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第11話 現実逃避の先にある現実

がらららら!


「なんだァ、お前?」

倉庫の扉を開けた俺を見て、スマホを構えていた男子が苛立ちを隠さず言った。

「ちょっといま取り込み中だからさァ、扉閉めて出てってもらってもいいかァ?てか、空気読めよおめえよォ」


当然のごとく、闖入者たる俺は歓迎されなかった。

外から覗いていたときは気づかなかったが、上履きの色から察するに、渡辺をいじめているこの二人は2年生のようだ。

名前がわからないので、丁寧口調のインテリ気取りのほうを男子A、語尾が伸びてるガラの悪いほうを男子Bとして識別しておこう。


さて。

これでもう、後戻りすることはできなくなった。

俺は緊張を相手に悟られぬよう、軽いノリを意識して言葉を発した。


「いやぁすみません。ちょっとワタナベ君に用があったもんで」


俺の言葉に対し、男子Bは怪訝な反応を見せた。

「ハァ?ここにワタナベなんて奴はいねえよォ」


よくもまあ堂々と嘘をつけるものだ。

「あのー、そこに座ってんの、ワタナベ君っすよね?」


「……僕の名前はワタナベではなくワタベです……。あの、君は……?」


「てめぇ、勝手にしゃべってんじゃねえよ。俺たちがあいつとしゃべってんだろうが!」

「うっ」


ワタナベ改めワタベは、男子Bに腹をけりこまれ、うめき声をあげた。

……やっちまった。

意を決して飛び込んだのに、こんなコケかたするなんて。

俺がちゃんと名前を憶えていないばっかりに、すまん。


ぼりぼりと後頭部をかいて、気を取り直す。


「あー、もうワタベでもワタナベでもどっちでもいいや。お前のこと曙先生が探してたぞ。どーせしょうもない要件だろうけど、面倒なことになる前に早く顔出しといたほうがいいぜ」


すると、薄っぺらな笑みをたたえた男子Aが代わりに答えた。

「キミ、わざわざありがとね。でも悪いんだけどさ、俺たちいま部活動の真っ最中なんだ。曙先生にはあとで俺のほうから話しに行くよ。だからキミも、もう帰りな?」


「俺はワタベに言ってんだよ。あんたは黙ってろ」


男子Aの笑みに亀裂が入る。


「ワタベ、部活の邪魔して悪かったな。まあ俺の目にはそんな重要な練習してるようには見えねえけど。こんなことしてるくらいなら、先生からのしょーもない要件片づけるほうがよっぽどマシなんじゃねえの?」


うるんだワタベの瞳が俺を見つめている。


「どうする?」

俺はワタベに問いかける。


下を向くワタベ。

俺の目には、ワタベの全身が小刻みに震えているように見えた。


だがそう見えたのはほんの一瞬で、ワタベは地面に手をつきすぐに立ち上がった。


「わざわざありがとう。ちょうど部活も終わるところだったし、僕、曙先生のところに行ってくるよ!」


その言葉を聞いた俺は、どんな表情をしていただろう。

たぶん、笑っていたんじゃないだろうか。


「ちょ、おい!」


「先生、楽しみにしてる晩酌の時間削られてやきもきしてるだろうから、早くいってこい!」

「わかった!っ……本当にありがとう!」


そういうとワタベは、先輩二人の間をすり抜けて勢いよく倉庫から飛び出していった。


……強いな、あいつは。

こんな目にあってもすぐに立ち上がることができるなんて。

俺とは大違いだ。

俺は一歩踏み出すまで3年もかかっちまった。


ただ……。

こうして踏み出すまでの間、二度とあんな目に合うまいと俺は必死に準備してきた。


「なァ。俺たちはよォ、出来の悪い後輩に指導つけてやってたんだぜ?それがこんな中途半端に終わっちまって、、、どう落とし前付けてくれるんだ?おめぇよォ?」


「キミ、新入生だろう?それも外部生。だからなのか、まだこの学校のルールをよくわかっていないらしい。いい機会だし、これから教えてあげるよ。俺たちにたてつくとどうなるか」


