよって……」
ブツブツと独り言を言う不知火に俺の声は届いていないようだ。
にしてもその言われようは傷つくな。。。
いつコイツから拳が飛んでくるかわからないし、ちゃっちゃと測定を終わらせてペアを解消したい。
それはもう切実に。
俺は気を取り直し、配られた体力測定記録表に目を通した。
そこには種目の内容や男女それぞれの平均記録、記録に応じた評点が書かれている。
測定種目は全部で10種類である。
【グラウンド種目】
・50メートル走
・持久走
・立ち幅跳び
・走り幅跳び
・ハンドボール投げ
【体育館種目】
・上体起こし
・握力
・長座体前屈
・反復横跳び
・シャトルラン
俺たちのペアはグラウンド種目から測定することになった。
走り幅跳びがあるのが珍しい気がする。神高のオリジナルだろうか。
俺は運動に苦手意識はないしむしろ好きだが、授業となると全然やる気が出ない。
放課後の呼び出しもあるし、体力をセーブすることにしよう。
グラウンドにいる全員で準備運動を行い、測定が始まった。
特に話し合ったわけではないが不知火が先に測定したそうだったので、俺は記録係として不知火の順番が来るのを待っていた。
待ちながらみんなの体力測定に取り組む姿をぽけーっと観察していると、なんとなく人となりが見えてくる。
運動部に所属しているガチ勢っぽい奴、運動が苦手なことを自覚しあからさまに手を抜いている奴、苦手なりに全力で取り組む奴、などなど。
ちなみに俺は、本気出しちゃうと目立って運動部からスカウト来るかもしんないからあえて手を抜く奴、である。
我ながら自意識過剰でキモいなと思う。
さて、では不知火はどんなタイプだろうか。
俺の予想は、運動神経はいいけど疲れるし面倒くさいからポケットに手を突っ込んでテキトーに流す奴、である。
もうすぐ奴の番が来る。そこで答え合わせと行こうじゃないか。
全種目の測定が終了して結論が出た。
不知火は怪物だった。
50メートル走にて。
不知火は自分の番が来ると、特に何か表情を浮かべることもなく、ごく自然体でスタート地点に立った。
肝っ玉母ちゃんとは別の、若手体育教師がピストルを上に向ける。
たかが体力測定にわざわざピストルを使うなんて、さすが私立高。金が有り余っているのだろう。
「セット」
かけ声と同時に不知火の姿勢が低くなる。それと同時に雰囲気も変わった。
パン!
まず着目したのは反応速度。
ピストル音からワンテンポ遅れてスタートする生徒がほとんどの中、不知火はピストル音とほぼ同時に地面を強く蹴った。
次に目を奪われたのはフォームである。
低姿勢でピッチを上げ加速、スピードが乗ったところでストライドを広げ姿勢を起こし胸を張る。
その一連の流れはテレビで見た世界陸上の選手もかくや、といった美しさであった。
俺は先生の記録を聞き逃さぬよう、ゴール付近で待っていた。
ゴール直前、トップスピードに乗った不知火の乳はヘヴィメタのライブでヘドバンする観客のごとく暴れ散らかしていた。
それはもう、ばいんばいんって感じに。
そして、結果は。
「不知火、6.9秒」
……不知火の50メートル走は6.9秒っと。
え、6.9秒⁉
俺は測定記録表を見返した。
おい、女子は7.7秒以下で最高評点だぞ?
男子で見てもだいぶ上澄みの結果だ。
「おい!お前、陸上やってたのか?めちゃめちゃ速かったけど」
驚きを通り越して興奮してしまった俺は、思わず不知火に話しかけてしまった。
「別に」
「フォームもめちゃめちゃ洗練されてたじゃねえか。ガトリンかと思ったぜ」
「別に。ただ速く走ろうと思ったら自然とああいう感じになっただけだっての。てか誰だよそいつ」
そっぽ向きながら素っ気なく話す不知火。
褒められる経験が少ないからなのか、照れているらしい。
コイツ、照れるとエリカ様みたいになるんだな。
記録的にも運動センス的にも、不知火は圧倒的だった。
以降も同じ調子で、怪物的記録をたたき出していった。
その中でも特に凄まじかったのが反復横跳びと上体起こしである。
反復横跳びは移動速度が速すぎて不知火だけ二倍速で再生された動画みたいになっていた。
これが現実であると唯一実感させてくれたのは、移動速度についていけず、とんでもない横Gにより反復横揺れする不知火の乳だけだった。
それはもう、ぼよんぼよんって感じに。
上体起こしも反復横跳びと同じく一人だけ異次元の挙動だったが、上体起こしの場合、不知火の動きをほぼゼロ距離で見ることとなったのがこれまでと異なる点だ。
足を抑えるのはペアの片割れの役目だったのだ。
「ふっ、んっ」
俺の耳に届く不知火の呼吸音。
抑えた足首から伝わる体温。
想像よりも頼りなく深雪のような肌感。
俺の名誉のために補足するが、不知火はルーズソックスを脱ぎ裸足にシューズというストロングスタイルだったため、地肌に触れるのは不可抗力だった。
暴力メスゴリラと認識してはいたが、近づいては遠のいてを繰り返す不知火の美しい顔立ちを見ていると、感覚がおかしくなってくる。
このルックスで運動センスもカンストとか、この世のバグかよ。
おまけに巨乳。
激しい上下運動により上体起こし中の乳は、さながらトランポリンで無邪気に跳ね回る子供のようである。
それはもう、ぼよんぼよんって感じに。
そして起こした上半身と膝に挟まれるたびに苦しそうにつぶれていた。
超高速かつ一定のペースで動き続ける不知火。
それを数える俺。
先刻の気絶ダメージが残っていたこともあり、俺は気が遠くなっていた。
「……い」
「…おい」
「いつまで触ってんだって、の!」
不知火式ヘッドバットがゴツンと俺の額に直撃し、現実に引き戻された。
終わってみれば不知火は全種目で満点評価。
いくつかの種目は男子の評点で見ても満点をとれる逸脱っぷりである。
……ホントなんなんだコイツは。
ちなみに俺はというと、全種目平均点。
体力測定が終わったところで不知火がぬっと近寄ってきた。
そして評価シートを指さして言う。
「それアタシが出しとくから。よこせ」
「ん?おう」
コイツ不良のくせに後片付けしてくれるのか?
思ってもみない申し出に、俺はうまく反応できなかった。