残された時間
「まだ私は死んでない」
工藤は、右手のひらを勢いの源にして、すくっと立ち上がる。土まみれになった髪の毛をきにすることもなく、工藤はまた歩き出す。
「行くあてもない、でも歩く。何もないゴールめがけて。マドゥーラの翼。股間の部分の筒状の鎧が意味ありげでいやらしいわ」
「ドラゴンファイター、ずいぶん安直で特徴のないタイトルだなあと、プレイしてみたら、ゲームシステムもなんだかありがち。自機キャラがドラゴンに変身するんだってさ」
「誰にだって、変身願望はあるものよ。私だって、できることならメルヘンヴェールの湖の国の王子となって、自由に海を泳ぎたい」
「僕は、ロットロットの受け皿になりたい。落ちてくる大量のボールを必死に受け止めたいんだ」
「私の気持ちも満足に受け取れないのに」
「26本」
工藤は、大きくノビをする。覚悟が、工藤に忍び寄る恐怖を拭い落としたのか、晴れ晴れとした顔をしている。
「う~ん、なんだか、気持ちいい、世の中の人が苦しんでるのに、不謹慎とは思うけど」
「苦しむか、でも、あんまり死体とか転がってないよね」
「そういわれてみれば、そうね」
「神……あ、僕が神でもあるのか、神の配慮で、僕と工藤の動揺を誘う死体を見せないようにできてるんじゃないかな」
「そっか、神って優しいんだね、伊藤が優しいってことかな? 神と伊藤は融合してるのだから」
「……」
「どうしたの、急に黙り込んで」
「辛いわけでも、悲しいわけでもないし、恐怖を感じているわけでもない。でも、なんだか、時が過ぎるのがもったいないんだ。工藤といつまででもこうしていたいような、そんな気持」
「あら、もう長い日は、どっぷりと暮れかかってるわ。電気も供給されないだろう今、明かりに照らされるのは、明日……もう明日はこないだろうけど、明日があるとしたら、5時頃かな、今、日の出早いし……。とにかく、作戦の決行時間の期限は、日暮れまで。だって、イヤでしょ、真っ暗闇の中、ちまちま、ファミコン話するのは」
「それもいいんじゃないかな、工藤の顔も見れない。僕の顔も見れない。そんな暗闇の世界で、僕と工藤の世界が終わるのも」
「イメージファイトは、西暦の20××年の設定だって。あらもう末尾の二桁わからないけど、もう過去かもしれないし、未来かもしれないし、あついは現在進行形かもしれないし」
「もう、未来なんてないんだよ、現在完了形で世界は終わる」
「なんだか、私だけ消費してるみたい」
工藤は、かわいらしげにぴょんぴょんと飛び回る。
「率直な感想を聞きたい。今、伊藤の気を引くように、わざとらしく、かわいこぶったんだけど、グッときた?」
「きたよ、十分、きたよ、ただ日暮れ間近の西日を浴びる工藤が、自然のライトをふんだんに浴びて、いい具合に修正されてる可能性も否定できない」
「あら、私は、ピチピチの女子高生よ、ライトなんて浴びずにも、透き通るような素肌で勝負できるわよ。ミリピード 巨大昆虫の逆襲も同じ、時代遅れの移植画面でも、勝負できるとHAL研究所は踏んだのよ」
「……今ので……」
「残り、24本、あら、私の誕生日の日付も24日ね、今日は命日だけど」
「それでも、工藤も、僕も生きている」