不良どもの怒りのボルテージが高まるのを感じる。

だが、何も問題はない。

こんなときのために、ずっと脳内でシミュレートしてきたのだから。

こんなときのために、ずっと現実逃避してきたのだから。


「へぇ、俺に何を教えてくれるって?」


逃げ続けてきた過去が、再び現実として俺の目の前に現れた。

だが、今日の俺は目をそらさない。


今日、俺は生まれて初めて、忌まわしい過去と向き合うのだ。


「御託はいいからとっととかかって来いよ。クソ野郎ども」


俺の言葉を合図に、全員が臨戦態勢に入った。


ーーーーー


多対一の戦いにおいて、囲まれて同時に攻撃をされてしまっては勝ち目が薄い。

さて、どうするか。

俺は奴らを視界に入れつつ、体操着のポケットに手を突っ込みながら考える。


光源が少ないのではっきりとは見えないが、俺と男子ABとの距離は目測で10mというところ。

ABは俺から見て左にA、右にBで、二人の間隔は2mほどある。

今のところ、ABともにこちらの様子をうかがっているのか、動きはない。


となれば先手必勝。


俺は素早くポケットから手を引き抜くと、手に握りこんだものを男子Bの顔めがけて投げつけた。

イメージは6-4-3のゲッツーを狙う二塁手のスローイング。


「ッ!痛ってぇぇぇ!」


そう叫びながら顔を抑えてもだえるB。

うまく命中したようでよかった。

走り出した俺は、Bの悲鳴を聞いて安堵する。


俺の立てた作戦はシンプルである。

片方を一時的に行動不能にして、一対一の状況を作ること。

片方が正気を取り戻す前にもう片方を始末して、一対一の状況を維持すること。


二対一の状況でこれが最も安全かつ勝率の高い戦法であると、あまたのシミュレーションをしてきた俺は知っている。

何せ脳内シミュレートをもとに、親父と兄貴に協力してもらって何度も実践してるしな。


今回はBを行動不能にするため、体育教師から渡された倉庫のカギを投げつけることにした。

形状が独特であることや重さがないことなどから命中するかは半分賭けだったが、うまくいってよかった。

他にも体育館シューズを飛ばす、小石を拾って投げるなども候補だったが、威力や不確実性を考慮してこの方法を選んだ。


そして俺はカギを投げつけると同時にAに向かって全力疾走する。

全身全霊でAを潰すために。


「おい、どうしたッ!」


Aは何が起きたかわかっていないのか、Bの悲鳴を聞いて慌てている。

スローイングのスピードもだが、倉庫内が薄暗いことが功を奏したようだ。


極度の緊張と集中により時間の密度が濃くなり、俺の目に映るすべてがスローモーションになっていく。

そんな世界の中で、俺の意識には標的の二人の挙動だけが鮮明に浮かび上がってくる。

さて、どうやってAを潰そうか。


簡単なのは、走った勢いを利用してタックルし、倒れたAにパウンドすることである。

パウンドとは、簡単に言うと倒れた相手に馬乗りになって殴りつけること。

MMA(総合格闘技)で用いられる技術の一つだ。


だがこれをやるにはいくつか問題がある。


まず、タックルによって倒れたAが後頭部や腰を地面に打ち付けて大ケガする可能性があること。

次に、顔を殴打することによる傷や流血、最悪の場合は骨折などの大ケガをさせてしまう可能性があること。


……さすがにそれはまずいよな。

そこまでやっちゃうと後で俺のほうが咎められそうだ。


つまるところ、相手に大ケガさせず、目立った傷を残さず、かつ行動不能にする方法でなければならない。

……うーむ。

なかなか難易度が高いぞ、これは。


こんなことを考えながら、俺は自分の体が淀みなく思い通りに動いていることに驚いていた。

緊張で思考や動きが鈍るものと思っていたのに。

むしろ余裕すら感じるほどだ。

これも現実逃避をし続けた成果なのだろうか。


