残される一人
工藤は、背後から射撃されたのだ。犯人はわからない。ただ、恐ろしいスピードで装甲車から放たれた銃弾が、工藤の背中を貫通したのを、伊藤ははっきりと目にした。
「工藤!!」
工藤は声もなく倒れた。工藤を撃ちぬいた装甲車は、とんでもないスピードで走り去ろうとしたが、伊藤は容赦しない。
「バトルシティーの装甲車に撃ちぬかれた!」
伊藤は、そう絶叫すると、残りのファミコンソフトの中から、執念と工藤への愛を漲らせて、装甲車を操縦する者だけを、仕留めれるソフトを選択した。
「パワーブレイザー!」
装甲車はいまだ走り続けている。
「く、ロックマンもどきじゃだめか、ならば、戦場の狼もどきの、ヘビーバレルでどうだ!」
伊藤の執念は、不可能を可能にした。逃げようとした装甲車は、突然、その場で、大破、大炎上する。
「やった……」
短い歓喜を現す語句を並び立てると、伊藤は、工藤の元に駆け寄った。まだ心臓の鼓動が聞けることを願って。
「工藤、大丈夫か!」
伊藤の問いかけに工藤は、今できる最大限の笑顔で答えた。ただ、どうしても、伊藤への別れの言葉は出ないまま、この場で息を引き取った。
「工藤……」
伊藤は、工藤を抱きかかえたまま、頬に口づけをすると、そっと遺体を地面に置いた。すると遺体が、足元から消滅していくのではないか。伊藤は、覚悟しきった表情を浮かべ、慌てふためく素振りはどこにもなかった。
「法則は分かっている。死体は僕の目の前から消える。それも神の仕事だろうからだ。ただ、消え去る前に、工藤にいっておきたいことがある」
伊藤は嘘をついていた。しかも、詐欺師スレスレの大嘘を。
「神と融合だの、仁藤さんが、僕の体に宿ったの、全部、嘘さ。全ては、工藤と安心してファミコンソフト全網羅大作戦を実行するためについた嘘。だって、知り合ったばかりとはいえ、普通のお姉さんの仁藤さんが死んだなんて、やっぱり女の子の工藤は動揺すると思ってついたとっさの嘘。成り行き上、嘘が重なって、神と融合することになったけど、工藤は、本心から信じてくれたのだろうか。僕に乗っかってくれてるだけかもしれない。そうなると、ファミコンソフト全網羅が、世界の滅亡につながる謎も嘘ってことになる。あれは、僕の推測にすぎない。ただ、遠からず、当たってるとおも思うし」
伊藤は、工藤の額に手を当てた。
「神との融合はでたらめだけど、工藤の気持ちは受け取れるかもしれない」
当てた手のひらから、工藤の気持ちと残りのファミコンソフトが吸い寄せられるように、伊藤の体にはい伝わっていく。
足元から徐々に消えさる工藤の遺体は、その時、完全に消滅した。ただ、工藤は、伊藤の中で確かに生きている。
「受け取った、工藤から、残りのファミコンソフトを。そして……僕は、やはり原点に帰る」
伊藤が向く方向には、例の壁がある。やはり、伊藤は壁の謎にこだわるのだ。
「僕は嘘をついたが、神の存在を感じ取ったのも事実。仁藤さんが壁に打ちつかれて即死したのを見た時に、僕も死を覚悟した。でも、救われたんだ。半壊した壁に流れるメッセージを目にした瞬間……そのメッセージとは、『ファミコンソフトを消化させる者は、最後まで残す』と目の悪い老人でも読めるくらいのスピードで流れているのを僕は見た。そして、確信したんだ、僕が選択されることを、そして、壁を操る存在は、神であることを」
伊藤は、何度か、壁の元にたどり着いた。世界が崩壊しても、壁は変わらず半壊でとどまっている。ファミコンソフトの残りの数を示すランプは、今もまだ無事である。
「ファイナルミッションがいいかな、ナツメの人型シューティング……いや、ちょっと安直すぎる。最後の作戦とストレートすぎる。そうだ! テラクレスタ 逆襲のムーンクレスタと名付けよう! 僕の敢行する、もうひとつの最後の作戦。神の正体を知ることだ。壁……僕は壁が神であると、推測する。ゴロもちょうどいい、”べ”が”み”に変わるだけだ。」
伊藤が、壁を叩いても、押しても引いても、まるでびくともしない。
「感触なしが、逆に手応えあり。触ったことのない、この感触は地球の物質じゃない。やはり、神が作れしもの……。神を引っ張り出すのは、どうすればいいのか、僕がすべきことは、ファミコンソフト全網羅大作戦。もし、僕が全網羅したら、記念に挨拶の顔見せくらいしてくれるだろう……」
伊藤は、工藤の抜けた大きな穴を受けるように、ファミコンソフト大全集をカバンの中から取り出した。
「虚しい……僕の発したファミコンソフトが、工藤の絶妙のレシーブも貰い受けず、時空のかなたに消えていくなんて、それでも、僕は消費する……。ジャイロダイン……あのヘリに空中から撃たれて死んでも、僕は後悔しない。笑顔を浮かべながら死んでいくだろう。ミラクルロピット 2100年の大冒険……2100年なんて、訪れやしない、今日、この日を持って、地球は完結をするのだから……。東海道五十三次……東海道を気ままに闊歩する爆弾魔ももうみることはできないだろう……。なにか、湿っぽいな、仕方ないか、もう終りに近づいているのだから」
全網羅の総仕上げをしながら、伊藤がしきりに気にするのは、壁のメッセージボードである。半壊した今、地面に横たわるメッセージモードの部分は、伊藤の目の高さの下にある。例のよって、目視できるスピードで、メッセージは流れ出す。
「残る国は一国……。どうして、壁が世界の被害情報の確認ができる、それは、壁の正体が神だからだ。神よ、いい加減に姿を現してくれ」
伊藤に促されたわけでもないが、突然、残ったままの壁がもこもこと動き出す。次第に壁が変化していき、やがえ、人の形になる。体中にランプを残したまま。
「現れたか、神よ。ただ、壁が変化した姿が神の正統の姿とは思えない。仮の姿だろうけど」
またメッセージが流れる。いつものように、老人にも目視できるスピードではない。急かされたように、メッセージは右から左に流れていく。
「あ・り・と・が・う……か……なるほど、一応、僕にお礼をいうんだ、とはいっても、僕は、神の動機づけに使われただけで、全網羅以外なにもしてないけどね……」
カウントダウンが始まった。ファミコンソフトを淡々とカウントしてたランプは、神に変貌をとげた今、神の仮の体に点在する。それでも、伊藤はランプにも、工藤にも頼ることなく、残りのファミコンソフトを記憶している。
「長いようで、短かった。下校途中に始まったファミコンソフト全網羅大作戦は、日が完全に落ちる今、終わろうとしてる」
伊藤に後悔の念はどこにも感じられない。驚くほどの自然体。覚悟はできてる。ファミコンソフトを全網羅した瞬間に、伊藤自信が倒れても、それが工藤と交わした最後の約束を果たすことだから。
「どうして、このソフト群は残ったのだろう? 避けたわけでもないのに不思議だ」
伊藤は、仮の姿の神と対峙している。ただ、伊藤に神に対する敵意は微塵もない。また、神も、伊藤に対して、何をしようともしない。ただ全網羅を見届けているのだ。