ラストカウントダウン
残されたファミコンソフトは、カウントダウンにふさわしい数であった。
「10本、ついに、10本、、この終りの時に、工藤がいない喪失感……だが、僕はやり遂げる。見ててくれ、工藤……」
仮の姿の神は、何も言語を発しない。不気味な静けさに染まった世界に、 神の最後のサービスか、光が差し込んだのだ。日没後の暗闇の世界に怯えていた伊藤にとって、神のサービスは、これ以上のない褒美だった。
「ゲイモス……エクセリオン……スカイデストロイヤー……奇妙なことに、似たタイプの3Dシューティングゲームが残ったとしか、僕はいえない。工藤がいたなら、当意即妙の返しがさっときて、話は広がるはずなのに……」
残り7本。世界に激変が起きただろうが、神と対峙する伊藤には、なんの変化も見られない。
「ローリングサンダー……駄目だ、何も思いかばない……かっこよさげなゲームミュージックを話題にしようか? それとも……ああ……」
伊藤は、その場に手から崩れ落ちる。
「工藤がいたら、工藤ならば……こんなときなんて言ったのだろう? 工藤なら、工藤なら……」
伊藤の目頭から、止めどなく、涙が溢れている。
「駄目だ、残り7本。希望を持て、立ち上がれ、僕の願いは工藤の願い。ただファミコンソフトを全網羅する、それが、僕の使命……直前でおじけづいたら、工藤のいい笑いの的だ」
工藤は、片膝を付くと、妙に晴れ晴れとした顔を作る。
「魔界島……うふふふ……魔界村の続編と謳われたが、なんのことはない実質的に別のゲームさ……」
伊藤は実感をする。分かるはずのない。遠い世界の国で起きている人々の最後を。
「はあはあ……ザ・ロード・オブ・キング……。なんだよ、これ、まるで、アルゴスの戦士じゃないか? ……ほらこれでいいんだ、僕は一人でも、工藤役をカバーできるんだ……」
残り4本。もはや、伊藤の実感する生命活動は、伊藤自身にしかない。
「もう人類の営みも嘆きも、僕の所まで、伝わってこない。どこかひっそりと、そう、迷宮島ていどの規模の島はくらいだろう、僕の他に生きているのは……」
残り3本、もう伊藤に迷いも何もない。ただ、残りのファミコンソフトを全網羅するだけだ。
「スーパーアラビアン……いいな、財宝を奪って……脱出する、ゲームというか、人生の基本みたいだ……」
残り2本。もしも、伊藤の身の安全確保がなせれておらず、最初から、伊藤のハズレくじが定められているのなら、伊藤は、50%の確率で、死の札を引くことになる。
「東方見聞録……おっと、これじゃマルコ・ポーロだ……。神がみている前で、ファミコンらしく……東方見文録……”聞”ではなく、”文”であることはポイントさ……最後から二本目を飾るにふさわしい。タイムマシンでマルコ・ポーロの元へゴー!」
伊藤の身には何も起きないでいる。辺りを見渡しても、見渡す限りの”無”が広がっている。
人類最後の日に似付かわしいほど白い雲が勢いよく流れる下、伊藤は遂に最後のファミコンソフトを口にした。伊藤と工藤の全網羅から逃げ延びた最後のファミコンソフトの名前は、
「ジャウスト」
だった。
そう叫んだ瞬間、死に行くのは神ではなく、伊藤本人だった。伊藤は、最後の分の悪い賭けにも負けたのだ。何一つ後悔はないと恍惚の表情を浮かべたその刹那、伊藤は仰向けのまま地面に伏した。神と直接に対峙するという実に愚かな行為ののち、伊藤は人類最後の生き残りとしての責務も果たすことができないまま息を引き取るのか。
いや、伊藤はまだ絶命していなかった。神は伊藤の最後の悪あがきの機会を与えたのだった。伊藤の指先がひくひく動くと、そのまますーっと腕は伸び、手先に広かっていたファミコンソフト大全集をつかむと、それをてこにして起き上がったのだ。
生き残った伊藤は何をすべきだろう。対峙してたはずの神はもうない。ふたたび人類の繁栄を願おうとも伊藤一人では、その願いは虚しい。ただ一人で生きていくしかないと腹を決めた伊藤は、ファミコンソフト大全集を拾い上げると、一ページ目の最初から黙読をし始めた。
呆れるほど長い日々のあいだ、これから伊藤は何度、ファミコンソフト大全集を読み返すのだろうか。その数が途方もない数値に達しても、伊藤は心にひとつの引っ掛かりもなく、また一から読み返す作業を辞めないだろう。今やファミコンソフト大全集は、伊藤のたった一つのバイブルなのだから。