……いや違うな。

きっと俺の意思と身体が、ひとつの目的のために迷いなく次の行動を選択しているからだ。


そうこうしているうちにほぼゼロ距離まで近づいてしまった。

とっとと決めるしかない。


俺は左の掌底でAの額を小突いた。


「ふぐッ」


さっきまでうろたえていたAは、急に掌底をくらってアゴが跳ね上がってしまっている。

狙い通りだ。

続いて俺は右掌を広げ、跳ね上がった奴のアゴめがけてフックの要領で右腕を一閃。


パチン!!


よし、クリーンヒット。

手ごたえありだ。

Aはよろよろと力なく後方に下がっていく。

おそらくAは自分の身に何が起こっているのかわからないだろう。


俺の狙いは奴の脳を揺らすこと。

ボクシングやMMAなどの格闘技で選手が打撃をくらって失神することがあるが、あれは主に脳震盪が原因である。

特にアゴは頭を支えている首の筋肉から遠く、打撃をもらうと脳が揺れやすいことから、脳震盪が起こりやすいのだ。


今回の場合、俺はAを傷つけてはならないという制約があるので、拳ではなく平手をを使った。

そうなると必然的に威力は落ちる。

なので俺は確実に奴の脳を揺らすため、一度アゴを跳ね上げて首の筋肉を弛緩させてから平手を打ち込んだのだ。


これにより失神とはいかないまでも、脳震盪によりAの視界はぐわんぐわん揺れているはず。

すかさず俺は無防備なAのレバーに狙いを定め、左掌底をねじ込んだ。


「ぐふッ」


くの字に折れバランスの崩れたAの足元を刈り取り、地面に転がした。

Aはゲホゲホと苦しそうにうずくまっている。

これでAは行動不能。


あとはBのみである。

カギをBに投げつけてからAを行動不能にするまでに要した時間は約10秒。


「お、おい、馬場……⁉」


顔周りを手でごしごししているが、Bは正気を取り戻したようだ。

ただ、Aが倒れているという状況に頭が追い付いていないらしい。


このまま一気に片をつけてやる。


「うわぁぁぁ!死ねぇーーー!」


Bは叫びながら俺に殴り掛かってきた。

振りかぶっての右の大振りである。

隙だらけで狙いもよくわからない稚拙な攻撃。


俺は左前方に少し移動することで難なく避ける。

攻撃が外れてバランスを崩すB。



こいつらはたぶん、碌に喧嘩をしたことがないんだろうな。

気に入らない奴を見つけては、徒党を組んで袋叩きにするだけ。


そうして自らの優位性を保とうとする。

そうすることでしか自分を保てないから。


決して自らを高めようとはしない。

そんな根性はないから。


群れなければ何もできない。


そんなお前らが、俺は本当に気に入らない。


俺に対して”生きる意味なんてない”と、お前らは言ったな?


お前らこそ、生きる価値のない弱者じゃねえか。

何で俺はこんな奴らにずっと虐げられてきたんだろう。

バカみたいじゃないか。

自分の情けなさに腹が立つ。



Bの攻撃をかわしたことで背後を取った俺は、奴の尻を押すようなイメージで前蹴りした。


「どわぁッ」


前のめりに壁に突っ込むB。

俺は奴の肩をつかんでこちらに正対させ、顔に思い切り右張り手を叩き込んだ。


バチンッ!


よろけたBを今度は思い切り逆の手で張る。


バチンッ!!


最後に奴の胸倉を右手でねじりあげ、左掌底でレバーを打ち抜いた。


「ッフ、おえぇぇぇぇぇ」


これでBも戦闘不能。

つかんだ胸倉をそのまま引きずり、Aの横に転がした。



こうして俺は、6年もの長きにわたり己を苦しめてきた過去との面会を終えた。


扉を開けてから約3分。

それは、乗り越えるというにはあまりにあっけなく、清算するにはあまりに短い時間だった。


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