伊藤と工藤はタブーに挑む
「なにがさ」
「子供の声が聞こえるの。おそらく全員ご自宅に帰宅命令が出ているはずなのに」
「なにも命令に従順でなければいけないこともない。僕たちは実感が沸かないように、子供たちの心にも、いまだ危機迫っていないんだろうよ」
「そしてその子供が発信源と思われる安直な電子音。これゲーム音よ」
「DSかPSPかケータイのアプリか」
「このリズムと人のやる気をとことんそくリズムは、星をみるひとのフィールド音楽に違いないわ」
「星をみるひとか。ケータイその他に移植してるとは思えないゲームだ」
「とにかく音の出る所に行ってみましょう。あの校舎の角あたりよ」
こうして伊藤と工藤は伸びっぱなしの木々が埋め尽くす寂しげな校舎裏に出向いたのだった。そこに見えるこれまた強い異彩を放つ子供の背中。
「あそこから音がする」
「ケータイゲームと穿った見方をしていたけれど、あの子がプレイするのは、屋外なのに、据え置き型のゲーム。どこからか電源をつなぎ、なぜか外でのプレイにこだわるあの子」
「子供の影からテレビは見えるけど、どうしてもファミコンは見えてこない」
「……? いわれればそうね。まさかあれが伝説のファミコン内蔵テレビなのかしら」
「そうかもしれない。しかしそれ以上に気になることがある。星をみるひとをプレイしているのに、この子供が平静を保ってることだ」
「そうとうなやり手のゲーマーか、それともいかなる場面でも心音の波のない子なのか」
「あんなしょうもないゲームに苛立を見せないなんてなんて完成された子供なんでしょう」
「RPGが世に広まって、雨後のたけのこのように出された粗製濫造の代表格、星をみるひと」
「確かに、ドラゴンクエストがRPG時代の到来を招いたことは間違いないけれど、その前にハイドライド・スペシャルなる秀作があったことを忘れちゃいけないと思うの」
「ゼルダの伝説とともに、その役割は大きい」
「ゼルダと並び称されるほどではないと思うけど。だって世界観はいいけれど、なんかこうみみっちいし」
「ってなんだよ。君が過大な評価するから、つい乗っちゃったじゃないか」
「ごめんなさい。それはそうと、ファイナルファンタジーみたいに、ドラクエと並び称されるフォロワーが出てきたのはいいけれど、泣きたくなるようなドラクエもどきも多く見られたわ」
「ヘラクレスの栄光はいいほうだよ。ドラクエのような完成度はなくとも、それなりの評価を得ている。まあ桃太郎伝説みたいな、安直なパロディがなんとなく成功しちゃった例もあるけどさ」
「桃太郎伝説といえば、ジャンプ放送局のさくまあきらね。堀井雄二とは仕事仲間らしいけど」
「堀井雄二といえばゆう帝、ミヤ王、キム公だよな。ゆう帝が堀井雄二で、キム公がメタルマックスとはね。偉そうにあた、あたた、あたっってゲームを斬るだけはあるよ。それなりのゲームを作ったものだよ。まあドラクエの完成度の高さからして、模倣をうまくすればそれなりのゲームができるってことだろうけどさ」
「堀井雄二自体、模倣というか日本人好みにアレンジする天才だぜ。ドラクエ自体、ウルティマのフィールド画面とウィザードリの戦闘画面をミックスした作品であることはあまりにも有名。初心者を突き放した不親切な3D移動のウィザードリィⅢ ダイヤモンドの騎士。いかにももの寂しげな黒を基調とするゲーム画面が敷居を高くするウィザードリィⅡ リルガミンの遺産。そして、町の一般人を殺害することもできる自由度の高すぎるウルティマ 聖者への道。なにが悪事を働くとカルマがたまるだ。日本人の箍を外しやがって。抑圧された日本人は、日頃のうっぷんを晴らすように人を殺めるんだ。カルマがどうした。ゲーム上じゃないかって。 恐怖のエクソダスと本格派を歌いつつ、ゲーム業界を食いつぶすだけの秋元康によけいな手を加えさせる愚かさ。それら日本人に到底理解できない感覚を排除したのがドラクエの成功だ。Ⅱでは、崩壊したゲーム終盤の難関でユーザの耐え忍ぶ心を鍛え、Ⅲでは消えやすいセーブデータの導入でユーザに何度も同じ道を歩ませ、Ⅳでは、意味のない8人乗りの馬車で、4人の戦力外通告された冒険者から窓際族の虚しさを教えてくれた、偉大な作品だよ」
「あんたひねてない? わざわざダメな部分をあげつらって。まあ人をいらだたせるゲームバランスもアリっていえばアリよ。そう文句いいつつみんな解いているんだから。あたしなんてFF、いや当時はみなファイファンと呼んだをプレイしても、Ⅰは食指が動かず、Ⅱは間違ったゲームシステムに放り投げ、Ⅲはようやくゲームに乗れたはいいけれど、気がついたらレベルがマックスになる最強プレイモードに突入していて、狂気じみた最終ダンジョンの恐ろしさも知らずゲームをクリアしてしまったのよ。それと比べたらましよ」
