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09.食品の保存法

 樽は塩漬けやアルコール飲料だけでなく、穀物や豆、イチジクやプルーンなどの果物、オリーブオイル、バター、チーズ、蜂蜜、酢の貯蔵にも使われた。食品以外で詰めていたものには火薬、矢、石鹸、タール、塩水、木炭が挙げられる。乾燥したものを入れる樽と、水物を入れる樽で素材や製法は違った。

 木製の道具は木工ギルドが製造する。が、ボウルや樽、そして風呂桶などの製造は樽職人が担当していたようだ。

 30リットルの小さな樽から1000リットルほどの非常に大きい樽まで、様々なサイズがある。樽はその用途ごとに使用サイズが決められていたし、さらに地域ごとに使用サイズに異なる基準があった。

 イングランドでは、ビールが40、80、160リットル。エールなら少し小さくて30、60、150リットル。蜂蜜は36、72、145リットルで、油は25リットルの樽に入れた。

 サーモンは80、160、320リットルの樽に数十匹入り、ウナギは40、80、160リットルの樽に100~200匹超、ニシンは35、70、145リットルの樽に数百匹入った。


 フランスでは地域ごとにまちまちで、ワイン樽一つにしてもパリでは770リットル前後。

 ボルドーでは基本は200リットルから238リットルで、最も大きいものは900リットルで貯蔵用に使われる。ブルゴーニュでは348リットルで、大きいものは735リットル。

 ハンザではニシンやワインを輸送するために60リットル、120リットル、160リットル、225リットル、480リットル、そして1000リットルの樽が使われた。

 サイズ感はホームセンターで近いサイズのポリタンクを見ると分かり易い。ただ樽は遥かに重いので横にして転がして運ぶ。大型の樽の輸送には船を使い、小型の樽は荷車に乗せて陸路で運んだ。


 樽の素材にはイングランドではオーク、あるいはイチイ製の板材を使う。フランスでもオーク材が第一に挙げられていて、ほかにもカエデやナナカマドの木を推奨する。

 樽を作るには、乾燥したものを入れるなら薄い板を使い、水物を入れるならオーク材の厚い板を用意する。

 まず板を鉄の箍に一枚ずつ立てていく。立てた板をすべて固定した後、樽の中に火籠を入れる。煙が吹きでてきたら板を叩いて内側に曲げ、鉄の箍を打ち据えて嵌め込む。次いで水物を入れる樽なら樽を滑らかに削る。最後に鉄の箍を一旦緩めてから蓋を取り付けて箍を元の位置に戻した。

 完成した樽の蓋には、職人固有の焼印が押された。

 箍は一つの樽につき2ペニー程度。樽自体の価格は、エールの標準である60リットル入りのとき1シリング4ペニー。樽は樽職人によって修理や部品の交換も行われた。桶や風呂も直した。14世紀のパリの規則によれば樽職人は夜勤や休日労働も認められていて、ギルド毎に課される夜警の義務は免除され、徒弟を何人雇用してもよかった。


 漬物用の桶は30リットルから60リットル程度。取っ手が二つ付いていたため棒を差し込んで運ぶことができた。

 ガラス瓶による保存は殆どない。香辛料を入れるガラス瓶はあったが保管用かは分からない。

 香辛料は、メナジエ・ド・パリによれば籠に入れて、鍵付きの棚に保管されていた。またシカールは香辛料は宴会の前にすべて挽いて大きな革袋に入れるよう指示している。つまり挽いていない状態で保管されていた。香辛料は陶器albarelloで輸送され、貴金属製の皿dragouersで提供された。

 中世のロンドンでは、香辛料は薬局で売られていた。ハーブが薬用だったためだ。



 塩漬けにする食品は、豚肉、ニシン、タラ、牡蠣、ウナギ、ヤツメウナギ、サーモン、ヒラメ、チョウザメなど。

 豚肉は切り分けてから二日ごとに塩もみして三週間塩漬けにする。

 魚であれば内臓を取り出してから樽の中に入れ、一層ごとに塩を敷き詰め、一杯になるまで積み上げたら蓋をして寝かせる。そして10日後に蓋を開けて水抜きし、一杯になるまで魚を追加してから蓋をした。

 ニシンは油分が多くすぐ駄目になるので、船の上で仮に塩漬けにしたり、13世紀頃は内臓を取るようにしたりと対策が講じられてきた。

 また塩漬けには、塩を敷き詰める代わりに濃い塩水に浸す方法も使われていた。


 塩漬けを使用するときは、長い時間煮込だり、何度も水に浸して塩抜きする必要があった。

 塩漬け肉や塩漬け魚は塩抜きして乾燥させた後、囲炉裏や暖炉の傍、あるいは燻製小屋で吊るして煙で燻して燻製にすることもあったし、樽や桶に入れて酢漬けにすることもあった。

 タラは屋外で乾燥させて干物にもされた。小一時間ほど叩いて水に漬けてから調理して食べたり、干物を塩漬けにしたりもした。ニシンは油分が多くて酸化しやすいため、あまり干されない。



 発酵も食品保存法の一つで、中世ではアルコール飲料のほかにチーズが該当する。

 チーズ作りには、まず牛乳または羊乳がいる。乳を搾取するのは酪農場の乳絞り女の仕事だった。乳絞り用の桶は、板が一枚だけ長くなっている。これは持ち手として使われていたようだ。

