第3話 短気JKの勘違いで暴力を振るわれた挙句、担任女教師のチョークスリーパーで気絶しそうな件について。
俺の右手はがっちりと不知火の消しゴムを握りこんでいた。
……我ながら呆れる。
不知火のことを要注意人物と識別しておいて、自分から関わり合うようなことをしてしまうなんて。
妄想と現実の境があいまいになって反射的に動いてしまうのは俺の悪い癖だ。
だがキャッチしてしまった手前、返さないわけにもいかない。
幸い不知火はこのことに気づいていないようだし、ちょっと一回落ち着こう。
俺は手に収まっているブツを確認する。
それはリアルテイストのかわいらしいネコがプリントされたことを除けば何の変哲もない消しゴム。
不知火の奴、ネコ好きにもほどがあんだろ。
さて。冷静になったところでこの問題を片付けよう。
俺は不知火に気づかれないように机の端にのっけて置くことにした。
もし会話にでもなってコイツの機嫌を損ねたら何されるかわかんないしな。
行くぞ。
顔は正面を向いたまま、そーっと……。
ガシッ。
ん、なんだろう。
右手首を強い力でつかまれる感触。まるでキツキツの手錠をかけられたような。
……ミシミシミシッ。
さらに右手首を強く締め上げる感触。
人体から出てはいけない音が出ちゃってるよ、おい。
チンパンジー並みの握力の持ち主である隣の不知火は、低く鋭い声で言った。
「見たな?」
それは……どっちの?
落書きのことか、それとも消しゴムカバーのことか。
なんだかすごく怒っていらっしゃるし、どっちにしてもここは見てないと答えるのが無難。
俺の右手首、白く変色して感覚なくなってきちゃってるし早く答えなければ。
「……見てにゃい」
まずい、痛みで言葉がうまく発せなかった。
俺の返答を聞いて、不知火は顔を赤らめ目じりを吊り上げる。
「てめぇ、さっきからアタシのことおちょくってんのかッ」
「いっででででで⁉」
掴まれた手を捻りあげられて思わず声を上げてしまった。力強すぎだろコイツ。
「ついに第二ラウンド始まったか⁉」
「あいつ、二回もお嬢に喧嘩売るとかバカか死にたがりのどっちかだな」
湧き上がるオーディエンスからの歓声。見てないで誰か助けてよ。。。
この状況に気づいた曙先生からも声がかかる。
「おーいお前ら静かにしろー。根倉、次なんかやらかしたら減点だかんなー」
「いや、そんなことよりコイツ止めてくださいよ!」
俺はただ消しゴムを拾っただけなのに。
はあー、と一つため息をついて先生は不知火を咎めた。
「不知火。お前は減点な」
「なんでだよ。騒いだのはこいつじゃん。アタシは真面目に授業受けてたし」
嘘つけ。
「ほう?じゃあこの問題の答えいってみろ」
「ラ行変格活用」
「なんでわかるんだよ⁉お前ネコの落書きしかしてねーじゃねーか⁉」
やばい、びっくりしすぎて心の中のツッコミがそのまま出てしまった。
でもこんな不良が勉強できるとか、ツッコミたくもなるだろう。
「よし不知火、正解したことに免じて減点はしないでおいてやる。ただしそのノートは先生に提出するように。そんで根倉、お前は減点だ」
「なんでですか先生、おかしいでしょ?」
「次やらかしたら減点って言っただろ。授業中の私語内職ツッコミもろもろ全て減点対象だ」
「俺はただ、コイツが落とした消しゴム拾ってやっただけっすよ。そしたらいきなり俺の腕ひっつかんで捻りあげやがったんだ。悪いのはコイツです」
ガタン、と椅子から勢いよく不知火が立ち上がった。
「お前、アタシに言いがかりつけるとかいい度胸してんじゃん。そんなに痛めつけられてえのかよッ」
そう言うや否や、俺めがけて拳をふるってきた。
「アタシの寝顔のぞき見したり、落書きしてんのバラしたり、おちょくってきたり……。一遍死にやがれ!」
「っバカが!人間一回死んだらそれで終わりだ!死んでたまるか!」
ワンツーから左フック、右アッパーと次々に繰り出されるコンビネーションパンチ。
スピード、キレともに申し分なく、かなりの練度を感じる。
不知火の膂力をこの身で味わったからわかる。
まともにもらえば骨は砕け、運が悪けりゃマジで死ぬ。
俺は椅子から立ち上がり、ボディワークを駆使してどうにか回避した。
脳内現実逃避によるイメトレをしていなければ、この怒涛のラッシュには対応できなかっただろう。
自分の攻撃がすべて無力化されたことが信じられないのか、不知火の怒りのボルテージも上がる。
「ッ!マジで何なんだよこの野郎!」
コンビネーションにフェイントまで織り交ぜ、ギアが上がっていく。
こうなってくるとすべての攻撃をいなすのは難しい。
やりたくなかったが、俺は避けきれない攻撃はパリングやブロッキングで応戦した。
やっぱ素手を受け止めるのはめちゃくちゃ痛いな。明日にはきっと痣だらけだろう。
ていうか何でコイツは人を殴ることに全く躊躇がないの?ホントに怖いんだけど。
じりじりと窓際に追い詰められ、とうとう壁まで来てしまった。
もう下がることはできない。
「てこずらせやがって。だが、これで終いだ!」
渾身の右ストレートを放つ不知火。
誇張抜きにマジの殺意が乗った全力の一撃である。
ボクシングでいうなれば、今はロープ際に追い詰められた状態。
こんな時どうするか?