「有名ゲームにはなんだか厳しくなっちゃね」
「うん、それが語る楽しさてものよ。褒めてばかりじゃ、こっちの自尊心を保てないんだから」
「でも僕たちはあのルールを忘れている」
「忘れてなんかはいないわ。あたしの頭脳戦艦ガルは一時も法則を忘れちゃいないわ」
「君がさり気なく、いやあからさまにゲームのタイトルを混ぜているうちに、地球は確かに滅亡に向かっている。そして、君がよりによって破壊力の凄まじきドラクエの話題を持ち出したものだから、滅亡と絶望は、マッハライダー並に加速度がついたろう」
「ドラクエ出したのはたしかにあたしだけど、話を広げたのはあなたよ。。あなたのせいでどれだけの人の命が失われたのかしら」
「ビックタイトルを何個口にしたんだろうな。それでも僕らに被害が及ばないのは、運がいいのか悪いのか。ドラクエやファイファンのパワーなら日本が吹き飛ぶくらいのエネルギーがあるはずだ」
「なにも変わらず、こうしてファミコンの話ができるあたしたちが運がよくて、あたしたちに白羽の矢が飛んでこないことは、地球にとってはなんたる不運のことね。あたしたちの2個の命を引き換えに、誰も口にしないようなゲームタイトルが言霊になって世の中に飛び変わらないのだから」
「実感がないと君はいったけど、例えば、一人一殺ほどのパワーしかないマイナーソフトを口にしたにしよう。それでそこの星をみるひとを根気よく楽しむ子どもがその一人に選ばれたら? 確率的にあまりにも低い話しだけど、ゼロじゃないんだ、可能性は」
「まるでロシアンルーレットみたいね」
工藤、なにかとびっきりマイナーなソフトをあげてみてくれ」
「いいわよ。NORTH&SOUTH わくわく南北戦争」
工藤があまりにも意味不明なゲームタイトルを吐いても、伊藤と工藤の生活になんら変化は見られない。木々の間に風は流れ、伊藤と工藤が拳銃を押し付け引き金をひいた子どもの無邪気ないらだちを持って、星をみるひとにハマっている。
「何もなかったわね」
「だな」
「ドキ!ドキ!遊園地」
「工藤、君はなんていう不届き者なんだ。君のターンだったのか。君に二度の発言権がもとよりあったのか、それとも、君は一人一殺をとことん楽しむたちなのか」
「一人を殺したら殺人者、1000人殺したら英雄って言葉があるわ。あたしは英雄にはなりたくないのかもしれない」
「なら殺人者じゃないか、君は」
「どうだろうね、あたしは無罪よ。あたしの日常が非日常につながる世界の唐突な変貌がいけないんじゃないの。京都財テク殺人事件なんていかにもバブルの徒花みたいな事件の容疑者にも上げられたくないし、京都龍の寺殺人事件 山村美沙サスペンスなんて、なんだか金曜プレステージみたい。京都花の密室殺人事件って、火曜サスペンス劇場かしら。西村京太郎 ブルートレイン殺人事件は土曜ワイド劇場よ、もう。殺人の動機のしょうもなさが透けて見えていやよ。あたしは、英雄でも殺人者でもないのよ」
「そうなんだよな、僕らは地球を破滅に追い込んでいるかもしれないけど、動機はないんだよな。僕らには殺人の実感どころか、殺人の動機もない。スーパーエクスプレス殺人事件の犯人が”こたに”だろうとして僕にはなんの関係もないことだよな
「あなた勇気あるわね、サザエさんなら発狂ものよ、ミステリーの犯人をばらすなんて。あ、ポートピア連続殺人事件の犯人はダメよ。発売から25年あまりでもまだNGなのだから」
「え、そうなんでヤスか? それじゃお口にチャックでヤス」
「って、あなた、なにその急な語尾の変貌。清純派の高校生なんだから、爽やかさを貫き通さないと」
「なら殺意の階層 ソフトハウス連続殺人事件の犯人はいっていいんだな?」
「それも辞めたほうがいいわよ。今や天下のハル研究所よ!」
「犯人は……!」
伊藤の暴走を見ていられない工藤は、口封じとばかりに、伊藤の鼻と口を両手で覆った。
「ダメ、ダメよ! 伊藤! それだけはダメ!」
「うぷぷうぷ……わ、わかった、うぷぷ」
「本当にわかったの? なら離すわよ!」
「ぷはあ~ジャイラス」
10秒間の呼吸困難に陥った伊藤は、呼吸をできる喜びをかみしめていた。
「げほ、げほ、ゲバラ……もう言わないよ」
伊藤は反省の言葉を口にするが、当の工藤の視線はすでに伊藤になかった。
「あなたがかこつけて二つのゲームタイトルを口にしたからかしら」
「なにが? どうしたの?」
「子どもがいないのよ」
「え?」