 牛乳を凝乳させるためにはレンネットか乳酸を使った。レンネットは子牛や子ヤギの胃袋で、細かく刻んで使った。チーズを作るときに毎回子牛を屠るではなく、年明けにその年に必要なだけ屠った。

 乳酸は、牛乳を発酵させて作る。乳酸から作るものはフロマージュ・ブランで、イングランドでは近世以降にカッテージチーズと呼ぶようになった。

 牛乳を温めると早く凝固し、他方で温めずにいると一日かけて凝固する。それぞれ異なる種類のチーズになった。

 凝固した牛乳を掻き混ぜると、個体のカードと液体のホエーに分離する。ホエーで作るリコッタチーズを除けば、基本的にチーズ作りにはカードを使う。

 カードを加熱してから、桶の中で布を使って圧搾し、熟成させ、塩を加えるとチーズが出来る。ホエーの分離割合や熟成期間の長さなどで種類が変わり、スイスでは穴の開いたチーズも作られていた。

 チーズは塩水漬けして保存した。

 チーズ桶のサイズは小さく、数キロ程度の塊が入る程度で、価格は2~3ペニー。チーズ自体は2~6ポンドのサイズで販売されていて、1ポンド当たり0.5ペニーだった。


 チーズやバターは桶や陶器の瓶に保存することもあった。

 バター桶churnはバターを作るための容器で、木製の縦長な桶である。価格は2ペニーから7ペニー。

 バターを作るには、まず桶にチーズ作りの副産物であるホエーを注ぎ、先端が広がっている長い棒を押し込んで撹拌する。バターが固まりだしたら搔き集めて、副産物であるバターミルクの中から取り出す。

 その後、陶器の鍋に移してバター10ポンド当たり1ポンドの塩が混ぜ込まれた。鍋は塩を敷き詰められて蓋をし、涼しい場所に保管された。

 バターは基本的に薬用として使われていた。ガレノスは塗り薬としての効能を説明し、ヒルデガルド・フォン・ビンゲンは血液の循環や咳に効くと書く。バターがパンに塗られるようになるのは15世紀の終わり頃のフランドルからで、肉や魚を焼くときは14世紀頃まで大抵ラードやオリーブオイルを使っていた。

 バター作りの副産物のバターミルクはチーズ作り職人によってフレッシュチーズにされた。



 そのほかオリーブオイルは油壷にも入れていた。オリーブの実は収穫期に両手で木を揺すったり、棒で枝を叩いて、落ちたものを籠で拾って集める。オイルにするときは実を布袋に入れて作業所に運び、臼の上の部分が縦に置かれている専用の石臼で砕いて油を取り出した。

 オリーブ用の壺は主要なオリーブオイルの産地で作られた。20リットル入りのものから150リットル入りのものまであり、取っ手が付いていた。


 蜂蜜はミツバチの巣から採られて、樽や壺に入れられた。野生の蜜蜂から採ることもあるが、基本的には養蜂によって確保される。ロウソクの材料である蜜蝋が取れるため、修道院が特に積極的に生産していた。蝋燭は市井ではロウソク売り女が売り歩いている。

 ミツバチを確保するには、ミツバチの巣作りの時期に合わせて巣箱に入れる必要がある。ミツバチの群れは金属を叩いて大きな音を立てれば巣箱に入って定住すると考えられていた。

 巣箱は藁またはヤナギ製の円錐状の籠で、20リットル程度のサイズ。出入り口があり、棚が備えられていることもあった。分蜂も行われていたが、蜜蜂の権利は元の所有者にあり、他者が勝手に引っ越しさせたら罰金が科された。

 蜂蜜を回収するときは、煙を燻して蜂を追い払った。そして巣を切り取って手で握りつぶすか、沢山の穴の開いた陶器に入れて圧縮することで蜂蜜を絞り出した。蜂蜜には等級があり、自然に流れ出るものが最も良く、圧搾したもの、過熱して圧搾したものの順に評価される。

 蜂蜜の価格は14世紀までは1ガロン8ペニーなので、1リットル当たり2ペニー弱。15世紀には1樽あたり30シリングなので蜂蜜樽は145リットルだから1リットル当たり2.5ペニーになるが、少量だと割高になった。


 砂糖漬けは砂糖価格が十分に低下する16世紀まであまり利用されない。ただForme of Curyには砂糖と蜂蜜で漬けるcompost(※compote)がある。

 これは「パセリの根とパースニップを用意し、皮を剥いてきれいにする。カブとキャベツを用意し、切り分ける。きれいな水を入れた鍋を火にかけ、材料を全部入れる。沸騰したら梨を加えて茹でる。それからすべて取り出して、布巾の上に載せ、冷めたら塩を加える。酢、砂糖、サフランを用意して混ぜ、一日冷やす。そしてワイン、蜂蜜、マスタード、レーズン、シナモン、甘い粉powdour douce、アニス、フェンネルを挽いて加え、これら全てを陶器の壺に入れて食べたいときに取り分ける」という。蜂蜜も漬けて使うのには安くないので、利用者層は限られた。

 またメナジエ・ド・パリによればクルミの蜂蜜コンポートは小さな樽の中に入れて、週に一回かき混ぜた。

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