選択肢はいくつかあるが、俺は一番平和的な択を選んだ。
「!!」
瞬間移動のごとく俺の姿が目の前から消え、不知火は一瞬硬直した。
何のことはない。
ウィービングで不知火の拳を左にかわし、その勢いを利用した高速のステップワークで不知火の背後を取っただけだ。
さて、一瞬とはいえ背後を取ったのだ。
今の不知火は完全に無防備な状態である。
どうしてくれようか?
もう俺の中でこいつはクラスメートの女子ではなく、暴力メスゴリラという認識に変わっている。
俺は女子には暴力を振るわない主義だが、この不知火小雪という個体に対しては力で対抗するほかないという結論を出した。
男女平等にうるさい今の時代にもマッチするしな。
よし決めた。
コイツの振り向きざまにレバーブローをお見舞いしてやる。この間約0.01秒。
せいぜい悶絶するがいい。
硬直が解け、不知火の体が回転を始める。
右回りに、徐々にこちらに正対してくる不知火。
それに対し、俺は右股関節を引き絞ってタメを作りつつ、レバーの位置を虎視眈々と探る。
集中しているせいか不知火の動きがやたらスローに見えた。
……やっぱりコイツ、ただ者じゃないな。
体のキレがとんでもなく良い。
そのキレが生み出す体の回転力は、目を見張るものがある。
その遠心力も。
凄まじい遠心力により不知火の胸は服の上からでもわかるほど無造作に暴れだし、スカートはトリプルアクセルをした女子フィギュアスケ―ターばりにめくれ上がっている。
へぇー、こんな不良でもピンク色のパンツ履いたりするんだー。
なんか意外だなぁ。
……おっと。
そんなことに気を取られている場合ではなかった。レバーだレバー。
狙うは、暴れ散らかした巨乳の下乳部分に触れるか触れないかの地点。
あそこに拳をねじ込んでやれば苦しみで不知火も動きを止めるだろう。
決してラッキースケベを狙ってるわけではない。
予測した地点めがけて拳を放とうとした瞬間、俺は自分の異変に気付いた。
……体が動かない。
そして後頭部に何か当たっている。
「私の授業でなめたマネしたら締め上げるって言ったよな?」
俺は背後から曙先生に頸動脈を絞められていた。
極度の集中状態だったせいか、俺は背後に迫る曙先生の存在に気づかなかったようだ。
後頭部に当たっているのは先生の胸。
この状況では全然うれしくない。
「根倉はこのまま気絶させるとして。不知火、お前も頭冷やせ。授業終わるまで廊下に立ってろ」
どうやら俺はこのまま気絶させられてしまうらしい。
短気なJKに勘違いされて暴力を振るわれた挙句、担任の女教師にチョークスリーパーされて気絶しそうな件について。
こんなラノベがあっても誰も手に取ってくれないよな。
タイトルにJKと女教師が出てくるのにラブコメに発展する気配が微塵もないし。
こんな仕打ち、納得いかない。やばい、だんだん意識が薄れてきた。
もうだめだ、落ちる。。。
途切れかける意識の中、俺の目に焼き付いたのは顔を真っ赤にしてスカートを抑える不知火の顔。
……コイツ、ずっと女の子らしい仕草してりゃあいいのに。
こうして俺は本日二度目の気絶をした。